シロクマ読書感想文④ 梨木香歩「ヤービの深い秋」小沢さかえ画、福音館書店


 どこかの湖水地方にあるマッドガイド・ウォーターという三日月湖の周辺に棲む小さな生き物、「ヤービ」たちの物語の第2巻である。

 ヤービは、人間の手のひらに収まるほどの大きさで、顔と手足以外にはふさふさと毛が生え、しっぽもあるし鼻先も尖っていて人間とはまるで違う生き物だが、独自の文化と生業を持って暮らす一族の一人だ。

 1巻では、マッドガイド・ウォーターの近くにあるサニークリフ・フリースクールに務める人間のウタドリ先生(これは愛称。彼女と付き合いの長い鳥の名前から来ている。)とヤービが出会うことによって、小さな生き物たちの暮らしが少しずつ明らかになっていった。
 ヤービたち岸辺に棲む小さな生き物たちも、自然環境の悪化による食料や居住地の問題を抱えており、ファンタジーといえど、なんの不安もない未来を生きることは難しい。


 2巻では、マッドガイド・ウォーターに流れるたそがれ川、その上流に鬱蒼と茂るテーブル森林渓谷(註1)への冒険が主題となっている。

 今巻では、ウタドリ先生が務めるサニークリフ・フリースクールの生徒たちが初めて登場する。寄宿学校である同校に通う生徒たちは、現代的な家族の問題をそれぞれに抱えている。今回、ウタドリ先生たちと冒険をすることになったギンドロ(これは物語の中での仮称。生徒たちには樹木の名前が当てられている。)は、お母さんが彼を出産するときの麻酔の影響で植物状態になってしまっている、という悲痛な生い立ちの少年だ。近頃、お母さんの容態は悪化してきている。
 そして、ヤービたちとテーブル森林渓谷に赴くメンバーの一人、トリカ(註2)のお母さんも長く病に伏せっている。

 今回の冒険の目的は、人間にも、ヤービたちにも伝説のように語られる幻のきのこ、「テーブル・マッシュルーム」(註3)だ。テーブル・マッシュルームは、重い頭痛を鎮める薬になったり、宝と言われもする一方で、好ましく思わない人もいるという、謎の多いきのこである。中でも不思議な力として語られるのは、時空を超えて、誰かの夢や抱えている重い気持ちを共有させる、というものだ。その魔法のようなきのこを求めて、ウタドリ先生たちヤービたちそれぞれが、深い深い秋の森を探索していく。

 不思議な力を秘めたテーブル・マッシュルームが姿を見せた満月の夜、まき散らした胞子が濃い霧のように森を覆い、過去と現在、そして夢と現実とがつながる奇跡が訪れる。
 それぞれの夢と相対したギンドロとトリカが、悲しみや甘えや寂しさと向き合うシーンは、幻想的でありながら問題に深く迫っている。

 著者は数々の物語のなかで一貫して、取扱いの難しい「繊細さ」を描いていると思うが、今作の、耳の後ろをくすぐっていく風と戯れるヤービの描写や、紅葉を深める木々や草に寂しさを感じたヤービが、ウタドリ先生からそれは「秋のきもち」だと教えられる場面は、なかでも印象的だった。
 ウタドリ先生自身が「繊細な」性質を持っているがゆえに、積み重ねてきた苦労があるのだろう。彼女がヤービたちや生徒たち、そして自然に向けるまなざしはどこまでも真摯で、温かさにあふれている。

 秋の夜に起こった奇跡の物語。これから少しずつ深まっていく季節に、ぜひ勧めたい一冊だ。


(註1)ヤービたちの言葉では「ややこし森」。
(註2)トリカはヤービたち「ヤービ族」とは違う、小人のような見た目をした「ベック族」の少女である。
(註3)ヤービたちの言葉では「ユメミダケ」。


 「永遠の子どもたちに」向けて書かれたこのシリーズが長く続くことを願ってやまない。


梨木香歩「ヤービの深い秋」(小沢さかえ画)福音館書店、2019年。


レビューとレポート第16号(2020年9月)
https://note.com/misonikomi_oden/n/nec1a04406158

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