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英語のギャグが翻訳できなかった話

先日、Doki Doki Literature Club (DDLC)というゲームが3周年を迎えた。私がDDLCを知ったのは公開されてからかなり後だったが、知人にいきなりオススメされてプレイした感じだ。ちなみにSteamから無料でダウンロードできる

「どんな情報でもネタバレになるから絶対にネットで調べないでね!」と言われたため素直に情報を一切インプットせずにプレイ
見た目はよくあるギャルゲーで、ジャンルも普通のノベルゲームなのだが開発元はアメリカ。当然言語も英語となってくる。

(Wikipediaの情報も普通にネタバレになってしまうため未プレイでの閲覧はおすすめしない)

だがしかし、さすがに日本語化MODがあることくらいは教えてほしかった。ノベルゲーを英語でやるのはなかなか大変。

ちなみにゲームを初回起動するといきなりこれ。

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This game is not suitable for children or those who are easily disturbed.
このゲームは子供や刺激に弱い方には適していません。

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Individuals suffering from anxiety or depression may not have a safe experience playing this game.
不安やうつ病に苦しんでいる方は安全にゲームをプレイできないかもしれません。

めっちゃ不穏やんけ……。別の意味でドキドキしながらゲームを進めることになってしまった。

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ノベルゲーにはあまり触れたことがないものの普通に進めるのは芸がないため、今回は出てきたスクリプトを全部頭の中で和訳してみることにした。そんなわけで今回は翻訳の話になる。
ちなみにこの話を書くきっかけとなったのはこちらの「この英語、どう訳した?」シリーズ。本業で翻訳している方々の苦労をうかがい知れる。

翻訳の辛さ

英文を読む際、普段は知らない単語が出てきたり文の意味がいまいちわからなくても、文脈から推測したりとりあえず無視するなどお気持ちで読み進めているが、和訳となるとお気持ちでやるわけにはいかない。これは英語力が試される。

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実際のところ、2~3文のスクリプトにつき1フレーズくらいは気の利いた和訳がパッと思いつかず辞書を引くことになった。
また、単語の意味は十分理解できていたとしても直訳するとかなりヘンテコな日本語になることが多く頭を悩ますことに。例えば先述の警告文も、”those who are easily disturbed”とか”a safe experience”などはそのままだと違和感のある日本語となってしまい、”気の利いた”日本語への調整が必要となる。

そんなこんなで苦労しながらゲームを進める中で、少し気になった場面があったので紹介したい。ネタバレにはならないため未プレイの方も安心してほしい。

これ、どうやって翻訳すればいいんだろう?

文化祭を目前に控えた中、文芸部員のNatsuki(右端)とMonika(右から2番目)の会話。(ちなみに和訳は私が好き勝手に付けた)

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Natsuki "Monika! Do they usually have fried squid?"
「ねえモニカ!イカ焼きは定番よね?」(ここのtheyは文化祭の屋台のこと)
Monika "Squid...? That's a pretty specific thing to look forward to..."
「イカ……?やたら具体的ね……。」
Natsuki "Oh, come on. Are you saying you don't like squid? You, of all people?"
「ちょっと!あんたイカ好きじゃないの?!よりにもよってあんたが?」
Monika "Eh? I didn't say I don't like it. Besides, what do you mean by 'you of all people'?"
「え?好きじゃないなんて言ってないわ。それに”よりにもよって”ってどういうこと?」
Natsuki "Because! It's right in your name! Mon-ika!"
「それは!あんたの名前にあるでしょ!モン”イカ”!」
Monika "Eh?! That's not how you say my name at all! Also, that joke makes no sense to translation!"
「ちょっと?!そんな読み方しないんだけど!しかもそのダジャレ翻訳できないじゃない!」
Natsuki "...?"
「...?」

……といった感じだ。ギャグの内容としてはMONIKAとイカをかけているだけだが、日本語の知識がある程度ないとわからないという大変高度なギャグとなっている。
モニカのメタ発言から察するにこのゲームの登場人物は日本語で会話をしていて、それをゲームプレイヤーのために英語に翻訳しているという設定なのだろう。ギャグの面白さとしては、日本語ちょっとはわかる人が少し考えてから「あ……!わかった!」となるところにあるのだろう。やはりオタクコンテンツの消費には日本語の知識がある程度求められているわけだ。

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しかしながら、それをさらに日本語に翻訳し直すとなるとまさしくno senseになってしまう。翻訳した言葉の良し悪しというよりも、そもそも翻訳という行為自体が元のニュアンスを消してしまうというお手上げ状態。
ちなみにMODの日本語訳を参照したところ、上記の私の訳とあまり大差のない文になっていた。やはり完全に翻訳するのは不可能っぽい。

言語の壁

“翻訳できない”という事例は他にもいろいろある。例えば、慣用句や名言を入れ替えた言葉遊び。これは直訳も意訳もうまくいかず、本文中ではサラッと直訳して訳注で説明……といった感じになってしまう。

ダジャレについても、翻訳は不可能ではないが難易度は高い。ダジャレをいかに気の利いた日本語にするかは翻訳の腕が試されるところだろう。
これは英語→日本語よりも日本語→外国語の方が難しいのかもしれない。英語や中国語に訳された日本のコミックを読んでいると、訳注で”〇〇と△△は日本語では同じ発音”と説明しているケースはたまに見かける。

もちろん英語にも日本語と似たようなダジャレは多数存在する。例えば先程出てきたイカ(squid)関係だと、MIBでイカの赤ん坊に対してsquidとkidをかけてsqkidというのがあった。しかも日本語字幕は"イカ娘"となっており「これはうまい!」と勝手に感動していた。

(このイカ娘は関係ない)

ちなみにあとで調べたところ原語ではsqkidではなく普通にsquidと言っており、私が勝手にギャグだと勘違いしていたというオチがある。
普段からくだらないことばかり考えているため、何気ない言葉を勝手にギャグだと勘違いしてしまうわけである。和訳の際にも妄想がバリバリ介入するため翻訳家には不向きなタイプだ。

ゲームの翻訳について

以下はぶっちゃけ余談となる。個人的には、海外産ゲームの日本語ローカライズ版は翻訳の質が問題だらけのイメージがあった。しかしながらここ数年はかなり改善されており、ほとんど違和感のないものになっている。(最新のゲームをすぐにはやらない主義のため、おそらくもう少し前から質は改善していたのだろう。)
ただの予想だが、ちゃんとテスティングを行うようになったのが改善した要因だと思われる。これは最初に紹介した記事でも言及されているが、翻訳の質の悪さというのは翻訳家の語彙力よりも、文章がどのような場面で使われるかを想定できていないことに起因する。おそらく10年くらい前までは「この文翻訳してね」とスクリプトだけ手渡され、翻訳したら思っていたのと全然違う場面だったというのがよくあったのだろう。

Skyrimなどでも「このセリフ明らかにおかしいでしょ!何で誰も文句言わなかったの?」ということはしばしば起こっていた。ただ、よくわからん日本語が聞こえてから元々の英語で何を言っていたのか予想するのはなかなか面白かった。

そんなわけで「なんか日本語としておかしいよね」という程度の誤訳ならまだ救いがあるのだが、ゲームの進行に影響を及ぼすような誤訳もしばしばあり、UXの観点からも好ましいものではなかった。具体例をあげると枚挙に暇がなさすぎるが、CoD:MW2の「ロシア人を殺せ!」は有名。
原文は"No Russian."でロシア語を喋るなという意味なのだが、殺せと命令されて銃を乱射したらいきなりミッション失敗になってびっくりしたプレイヤーは多いはず。(日本語版では民間人を殺すとゲームオーバーになる)

翻訳で大切なこと

……と、ゲームについて延々語るのもいかがなものかと思うため少し話を変えてまとめに入る。
私は大学で翻訳について学んでいるわけでもなければ仕事で翻訳しているわけでもないため、知識もスキルもないド素人になる。そのため私の主張には何の権威もないのだが、個人的に翻訳で大切なことは以下の2点であると感じている。

1. 原文の意味に沿った正確な文であること
2. 日本語の文として違和感がないこと

まず1に関しては、元の文の意味が伝わらなければ翻訳そのもの意義が失われてしまうわけで、正確性というのは最も重要なファクターと言えるはず。そのため、外国語をそのまま日本語に直訳するよりも、意味が正確に伝わるよう意訳する方が良い翻訳だろう。

2については上の方で述べた通り、正確な文章は日本語のままでは違和感バリバリなことも多いため、"気の利いた"日本語に調整する作業が必要となる。正確性が重視される学術論文ならともかく、映画やゲームでヘンテコな日本語を延々見せられたら興ざめだ。
ここでは、ある程度正確性を犠牲にして自然な日本語にするということも必要になってくる。ただ、いかに自然な日本語を仕立て上げるかは翻訳家の実力に大きく依存するところだろう。

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そんなこんなでいろいろと意識しながら翻訳作業を進めても、いかんせん翻訳できないコンテンツも存在している。ただ、逆に考えればいくら翻訳の質が向上したとしても、他言語を学ぶ意義はあるということだ。
正直なところ私は新たに言語を習得するよりもその言語のネイティブスピーカーと友達になるほうが早いと考えているため、あまり言語学習のモチベーションは高くない。しかしながら、やはり実際に学んでみないとわからないことは多いのだろう。

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きっと、未知の言語の裏にはまだ見ぬ世界が広がっているはずだ。そう考えると少しはモチベーションが湧いてくる。ちゃんと勉強してあと1言語くらいは扱えるようになりたいと思う。……そのうち。

おわりに

そんなこんなでいきなりいろいろ語りだしてしまったが、最後に翻訳に関わるすべての方々への感謝の念を込めて締めくくりたい。感謝感激雨あられ!


おしまい。

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