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「野球部育ち」の私が「ウエディングプランナー」になった話

2番・サードでバント専門だった私

物心つく前から、キャッチボールしている父と兄を見て育ちました。ルールも分からないのに野球の応援に連れていかれ、球場のスタンドが私のお昼寝場所でした。

その影響から、中学校ではソフトボール部に入部。キャッチボールを眺めていたので、イメージトレーニングができていたのか“守備”は好き!

でも体が小さくてパワーがない。「私にできることは“バント”しかない!」とひたすらバントの練習をして、2番・サードとして試合に出ていました。

こんにちは、LET’S JOIN 公式 note 編集部の浅沼です。普段は、ジョイングループの結婚式場「オワゾブルー山形」に勤務しています。

結婚式をつくりあげる華やかなイメージのあるプランナーですが、実は、私は体育会系な内面を持ち合わせています。

この記事では、そんな私の内面をつくった野球のお話と、この職業を選んだ理由をお話ししたいと思います。

監督が私にくれた「自分を動かす」魔法のことば

野球部の兄の試合を応援に行くたびに、監督が『高校生になったら、マネージャーだな!』と声をかけてくれていました。

その後、私は兄と同じ高校に入学し、それが現実となりマネージャーとして野球部に入部。小さい頃の優しい監督の雰囲気とは違い、“マネージャー”としてご指導いただく日々。校舎で会うとぴしっと背筋が伸びるような、そんな監督でした。

ある日、私は『大事な練習道具を市営球場に忘れて来てしまう』という、大失敗をしてしまいます。そのときに、監督は私にこう言いました。

「雑用だけなら誰でもできる。それならマネージャーなんていらない。」

「マネージャーがいない強豪校だって、世の中にたくさんある。いなくても試合はできる。」

17歳だった私は、悔しくて影で泣きました。そして、監督は私にこんな投げかけをしてくださいました。

「自分にしかできないことを、自分で考えて、行動に起こしなさい」


私がチームにできることは何か。その答えを見つけるために、悩んで悩んで、必死で考えました。
私にしかできないことってなんだろう?とひたすら考えた末に、ふと、思い浮かんだこと。


私も”選手”だった。その経験が生かされる。

ソフトボール部の選手時代に教えてもらった、『試合前に摂ると良い食事』を【野球部だより】にまとめて選手に配ったり、選手のみんなの練習の機会が少しでも増えるように、グローブを持って球拾いをしたり、トスバッティングのトスを上げたり。

書いたり作ったりするのも好きだったので、最後の夏に、大きな布にチームのスローガンの文字を書いて校舎内に掲示。甲子園に向けて全校生から野球部員に応援のメッセージを寄せ書きしてもらいました。

そんな高校3年生の夏が、人生で一番熱い夏でした・・・!本当に”青春って密”ですね。

社会人になった今でも、事あるごとに、監督の言葉を思い出します。

「いまこの状況で、私だからこそできることってなんだろう」

これは自分を動かす、魔法のことばです。

高校野球はいつまでも・・・

社会人になった今でも、高校野球は大好きです。”負けたら終わり”、”明日がない”中で、今を思いっきり走り切る姿に胸が熱くなります。

夏の山形県大会の決勝戦の日と仕事お休みが重なった時は、一人でも必ず球場に向かいます。そして、ラジオ中継を聞きながら観戦しているタンクトップ姿のおじいちゃん方と肩を並べて、静かに高校球児を見守っています。

コロナ禍前は、連休を取って甲子園にも観戦に行っていました!来年の夏こそ、また甲子園に行きたいな~と思っています。

甲子園での野球観戦!
このときは日大山形vs前橋育英の試合でした

結婚式に携わるお仕事

野球部で熱い青春時代を過ごしてきた私は、2011年にウエディングプランナーとして結婚式場「パレスグランデール」に入社し、2016年、結婚式場「オワゾブルー山形」の立ち上げからオワゾブルー山形で勤務しています。

オワゾブルー山形は、2017年4月8日山形市中心街に誕生しました。

『オワゾブルー』とは、フランス語で『青い鳥』という意味があります。みなさんは、小さい頃に『青い鳥』の童話を読んだ記憶はありませんか?

『青い鳥』の物語にあるメッセージは、『幸せはいつも身近なところにある』。そのメッセージと同じように、家族や友達、いつもそばにいてくれる人とのつながりを改めて感じ、あたたかな気持ちが溢れ出てくるような結婚式がオワゾブルー山形で日々生まれています。

私が『ウエディングプランナーになりたい!』と志すきっかけになったのは、大学生の時に参列した兄の結婚式でした。

挙式中、妹である私は感動して泣いていたのですが、ふと会場の隅に目を移すと、背筋をピンと伸ばしたスーツ姿の女性が涙をしているのが見えました。きっと、その女性はプランナーさんだったのだと思います。

「家族でも友達でもないのに、私たち家族と同じ気持ちで泣いてくれている!」と、感情を共に感じてもらえることのうれしさに衝撃を受け、「私がやりたいことは、これだ!」とウエディングプランナーのなるべく就職活動を始めました。

オワゾブルー山形は、山形市の中心市街地にあることから、外階段でのフラワーシャワーの様子は街を行き交う皆様にもご覧いただけます。

たまたま通りかかった方が足をとめて「おめでとう!」と拍手を送ってくださることもたくさんあります。小さな女の子が、キラキラした瞳でウエディングドレスの花嫁さんを見つめていることも・・・。

会ったことも話したこともない方が、幸せな気持ちを共に感じて笑顔で祝福してくれる姿。そんな光景を見ると、心が震えて、涙が出そうな気持ちになります。

オワゾブルー山形の仲間たち!

野球も結婚式も、チームプレー。仲間と一緒に、オワゾブルー山形から、幸せの感情の連鎖を街中に広げていきたいです!

noteを通して届けたいこと

私たちジョイングループのウエディングプランナーは、『結婚式から未来を変える』を合言葉にしています。

結婚式のことはもちろんですが、そこから始まる『家族のつながり(未来)』つくっていけるような取り組みも行っています。

具体的にどんな取り組みをしているのか?そんな情報も、これからの記事でたくさん届けられたらと思っています。

オワゾブルー山形には『オワゾブルーカフェTREE』というカフェが併設されています。結婚式のお料理で腕を振るっているシェフが作るランチやデザートが好評で、カフェをご利用くださるお客様がたくさんいらっしゃいます。カフェTREEの美味しい情報もお届けしていきますね。

これからの記事を通して、読んでくださる皆様にとって、オワゾブルー山形が身近な存在になれたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。

編集部 浅沼

<オワゾブルー山形へのお問合せはこちら>


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