見出し画像

『ジョニーぶらり旅』フィリピン編⑦

 木で出来たトレーニングナイフを渡され、握り方から振り方まで、どこを攻撃するのかをまず習った。殺人に使う技ではないが、最初に攻撃を学ばなければ、防御を学ぶことはできないのだ。それは日本の武道と共通している。


トレーニングナイフ


 そこからグランドマスターが私に向けてトレーニングナイフで刺してくるのを、指示通りにかわし、取り上げる。これがディザームテクニックという、武装解除。基本的に日本の武道ではみられない手の使い方をするが、原理は同じだった。相手の手首を殺して、力を発揮させなくする。
 そこから何度も、複数の対ナイフ術を反復練習した。

 そしてその後は、75センチほどのスティックを使った練習をした。これはフィリピン武術独特の戦い方で、最大で2本持つこともある。
 正直、この練習が一番キツかった。暑い中、ずっとスティック操作を繰り返した。足腰がプルプルして、汗が止まらない中で何十分も続いた。
 この頃になると、グランドマスターも私のことを認めてくれたようで、しっかりと厳し目に教えてもらうことができた。型を間違えると、最初からやり直し。何度も何度も。


 教えてもらっていると、周りに人だかりができる。野次馬だ。日本人観光客がフィリピン武術を学んでいる絵面を面白がっているのかもしれないが、それ以前に武術自体がすこし馬鹿にされている面も感じられた。銃とナイフで犯罪が行われることが多いフィリピンでは、武術は下に見られるのかもしれない。

練習している門下生たち。


 たくさん笑われながら練習することも、とても修行になった。
 最後にグランドマスターから、名前を教えられ、「次来る時は連絡して来い、私のジムでもっと練習をしよう」と言われた。とても光栄だった。
 最初は1000ペソの金ヅルとしか見られなかったのだろうが、それを覆したのだ。日本人の武士道を見せつけてやったような気がした。
 最後にしっかりとお礼を言い、ホテルへ帰った。


 夜になり、レストランで食事を済ませ、飲み屋でオレンジジュースを飲みながらブラブラしていた。

量はとても少ない。


 その日はあまり盛り上がらない日だったらしく、歩いていると、とある集団から「一緒に飲もうよ」と誘われたので、加わってみた。その集団は、2人のフィリピン女子、男子1人、そしてレディボーイ1人だった。

 そのレディボーイがやたらショットを飲ませてくる。お酒を飲めない私はなかなかキツかった。生まれて初めて飲むショットを、三杯飲まされた。そして、そのレディボーイがさらにレディボーイの友達を2人呼び、とうとう私は男娘に囲まれた。


 途中まで、普通に楽しく飲んでいたのだが、私の周りに来たレディボーイたちは、私の体を撫でたり、手を握ってみたりして、いたずらをしてくる。
 「あなたの手の大きさどのくらい?あら、このくらいなのね。ということは、アソコもこのくらいなのかしら」などと言ってくる。ゾッとする。
 なぜか女子にはモテず、男娘にはモテてしまうという宿命。

 時折、レディボーイ達が私をみながら現地の言葉で話している。それが悪巧みに聞こえて、このまま連れてかれるんじゃないかという不安に襲われた。

 時刻は夜中2時。翌朝6時にシュノーケリングを予約していたので、そろそろ帰って寝なければならない。しかし帰りが問題だ。どうやって抜け出そうか。

「もう時間だから帰るよ」正直にそう伝えて立ち去ろうとすると、「私も付いていっていい?」「部屋行っていい?」と言われ、恐怖で震えた。
「ダメだ。行かせてくれ」そう言うしかなかった。


 帰り道がとても怖かった。安全な地帯とはいえ、後ろからレディボーイが追ってきたらどうしよう。そんなことを考えながら、走らないように気をつけて帰った。走ってる姿を見られたら、それこそ追っかけられると思ったからだ。

 後ろを警戒しながらホテルの部屋に着いた。またしてもなんとか生き残った。
 シャワーを浴びて、すぐに寝た。


 しかし、夜中3時過ぎに、腹痛で目が覚めた。
 何千キロと離れた土地で、1人吐き気に襲われている。誰も頼れる人はいない。家にいたら親に助けを求めることはできるが、ここでは一人で全ての責任を負って解決しなければならない。その孤独がまたパニックを誘発した。思考の悪循環が止まらない。この瞬間が旅行のなかで一番辛かった。

 パニックを片付けている時間はなかった。頑張って目をつぶって、再び眠りに落ちた。夜中だったのが、幸いである。

 朝5時。アラームと共に目を覚ました。体調は悪くない。

朝五時の空



 いざ、フィリピンの海へ。
つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?