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読書記録『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬(文庫版)』

若林正恭著『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬(文庫版)』を読んだ。この本は一言で言えば、オードリー若林さんのキューバ 旅行記だ。以前単行本で読んだ本だが、文庫版ではモンゴルとアイスランドの旅行記が追加されている上にあとがきとDJ松永さんの解説が加えられている。そのため、単行本で一度手にとったことがある私のような方でももう一度楽しめる内容になっている。

前にも書いたかもしれないが、この本には若林さんが旅先で感じたこと、触れ合った人々のこと、感動した風景のことなどがとても軽い読み口で綴られている。そこに若林さんの独特の感性で自身の過去や考えとリンクさせて書いてあるため「オードリーの若林だなぁ」というアイデンティティを感じる。

特にあとがきに若林さんの「たりなさ」みたいなものが詰め込まれていると感じた。誰でもこの世界で生きていれば生きづらさだったり、居心地の悪さは感じたことがあると思う。私たちは新自由主義の世界で生まれた時から競争させられて、お金持ちになれば幸せというような画一的な幸福を押し付けられてきた。お金を稼ぐ能力が高いかどうかでその人の価値を判断されて、ビジネス的に価値がない人は負け犬として生きていくことを強いられる社会になった。若林さんはかつて負け犬だった。風呂なしのアパートに住み、同級生の誕生日パーティで気まずい思いをして社会の格差を知る。それでも没頭によって、貧困を抜け出し資本主義社会の勝ち組になる。そして、格差から逃れた後も熾烈な競争システムによって生じる人と人との分断に苦しむ。そんな中でも同じ傷を共有する人と人との血の通った関係に救われる。

少々大袈裟な書き方になってしまったが、社会がそういう構造になっているのは事実でその価値観に私たちも染まっていることを否定できない。かくいう私もその価値観のもと、日々周囲の人間と比較して自分の無能さに絶望してきた。だから状況は違うにせよ、現代の経済システムの中で感じる若林さんの苦悩には少なからず共感している。

そんな生きづらさを抱える人々がその状況から抜け出す隠しコマンドが血の通った関係と没頭だという。つまりは利害関係なしにずっと大切にしたい存在(人と人との関係に限らず、本や歌、歴史上の人物など)、対価が貰えなくとも続けたい趣味や仕事のことだ。若林さんはこの経済システムからの逃避ではなく現実的な対処の仕方を示してくれた。私たちは資本主義の大きな流れからは逃れることはできない。だから格差と分断によって日々傷つくけれど、血の通った関係と没頭によって自分を取り戻す。そんな過程を繰り返しながら、自分の欠落にも感謝できるだけの器を作り上げていくしかないのだろうと思う。

重い話になってしまった。話を戻すと、あとがきは自意識と社会との関係を分析した深い話になっているが読み味は軽く、滞りなく頭に入ってくる。この本、実は表向き旅行記の体裁をとった自意識ドロドロの内面暴露本なので若林正恭という人間に興味のある方はぜひ手にとっていただきたいと思う。ちょっと生きるのつらいなと感じている方もぜひ。この本と血の通った関係を築くことができるかもしれない。そして私たちの価値観とは異なる価値観で生きる人々の呼吸を感じてもらえたら嬉しい。


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