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戦争は女の顔をしていない

以下の文章は自分の読書感想を思いつくまま書いたもの。個人の主観を多分に含んでいるため、苦手な方は回れ右してください。

本の情報(読了日1/19)

書名:戦争は女の顔をしていない
作者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
訳者:三浦みどり
出版社:岩波書店
ASNI:B084MCR9KG

この本では、ソ連を舞台に第二次世界大戦で従軍した女性たちの体験談を記している。

戦争というものは現代日本において遠い出来事である。その時代に生きた人はまだしも、自分のような今の若者にとっては別世界のことに思える。戦争があったことはわかっていてもどこか平和ボケ思考で日々を過ごしている。

第二次世界大戦の末期では労働力が男たちでは足りず、ある女たちは困窮した生活から抜け出すため、国のためを思って自ら前線へと志願した。この本ではそんな女性たちの独白で埋め尽くされている。

自分はとある女性の話が印象的だと思った。彼女は学校に通ったのち、建設施設に配属された。そして戦車部隊に志願したが、17歳で160cmという小さな体のため断られた。他の体格に恵まれた女性たちは彼女を哀れみ、音楽家のような格好をして本部へとむかった。衛生隊として数日働きながら町へ行く車から隠れていた。その後戦闘があって女の子が一人なくなったため、軍人の格好をして負傷した戦車兵を戦車から引っ張り出して手当をする任務についた。過酷な環境下で彼女は懸命に任務を遂行した。そして、多くの友人が戦死していった。

自分は上記のエピソードで、脚をけがした彼女がとある村の宿泊施設に滞在したときのエピソードがとくに印象深いと思う。はじめは年端も行かない少年と見られていたが、戦車兵が女の子だというと、おかみさんは大層同情して泣いたそうだ。国のためを思い、髪を切って懸命に従軍する女の子が脚をけがしてまで頑張るなんて泣くしかない。

これまで戦争の話は華々しいものがほとんどで、人を殺すことそのものに対して抵抗を感じた話や戦争が終わったあともPTSDで苦しんだ経験は少数派だと思っていた。この本には多くの女性が女性であることを捨てた苦しみや今でもフラッシュバックする戦争への思いがある。戦争が大変なものだったとは知識として知っているが、だれかの経験談として読んだとき、戦争がある暮らしの苦しみをまざまざと感じた。

コロナウイルスによるパンデミックは第三次世界大戦と言われている。敵の攻撃は目に見えず、大変な思いをしている方もいるのではないだろうか。直接火災や銃弾によって死ぬことはないけれど、人は亡くなりつづけ、日々の過ごし方は大きく変化した。

しかしこの本の女性たちを読むと、生きている限りなんとかなると思える。長い本だが、amazonのベストセラー1位を獲得したのも納得がいく。自分は、苦しいことは数あれど生き物である限り生きなければならないということを学んだ。

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