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【法律】勝手に穴を掘ったら温泉が湧いてきた!誰のもの?

幼稚園児だったころ、私はよく父に連れられてゴルフの打ちっぱなしに通っていたのですが、特注してもらった小さなクラブを振り回すことには全く興味が持てず、ただひたすらにバンカー練習場(砂場のようなところ)で「穴」を掘ってたことを覚えています。
今となっては何が楽しかったのかまったく意味不明ですが、「穴」を掘っていたら温泉が突然湧いてきたら、、、夢が広がりますよね!

今回は、他人の所有する土地を掘っていたときに温泉を掘り当てた際の権利関係について、法的に解説します。

温泉に関する権利について定めた法律はない!?

結論から申し上げますと、温泉に関する所有権、利用権原について規定した法律は日本には存在しません。
温泉法」というそれらしい名前の法律はありますが、これは温泉を掘削する場合や、温泉を一般向けに提供する場合に、都道府県知事から「許可」を得なければいけないことなどを定める行政法規であり、「温泉は誰のものなのか?」といった私法上の権利関係について定めるものではありません。

慣習法で認められる「温泉権」(大判昭15年9月18日)

温泉の権利関係に関する明文の法律はありませんが、温泉にはその湧出地とは異なる特別な財産的価値があると考えられているため、温泉に関する権利を湧出地の所有権とは別の独立した権利として認める「慣習法」が成立している地域に限っては「温泉権」という物権的権利(誰にでも主張できる権利)が発生すると解釈されています。物件法定主義の例外です。
このことは「鷹の湯事件」(大判昭15年9月18日)という、著名な裁判例でも確認されています(この事件では、長野県松本地方において、湧出地の所有権とは別に「温泉権」を認める慣習法が存在することが確認されています。)。

大判昭15年9月18日「鷹の湯事件」引用①
土地所有権に対し独立せる一種の用益的支配権なりと解すべきものなりや否やは,此の種地下水に関し特別の立法を欠如せる我法制の下に在っては解釈上疑義なき能はざるも,本件係争の温泉専用権,即所謂,湯口権に付ては,該温泉所在の長野県松本地方に於ては,右権利が温泉湧出地(原泉地)より引湯使用する一種の物権的権利に属し,通常原泉地の所有権と独立して処分せらるる地方慣習法存する。


「温泉権」を行使するための条件(大判昭15年9月18日)

ただし「鷹の湯事件」判決では、「温泉権」が物権的権利(誰に対しても主張することのできる権利)であることから、誰もが「温泉権」の帰属先を認識することができる公示方法(明認方法)を備えなければ、「温泉権」を第三者に行使することはできないと判断されていることに注意が必要です。
土地や建物の所有権を主張するためには、登記を備える必要があることと同様です(公示の原則)。

大判昭15年9月18日「鷹の湯事件」引用②
既に地方慣習法に依り,如上の排他的支配権を肯認する以上,此の種権利の性質上民法第177条の規定を類推し,第三者をして其の権利の変動を明認せしむるに足るべき特殊の公示方法を構するに非ざれば,之を以て第三者に対抗し得ざるものと解すべきことは敢て多言を俟たざるが故に,原審は更に此の点に付,考慮を払ひ,右地方に在っても,例へば,温泉組合乃至は地方官庁の登録等にして右公示の目的を達するに足るべきもの存するや否や,或は尠くとも,立札其の他の標識に依り,若くは事情に依りては,温泉所在の土地自体に対する登記のみに依り第三者をして叙上権利変動の事実を明認せしむるに足るべきや否やに付,須く審理判断を与へざるべからざる筋合なりとす。

公示方法(明認方法)は地域によって様々です。  以下は一例です。
・ 温泉台帳への登録(大分県別府地方、大分地判昭36年9月15日)
・    温泉やぐら等の設置(和歌山県白浜地方、東京地判昭45年12月19日)
・    配湯管の設置等(山形県上山地方、山形地判昭43年11月25日)
温泉地ごとの文化の豊かさが垣間見えるような気がします。。。

近時の重要裁判例(東京高判令和元年10月30日)

近年も「温泉権」の成否について重要な裁判例が出されました。
基本的には「鷹の湯事件」に準拠した判示がなされていますが、
・掘削に際して多額の資本を投下したからといって、当然に「温泉権」を取得するわけでないこと
・勝手に土地を掘削した者だけでなく、土地所有者から温泉を掘削することにつき承諾を得た者であっても、当然に「温泉権」を取得するわけでないこと
なども確認されています(東京高判令和元年10月30日)。

東京高判令和元年10月30日
本件においてXが主張する温泉権は、温泉地から湧出する温泉を湯口から直接採取して排他的に支配する物権であり、温泉専用権又は湯口権などとも呼ばれるものである。成文法上の根拠はなく、物権法定主義の例外の一つとされる。このような温泉を湯口から採取して利用する権利は、湧出地の土地所有権の権利の内容の一つに含まれ、土地所有権とは別の独立した物権としては成立しないのが原則である。通常は、湧出地の土地所有者以外の者が温泉を利用する権利は、債権的法律関係により形成される。例外的に温泉権が所有権とは別に物権として成立するのは、温泉権を湧出地の所有権とは別の独立した物権として認める慣習法が成立している地域に限られる。(中略)
Xは、温泉を湧出させるためには多額の資本投下を必要とし、温泉権自体に極めて高い価値があるから、土地所有権とは別に、人工掘削によって物権としての温泉権が発生すると主張する。しかしながら、多額の資本投下をしたから、債権的法律関係でなく物権が発生するとはいえない。また、当該土地について無権利者である者が、掘削して温泉を掘り当てさえすれば物権としての温泉権を原始取得するとはいえないことも明らかである。土地所有者から温泉掘削の承諾を得ていた者であっても、掘削により温泉を掘り当てれば当然に物権としての温泉権を原始取得するものではない。温泉の利用、管理等については、債権的法律関係で処理することが通常は可能であるからである。土地所有者と温泉掘削者が異なる場合は、両者の間に債権的関係が存在することが通常であるから、温泉を掘り当てるための投下資本の回収等については、その債権的関係の中で処理すべきものと考えられる。

上記裁判例でも確認されていますが、掘削者と湧出地の所有者の間で、事前に「契約」等で湧出した温泉に関する権利義務関係を定めておくのが通常です。
なお、何らの権限もない者が他人の土地を掘削した場合には、当該土地の所有者との関係で、所有権侵害を理由とする不法行為が当然に成立しますので、勝手に他人の土地を穴だらけにすることはお勧めしません。
また、100メートル掘削するのには600~1000万円程度の費用が必要とも言われているので、実際に掘り当てるのは非現実的ですね。。。
https://www.j-cast.com/2007/09/20011523.html?p=all

まとめ

「鷹の湯事件」判決が出されて以降、掘削者に掘削した温泉を巡る何らかの権利が認められるためには、湧出地の所有権とは独立して観念される「温泉権」の存在を肯定する「慣習法」が存在することが必要とされています。
実際にはそのような「慣習法」が存在すること自体稀ですので、勝手に他人の土地を掘削したことにより温泉を掘り当てたとしても、掘削者がその温泉に関する権利を取得することはないと判断されることが多いと考えられます。
夢のない結論となりましたが、それもまた法律らしい気もします。。。

私が事務所内勉強会にて東京高判令和元年10月30日について報告したところ、先輩弁護士より「ゴールドラッシュの時代の開拓者が掘り当てた金は当時のアメリカの法律では誰のものだったのだろう?開拓者?州?連邦政府?それとも原住民かな?」と呟いておられました。
これもまた興味深いので、今度調べてみようと思います。



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