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研究室を脱出せよ!【6】ポスドクの右脳と左脳。

黒岩さんと話して以来、これまで真剣に考えてこなかった「将来」というものを漠然と意識するようになった。お恥ずかしい話だが、今までは楽しいから、やりたいから、という理由だけで研究を続けてきたし、これからもやりたい研究について考えていれば、自然とおさまる所におさまっていくような気がしていた。それがいかに根拠のないことであるのか、黒岩さんの話はその現実をまざまざと見せつけてくれた。

それにしてもわからないのが黒岩さん自身のことである。自分では偉そうなことをいっているが、相変わらずミーティングでは田所教授にやり込められている。とくに、黒岩さんの発表の前が三井さんなだけに余計に具合が悪い。三井さんは先月、またしても国際的なビッグジャーナルに論文を投稿したばかりだ。研究というのは何をやってもうまくいくときがまれにあって、三井さんは今そういうフィーバー状態なのだ。だから、三井さんの発表のときは田所教授もすこぶる上機嫌なのだが、黒岩さんのなんだかよくわからない実験結果を目の前にすると途端に機嫌が悪くなる。教授に質問されるたびに、はあ、とかそうですねえ、などとのらりくらりとかわしている姿は、とてもやりたいことをやっている人の様には見えないのだが。

変わっているといえば、黒岩さんの本棚も変わっている。デスクが隣ということもあって、黒岩さんの持っている本がよく見えるのだが、研究に関する専門書籍の間からところどころ不思議なタイトルが顔を出している。例えば、会計だとか簿記だとか書かれた本はかなりまとまってあるし、そうかと思うと「全脳」とか「速読」だとかいう怪しげな本もある。中には「Competitive Strategy」とかいう英語の本もあって、僕はこれをながらく生態学か何かの本だと思っていたが、どうやら違うらしい。

あの日、居部屋で話して以来、黒岩さんはことあるごとに僕に向かって「研究バカになるな」といっていた。研究以外のことについても色々と首を突っ込んでおけということらしい。そのために黒岩さんの本棚にある本はいつでも勝手に取って読んでいいといわれていた。

そのことを思い出して隣の机を見てみると、乱雑にちらかった論文の隙間から、買ったばかりらしい本が顔を出していた。「新しいことを考える人の時代」なるサブタイトルが書かれたその本には「富を約束する方法」などという、相変わらず胡散くさい文句が書かれていたが、ふと、新しいことを考える人というのは我々研究者のことではないか、と思い、手にとってみた。

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代
するとこれが思いのほか面白く、気付いたら夢中になって読んでいた。著者いわく、これまでは単純労働にかわって知識をもった人々が活躍する、いわゆる「知識社会」の時代だったが、インターネットの登場で単純な知識ならば誰でも簡単に手に入るようになった。さらに、グローバル化の影響により、誰かが既に作り出した技術ならば、賃金の安い中国やインドに外注してしまったほうが安くつく時代になったというのだ。そのような中でこれからの世界で富を得るのは、誰も考えたことのなかった新しいアイディアを生み出すことができる人々だというのである。そしてそのためには、いままでの知識人が必要とされた、論理的に物事を考えるといった左脳的な能力だけではなく、感性や感情などといった、いわゆる右脳的なスキルが必須になるというのである。

ここまで読んだときに 、これは間違いなく研究者のことを指し示しているはずだ、と確信した。と同時に、言われたことだけやるというこのラボのスタイルは、もはや時代遅れだということを悟った。

僕はかねがね、理屈だけの研究ほどつまらないものはないと思っていた。どんなにそれが役に立つ研究であろうと、人の心をひきつけるような魅力的なストーリーがなければ、やっていても聞いていても何も感じないのだ。そういう点でいえば、田所教授や三井さんの研究は非常に手堅いことに間違いはないが、黙っていれば誰か他の人がやるような研究ばかりであった。その点、黒岩さんはデータこそ不揃いだが、なにか心を捉えるような、そうした不思議な魅力に溢れていた。ただ、研究者としての評価は前者の方が高くなり、いつになっても結果が出ない黒岩さんはなかなか出世できないままだった。

僕は黒岩さんがどんな気持ちでこの本を読んでいたのだろうかと思うと、ちょっとだけ切なくなった。いま黒岩さんに会ったらなんていったらいいのだろう。僕はなんだかよく分からない気持ちになったので、そのままその本を拝借することにして、続きは家で読むことにした。

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