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研究室を脱出せよ!【19】ポスドク、強みを知る。

残る一社については、二次面接から本格的にケースが出題され始めた。コンビニの売上や、ピザチェーン店の業績が落ち込んできている理由、それにコーヒーチェーンの戦略などについて、いずれもどこかで一度は目にした問題だったので、なんとなく答えることはできたが、上辺だけの議論で終わってしまっているような物足りなさを感じた。その辺は面接官も良く分かっているようで、ときには優しく誘導してくれたり、ときには明らかに眠そうな目付きをしばたたきながら早めに打ち切ったり、と色々だった。そんな中でも、志望動機を話したり、研究や教育のことについて議論しあう時間は楽しく過ごすことができ、ある種の満足感を覚えることもできた。

それにしても戦略コンサルの面接は長いと聞いていたが、5次面接まで終わった頃にはさすがに疲労感を覚えた。面接は研究が一段落したタイミングで入れてもらっていたので、最初の書類を提出してから既に3ヶ月以上が経とうとしていた。いつになったら終わるのだろうか、いい加減心配になり始めたある日、青木さんから連絡が来た。

「お疲れ様です。いまちょっとよろしいですか?」

電話口で耳にする青木さんの声は、相変わらずテキパキとしていて頼もしかった。

「まず、今までの面接のフィードバックレポート、ありがとうございました。大変興味深く読ませていただきました。それで、これからの面接についてのご相談があります。」

そういうと、青木さんはこれまでの面接での僕の受け答えについて、良いところと悪いところについて説明してくれた。

「兼道さんの場合、どうもロジックに関する部分が弱いようですね。ケースなどでは、論点がぼやけていたり、大事な点が抜け落ちたりしている傾向がありますよね。」

たしかにケースをやっていると、「他には?」とやたらと聞かれることが多かったが、やはりその点を見抜かれていたのだろう。

「普通こうした答えが続いているとなかなか先の面接に進むということは難しいんです。仮にその場の面接を切り抜けることができても、面接官は次の面接用に申し送り事項を書いて渡しておくので、弱みが続けて明らかになった場合、次の面接で落とされてしまうんですね。ところが兼道さんの場合、5次面接まで来た。これは何を意味するかということです。」

ここで青木さんは一瞬間をおいた。僕は色々考えたが何も思いつかなかった。青木さんは続けた。

「これは私の考えですが、兼道さんのインターパーソナルスキルが評価されているのではないかと思うんです。兼道さんの研究に対する思いですとか、相手に分かりやすいように伝えようとする熱意、そういった人柄のようなものに対して、面接官はコンサルタントとしてのポテンシャルを感じているのではないかと思うんです。」

そういう青木さんの言葉を、僕は多少意外な気持ちで聞いていた。

僕自身、自分にそんなポテンシャルがあるなんて感じたこともなかったからだ。僕はどちらかといえば社交的な方ではなかった。学会の懇親会などでも身内で固まってばかりだし、積極的に人脈をつくっていこうという気もあまりなかった。インドア派で、いわゆるコミュニケーション能力ってやつも低いほうだと感じていた。そういえば、青木さんは決してコミュニケーション能力とは言わなかったな。インターパーソナルスキルか。

そんな時、ふと学生時代におこなったスピーチのことを思い出した。修士課程の謝恩パーティーみたいな席で送辞を述べてくれと頼まれたときのことだ。といっても、別に僕が優秀な学生だったから選ばれたわけではなく、たまたまうちのラボのボスが謝恩会の幹事だったために、僕に白羽の矢がたったのだ。別に断る理由もなかったし、博士課程からは違うラボに移ることが決まっていたので、これまでの恩返しと思って引き受けた。

やるからには本気でやりたい。そう思って、僕は教授のエピソードや研究の失敗談、そして実験がうまくいったときの思い出などを洗い出した。それらはあえて原稿に書かず、すべて頭の中で整理した。そのほうがライブ感がでるからだ。そうして、誰もいない会議室にこもって、一人で何度も練習を繰り返した。ちょっとした笑いがおこるであろうポイントでは、笑いが収まるのを待ってからしゃべるといったシミュレーションまでした。こういうのは別に誰から教わったわけでもなく、大事な発表の前などではなんとなくやるようにしていたのだ。一番まずいのは練習せずに本番をむかえる場合だ。自分では話がうまいと思っている人にこの傾向が多い。話がうまいのと、不特定多数の前で話すのとは全く違うのだ。自分では気づきにくいちょっとした言い回しの違いや、話の展開など、些細なことで聞く人の印象は全く変わってしまう。それを、僕は一人の聴衆として何度も体験した。そう、大事なのはいかに聴衆の立場にたって話すか、ということだ。

なんでこんなことに気づくようになったのか、今となってはよく分からない。ただ、あえていえば学生時代から続けていた音楽が関係あるのかな、といった程度だ。

練習の成果もあって送辞はうまくいった。百人近い人数の前で話すのはさすがに緊張したが、話し始めたらかえって落ち着いてきた。驚いたのはそのあとである。合う人合う人、いやー、いいスピーチだったねえ、と褒めてくれたのだ。最初は、「めちゃくちゃ練習したもんでね。」などといって照れていたのが、あまりに好評だったので、意外と自分には才能があるのかなあ、などと思ったりした。

面接でも雑談に花が咲くのは、相手がどうしたら自分と自分の研究を面白いと思ってくれるのか、そんなことを考えながら話しているからかもしれない。それでも、合う合わないがあって、2社目のときのような「ミスター・ロジカルさん」の前では歯が立たなかった。

青木さんは言った。

「強みというのは、他者に対して圧倒的だという意味です。ですから、自分では意識しなくても出すことのできる力ということです。そういうい場合、得てして自分では気づかない。いや、気づかないからこそ強みと言えるんだと思うんです。」

青木さんはいつになく力のこもった声でそう言った。

「ですから、兼道さんはあと少し、弱みのロジックのところを頑張れば十分可能性はあるんです。人には考え方のクセというものがありますから、その部分を何とか克服して、万全の体制を整えましょう!」

話も佳境にさしかかった頃、青木さんはこの日もっとも重要なことを伝えた。

「順調に行けば、次回の6次面接が最終面接になるはずです。頑張って、この転職を成功させましょう。」

転職を決意したあの日から1年が経とうとしていた。いよいよ、最終決戦が目前に迫った。

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