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研究室を脱出せよ!【13】ポスドクと、フェルミ推定。

こうして書き上げた職務経歴書と志望動機書を、さっそくエージェントの青木さんに見せた。青木さんは細かい点など丁寧にアドバイスをくれたが、概ね良いのではないかとのことだった。

「それでは、さっそくこれらの書類を各社に送らせていただきます。」

電話越しに聞く青木さんの声はハキハキとしており、非常に頼もしかった。なにより、自らの仕事に自信をもって取り組んでいることがよく伝わってきた。

「あの、」僕は遠慮がちに尋ねた。

「正直な話、書類が通る可能性というのどのくらいなものなのでしょうか?」

かねてから聞きたかったことだったので、この機会にストレートに聞いてみた。青木さんは少し考えてから、こう答えた。

「まずは6社ほどに送らせていただきますが、書類が通るのは半分くらいではないでしょうか。リーマンショック、ギリシャ問題、そしてこのところの円高と、企業の採用マインドはそれほど高いとはいえない状態が続いています。以前だったら当然書類通過しているような方でも、最近はバンバン落ちているんですね。書類が通ったとしても、その後の選考は非常に厳しいです。ですから、今後の課題を抽出しつつ、万全の状態で望みましょう。」

そういうと、対策に必要な本のリストなどをメールで送ってくれることになった。

書類通過率が半分というのは、うれしいのかうれしくないのかよく分からなかったが、それどもビジネス経験無しの人間に対して門戸が開かれているのは間違いなさそうだったので、ひとまずは安心することにした。

青木さんからのメールには、今後必要となる勉強や、その対策がびっしりと書かれていた。

まず、書類通過後に最初に必要となるのが筆記試験だ。ペーパーテストなんて大学院の入試以来だったので、少し自信をなくした。しかも内容がかなり変わっている。まず一つはGMATと呼ばれるテストで、MBAなどの入学の際に必要なテスト形式だという。もうひとつは判断推理と呼ばれるもので、公務員試験などによく出されるものだ。どちらも初めて見る内容だった。こいつらの対策はじっくり取らなければいけなさそうだ。

これらに加えて、コンサルの面接に特有なのが「ケース」と呼ばれるものだ。このケース面接をいかにこなすかが、戦略コンサルの攻略にとって極めて重要らしい。ケースには、ナンバーケースと呼ばれるものと、ビジネスケースと呼ばれるものの2種類あり、どちらもよく出される。特に前者は「フェルミ推定」という名で呼ばれており、特に最近の就活生ならば一度くらいは耳にしたことがあるはずだ。

僕は、ケースという耳にしたことのない言葉にとまどったが、フェルミ推定というのはどこかで聞いた覚えがあった。かの偉大な物理学者、エンリコ・フェルミが、原子爆弾の実験現場に参加した際に爆風で飛ばされる紙片の落下速度から、爆弾の規模を推定した、とかいうアレである。

この手の推論は実験現場でもしばしばやっていたが、こうした手法を使って面接をするということは意外だった。さらに意外だったのが、その評価ポイントである。研究現場でこの手の推定が役に立つのは、出てきた答えのオーダーを知ることができるからだ。ところが、面接では出てきた答えは重要ではなく、どうやって考えたかというプロセス自体が大事だという。極端な話、説得力のある理屈で出した答えなら、現実とかけ離れていてもいいらしい。

青木さんから送られてきたメールには、例題が何問か書かれていた。ミネラルウォーターの消費量や、新幹線のコーヒーの売り上げなど、さすがにビジネスに関係のありそうなお題が多かったが、なかには日本にいるゴキブリの数などといった意味のよく分からないものも混じっていた。いずれも解答はなく、簡単な解き方のヒントが書いてあるだけだったので、自分で答えを出してみろということなのだろう。

試しに一問解いてみた。

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【日本に理美容院は何軒あるか?】

日本国内にある理美容院は、以下のように推定することができる。

【理美容院件数】=【国民の理美容院の年間総利用回数】÷【理美容院一件あたりの年間利用者数】

国民の理美容院の年間総利用回数は、理美容院に行く頻度によって決まる。いま、男性は2ヶ月に一回、女性は1.5ヶ月に一回利用するものとすれば、
6000万人x(12ヶ月 ÷ 2)+6000万人x(12ヶ月 ÷ 1.5)= 8.4 億回/年

次に、理美容院一件あたりの年間利用者数を考える。一日あたりの利用者数は
【席数】×【回転率】
に分けられる。
席数は2席とし、回転率は平日と休日で分けて考える。
平日(200日):10時間の営業時間中、一人1時間として、営業時間の30%が来客とすると、回転率は3人/席
休日(100日):営業時間の80%が来客とすると、回転率は8人/席
より、
200日x2席x3 + 100日x2席x8 = 2800 人/年

以上より、
8.4億 ÷ 2800 = 8.4 x 10^8 ÷ (2.8 x 10^3) = 3 x 10^5 = 30万件 となる。

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ネットでざっと調べたところ、理美容院合計で35万件とあったから、意外と正確に出せたことに驚いた。コツさえつかめば、なかなか楽しくもある。その日以来、僕は様々なものの市場規模を推定する練習を日課にすることにした。

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