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研究室を脱出せよ!【9】ポスドク、登録する。

その日、僕はさっそく検索サイトで転職エージェントというものについて調べてみた。すると、いくつものエージェントのサイトが表示される中、「コンサルティング専門転職エージェント」というのが出てきた。黒岩さんの言っていたのはここのことだろうか。

クリックして中身をよく読んでみたところ、「転職エージェント」とやらの仕組みがよくわかった。

まず、転職を希望する人はエージェントのサイトに登録する。一方で、人材の欲しい会社はどのような人が欲しいかを予めエージェントに伝えておく。エージェントは、登録者の中から希望にあった人材を企業に紹介、無事両者の希望が一致すれば転職成立、というわけだ。このとき、企業は獲得人材の年収に比例した報酬をエージェント会社に支払う。従って登録者は一銭も支払うことなく希望の会社にいけるというわけだ。さらに、必要とあらばエージェントは面接の練習などもおこなってくれるという。これももちろん無料だ。

こんなに至れり尽くせりのシステムが無料とは、貧乏ポスドクにはありがたかった。それにもまして思ったのが、アカデミアの外ではこんなふうにして人材の流動性が確保されているのか、ということだった。アカデミアでは基本的に動きたい人間が移動先を探すしかない。優秀なポスドクと研究室を仲介する機会なんて、少なくとも日本では聞いたことがない。

僕はさっそく登録ページを開いた。記入するのは学歴と職歴、それにごく簡単な個人情報だけだったので、登録は数分で終わった。するとさっそく、担当の人からメールが届いた。興味があるのでぜひお話させていただきたいが、ご都合はどうかという内容だった。僕は住んでいる場所が東京からはかなり離れていることと、転職自体にまだそれほど現実感が持てないという理由で、直接お会いするのはまだ早いような気がすると返信したところ、それではお電話でお話しましょうということになった。ここまでのやりとり3時間。アカデミックののんびりしたペースに慣れていた僕は正直面食らってしまった。

青木さんと名乗るエージェントの人から電話がきたのは、翌日の午後一時。約束ぴったりの時間だった。ミーティングは15分遅れはあたりまえだったので、この正確さにも僕は感動した。

僕は青木さんに、ビジネスについて考えるときのワクワク感や、コンサルティングと実験とのあいだに感じた類似性などを説明した。また、企業に就職した経験がまったくない自分が、このような業界にチャレンジすることの不安についても素直に話した。青木さんはフムフムといった感じで聞き続け、途中メモかなにかをとったりしているようだった。僕の話を聞き終わると、青木さんは次のように話した。

「なるほど、お話しは良くわかりました。確かに、ご懸念のようにビジネスの経験が全くない方がこのような職業につくことは難しいとお考えになるのは当然かもしれません。ですがね、この業界にはいわゆる『経験』というものがそれほど必要ではないんですよ。なぜかと言うと、クライアントの抱える問題というのは多種多様で、解答というものは用意されていない訳です。だからこそ、クライアントは莫大なお金を払って外部の人間のアドバイスを受けようとするんですね。ですから、コンサルタントというのはそういった未知の問題に対していかに独自の解答を出せるか、そういった能力が要求されるんです。」

さらに青木さんは、こうした能力を測る上で重要なのが、その人の持つのびしろの大きさなのだと説明した。

「コンサルティングといっても実はいろいろあるんですが、兼道さんの目指していらっしゃる戦略コンサルはこののびしろ、いわゆるポテンシャルを特に重視するんです。ですから、経験が少ないというのではなく、これから一気に成長することができんだ、とアピールすることが大事になってくるんです。」

青木さんによると、僕の29歳という年齢はポテンシャルだけで採用される可能性のあるギリギリの線だということだった。

「戦略コンサルへの転職で大切な能力は他にもいくつかあるんですね。例えば対人関係能力、インターパーソナルスキルとか言ったりするんですが、やはり客商売ですからね。クライアントとの間にいい関係を作れるような人が重宝がられます。それからもう一つですが、いかにロジカルにものごとを考えられるかどうか、これが最低限必要になります。この点、やはり理系の方のほうが有利な傾向にありますね。新卒採用などでも、理系の学生のほうが採用される確率は高いですから。そういう意味では、科学者としてご研究されている兼道さんにとっては得意な分野になるかもしれません。」

青木さんはそういうと、最後に、

「こういった点を踏まえると、兼道さんの場合、チャレンジされてみる価値は充分あると思いますよ。」

といってくれた。

転職活動を始めるとすると、僕の場合は第二新卒という枠になるらしい。さらに、戦略コンサルの中途採用は通年でおこなっているそうなので、書類ができしだい応募することが可能だという。

僕はその言葉を聞くと、丁重に礼を言って電話を切った。

戦略コンサルへの転職。この言葉がにわかに現実味を帯びてきたような気がしてきた。同時に、いままで築いてきた研究者としてのキャリアを捨てることに対する罪悪感のようなものも感じた。しかし、新しい世界へ踏み出したいという想いは、おさえようもないほど大きくなっていた。

次に取るべき行動は明らかだった。電話の最後に、

「書類としては、職務経歴書と志望動機書を書いて頂きます。」

と言われていたのだ。

こうして、僕の転職活動がスタートすることになった。

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