退職理由を振り返る~throwback~
転職が多い時代になってきたとはいえ、大学の同期が1社目で頑張っている人が多い中僕はすでに2社を退社している。終身雇用が神話になりつつあるこの世の中で1社のみで生涯を終える人は今後少なくなっていくかもしれない。とはいえ日本では長く勤めることを美として制度設計されているように感じる。レールと言うものがこの世に存在するとしたら、僕はおもくそ外しちゃっている側の人間である。
退職代行のニュースを最近読んだ。色々と賛否はあるようだが、僕は良いサービスだと思う。円満ではない退職の緊張感を一度経験するとなおさらそう思う。無論僕なら直接伝えますケドネ。
退職には前向きな退職と後ろ向きな退職の2つがある。前者の代表例が今後の成長を考えての転職や結婚による退職、後者の代表例は精神的な病気や職場不和での退職だろう。前者は円満に退職できることが多く、後者は会社にとっても本人にとってもしこりが残りがちである。
1社目の退社
僕の1社目の退職は円満退職である。家族に緊急事態が発生し「どうしても地元に帰りたい。自分がそばにいないといけない。」という使命感が芽生え両親には黙って地元の企業に転職した。事情を会社で説明すると部長や役員の方から「地元からのリモートワークでもいいから続けないか?」と有難い言葉を頂いたが、自分の気持ちは変わらず無理を言って辞めさせてもらった。僕に掛けたコストを考えると会社にとっては良くない退職なのだが、双方協議の上で話し合ったので個人的には円満退職だと考えている。今も快く送り出してくれた上司やメンバーには感謝の気持ちしかない。
2社目の退社
2社目は完全に不和退職だった。とある夏の日、出勤中に突然吐き気を催し会社に行けなくなってしまい、メンタル不調を理由に2週間ほど休職しその後退職した。
吐き気を催した原因は直前の週に上司に面談で言われた内容がきっかけだった。1社目から2社目に転職した理由は先述した通り家族のゴタゴタがあったからなのだが、特に目的もなく、地元の大企業と言う理由だけで適当に会社を決めた。
なので入社して家族の状況が随分と落ち着いてからは仕事に興味が持てずに別の企業を探し始めている始末であった。そんなメンタル状態の私に面談で上司に言われたことがトリガーとなり、一時的なメンタル不調が起きたことはむしろ好都合で神の贈り物だったかもしれない。
では退職する最後のトリガーを引いてくれた上司の面談での発言を2社目の退職理由として当時のメモと共に振り返ってみる。
私のメモ:
軽い負荷で十分仕事回ってるんやから何が悪いねん。もし軽そうに見えてるなら裏で勉強してる成果が出てますわ。古い価値観ゴリゴリ押し付けてくんなや。
私のメモ:
人を見下して自分を保つのは自由やけどそれを人に言うなよ。それも30も年の離れた部下に。情けないわ。会社での地位がすべての価値観の根底にある脳みそは哀れやわ。
My next chapter(次何しよ?)
少し汚い言葉もありましたが、半ば怒りにまかせた当時のメモである。今振り返ると若干誇大妄想になってる気がするが、不和で辞めるときの気持ちなんてそんなもんだし、積み重なっていた気持ちの爆発でもある。
まぁ辞めた理由は上司との相性である。価値観の合わない上司と働き続けるのはきついものだ。前触れもなくフロア内で大声で怒鳴られたことは今も忘れない。
逃げるみたいで情けなさはあるが、続ける気がないのだから仕方ない。自己防衛。
上司に対しては特別ヘイトはないし、むしろ色々教えてくれたことには感謝しているが、ただ単なる相性の問題とこういうタイプの人が評価される環境に居続けることに嫌気が差したのも事実である。
そして上記の経緯もあり僕は現在無職である。堪え性のない人間であることは自覚しているが、突然辞めたことについて反省はしても後悔はしていない。
辞めてから色々と考えたことや得た経験はむしろ宝だと思っている。そう思わないと自己を保てない側面もあるが。
退職してからしばらく期間がたった。
家賃や固定費で貯金はびっくりするくらい減るけども、何とか生きている。(貯金してて良かったし、親にも圧倒的に感謝している)
そして次のチャプターとして公務員になることを考えている。
試験は約1か月後。実家は家業を営んでおり失業保険給付後は家業の手伝いをしつつ、粛々と勉強を進めてきた。色々と考えたが、一旦は公務員として働きたいと思う。まぁ、安定してそう。楽そう。親に勧められた。という安易な気持ちである。
ただ将来的に家業をするのか?別のことをするのか?全く予想は付かないが、公務員も何となく辞めそうな気がしている。僕のこういう予感は大体当たるのだ。
まぁその時考えるか。
P.S.(長い)
でもどう足掻いても人生は少しずつ良くしていくしかないから、バッドな気持ちになっても精一杯もがいて、抗って、考えて、その度に自分を愛してあげて、それが幾分か人様に迷惑を掛けることになっても、こっちに戻って来れれば(正気を保てれば)儲けものであると思う。どうせまたどこかで良くない気持ちになるのだから。
思い描いていた人生とは随分とずれているが、周りと比較しすぎても仕方ない。そもそも何を思い描いていたとかないのではないか。何とか生きることができている今や周りの環境に感謝することが大事だと感じる。
人生は絶望と希望の繰り返しの連続。その浮き沈みをいかに楽しめるか。それが今後の人生を生きる上でのキーポイントになりそうだ。相変わらず駄文だなと思うが締めということで。