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【エッセイ】飲んでるつもりだった

それは、日常の一部として組み込まれていた。

数日前まで、私は就労移行支援事業所に通っていた。その頃は毎日決まった時間に起きて、決まった時間の電車に乗っていた。事業所内では資格の勉強をしたり、スタッフによる講座を受けたりしていた。

6年前に精神疾患を患った私は、発症当時から今まで、事業所や職場を転々としている。一年ほど前に、軽作業をすることで工賃がもらえる、就労継続支援B型事業所を退所してから、今の就労移行支援事業所に通い始めた。

最初のうちは毎日疲れていて、慣れないことも多かったが、通っているうちにスタッフや他の利用者の方たちと自然にコミュニケーションが取れるようになり、事業所にいることが苦では無くなっていった。少し疲れている時の立ち振る舞いも覚えて、肩の力を抜いて通えるようになった。

先月、事業所で少しだけ印象的なことが起こったので、それをここに残しておく。

午前中は自由時間で、午後はスタッフによる講座というのが事業所のスケジュールだ。ある日の午前中、私は自席で作業をしていると、ある重大なことに気が付いた。

「・・・今朝、薬を飲んでない!」

私がなんとか毎日苦しまずに過ごしているのは、服薬のおかげである。一番最初に診察を受けた「食事療法で統合失調症を治そうとする医師」の指示で減薬をした時は、たった数日間で、人生の中で一番と言っても良いくらい体調が悪くなった。口から勝手に支離滅裂な発言が出るようになったその日以降、薬は欠かさず飲んでいる。

服薬を忘れた原因ははっきりしている。朝食後に飲む薬は、朝食を食べる時に使用した透明のコップに水を入れて飲むというルーティンが出来上がっていた。しかし、その時はコップではなくマグカップを使って食事をしていたので、ルーティンが崩れ、薬のことが頭から抜けてしまっていたのだ。

およそ6年もの間、ほぼ忘れることが無かった服薬という行為。日常の一部として自分を守ってくれていた、何より重要な行動でも、簡単に抜け落ちてしまうことを知った。

結局その日は体調を崩すことはなかったが、「薬を飲み忘れないこと」を、心のどこかで特技としていた自分が恥ずかしくなった。疲れやすい、苦手なことが多いなど、病気と関係のある欠点も、無関係な短所もたくさんある。それでも、薬だけはちゃんと飲んでいる。それを支えにして立っていた部分があることに気付かされて、小さな自慢がリセットされた気分になった。

さて、3月15日現在、心のバランスが不安定になった私は、しばらく事業所を休むことになった。時々強い不安に襲われることもあるが、徐々に生活はしやすくなっている。

これに伴い、就寝前に飲まなければならない薬が一つ増えた。一日でも早い復帰のためには、この薬を飲み忘れないようにしなければならない。

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