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星野源「折り合い」とサウンドデザインについて考えた

いきなりですが私は、星野源さんは、「構成やメロディよりも、コードの響きやサウンドデザインへの興味が強いのではないか?」と考えています。

星野源さんの新曲「折り合い」をラジオ(星野源のオールナイトニッポン)で初めて聴いたとき、私は不躾ながら「『サピエンス』の別アレンジを流しているんだな」と思ってしまいました。
その後のリリース時に改めて聴き直してみたところ、柔らかさと気持ちよさが両立するサウンドの反面、なんだか「サピエンス」と「Pair Dancer」を足して2で割った曲のように感じました。

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(本人以外の演奏ですが…)

図1(a)のように、楽譜にすると「折り合い」と「サピエンス」の歌い出しのメロディがほとんど同じであることが分かります。

図1(a)

図1 (a)「折り合い」と「サピエンス」の歌い出しメロディ

また図1(b)に示すように、「折り合い」と「Pair Dancer」のサビは、いずれもカノン進行であるために、そもそもコード進行が似ています。

それに加えて、ベース音の下降に沿ってメロディも下降する点、2小節ごとにメロディがまとまっている点、8~9小節目のメロディライン("折り合いを"と"置いていけ"の部分)などから判断すると、メロディ構成も似ているように感じます(ただしこれは、人によって感じ方が異なるかもしれません)。

図1(b)

図1 (b)「折り合い」と「Pair Dancer」のサビメロディ

私は、過去にもアルバム「Pop Virus」に収録されている曲を中心に、サビに入る直前のコード進行が似ているものが多いことを指摘しました(長いので図2だけ見ればいいです)。

図2

図2 サビに入る直前のパターン

もともと「折り合い」が作られたきっかけは、バナナマン日村勇紀さんの誕生日プレゼントとして制作され、2020年5月16日放送のTBSラジオ「バナナマンのバナナムーンGOLD」で披露されたものです。

歌詞や世界観は、日村さんのエピソードが反映されているとして、メロディやコード進行はどうやって生まれたのでしょうか?

今回のコロナ禍で空いた時間を使って「PC上で音楽を作るということをちゃんと覚えよう」と思い立ったらしい。
引用元:星野源、「折り合い」という言葉と音楽に表れた“今”に対するリアルな思い ソロデビュー10周年SP『ANN』を受けて

したがって「折り合い」は、PCを用いたDAWによる音楽制作のエチュードとしての作品であり、メロディ自体にそこまで思い入れがないのかもしれません。

エチュード:
1。 美術で、絵画・彫刻制作の準備のための下絵。習作。
2。 音楽で、楽器の練習のために作られた楽曲。練習曲。
3。 演劇で、即興劇。場面設定だけで、台詞 (せりふ) や動作などを役者自身が考えながら行う劇。

私は、「そもそも星野さんは、構成やメロディに思い入れがない」という仮説を持っています。その仮説を裏付けるきっかけとなることがありました。
星野さんが敬愛し交流もある細野晴臣さんが、2020年2月23日放送のInterFM「Daisy Holiday!」においてゲストの冨田ラボさんとの対談で、近年の(主にアメリカの)ヒットソングのサウンドデザインについて触れていました。
以下に書き起こしを載せます(太字は著者によるもの)。

細野「特にアメリカあたりの流行りものの音とか、凄いじゃない?」
冨田「普通にヒットしているものも極上の音だったりしますもんね」
細野「それショック受けたんだよね。『Taylor Swift、いい音じゃん!』みたなね」
(中略)
冨田「(細野さんは昔から)アメリカのヒットソングの音の構築具合というか、そういうものは学ぶべきだという趣旨のことを言っていましたよね」
細野「それは未だにそう思ってるね」
(中略)
冨田「アメリカのヒットチャート聴いていて感動するのが、曲がいいだけじゃなくてサウンドデザイン自体にグッと来たものがあったので、なんとかそこも追いつき追い越せじゃないですけど、自分の納得いくようにしないとダメだというのは、(前作の)『M-P-C』をやっていたときのテーマでもあったんで」
(中略)
冨田「最近、聴くもの聴くもの(サウンドデザインが)いいなって思う感じがあります。でもそうすると、それが普通になってしまったときに、何を考えようかなみたいな」
細野「今割とそれ(=サウンドデザインが良いこと)が普通になってる時代だよね。この先どうなるのっていう感じ」
冨田「結局、良くサウンドデザインされたもので、それが普通になった場合に、じゃあサウンドデザインじゃなくって、やっぱり中身の話になってくるのかなとか」
細野「それはあるだろうね。どうなってくんだろう」
冨田「僕も全然予想はできないんですけど…、」
細野「だから今、曲を作るっていうよりもデザインしてるでしょ、みんな。別にAメロ、Bメロがあるわけじゃないしね」
冨田「そうですね、リフの断片を繰り返していって、それをデザインで聴かせるっていう。だから(自分の作品を作る際は、)曲自体の構造についても結構考えましたね。メロディと和声だけでストーリーを作っちゃうと、ちょっとToo muchかなと思ったりとか」

Daisy Holiday! 2020年2月23日放送分
DJ:細野晴臣、ゲスト:冨田ラボ

私は、星野さんは元々ソロで弾き語りライブをしていたし、初めてソロで制作した自主制作盤『ばかのうた』(2005年)も基本弾き語りなので、音像以外のメロディメイクにも意識があるだろうと思います(…と思うその一方で、メロディや構成よりもコードの響きそのものへの興味の方が強いのではないかとも憶測していますが)。


しかしながら、上記の細野さんの指摘に漏れず、近年発表された星野さんの楽曲は、曲を作るというよりもサウンドデザインで聴かせるものが多いと思います。要するに「良いサウンドのデザイン」に注力する、世界的な音楽制作の態度に同調しているのです。前作「Pop Virus」や「Same Thing」へのリスナーや音楽メディアからの反響も、サウンド面での評価が多い一方で、曲自体の構成への言及が少ないと感じました。「『気持ちのいい音楽』から、さらにその先へ」を期待する人は少ないのでしょうか?

私としては、星野さんは、そういった潮流の一歩先に進んで、「サウンドデザイン+中身」まで意識した音楽を作って、ポピュラー音楽を世界的にリードしてほしい。それが可能な素地のあるアーティストだと思うからです。







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