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【読書感想文】『内臓とこころ』三木成夫 著(河出文庫)

 河出文庫の「読書の秋2022」の紹介noteで、本書は「このタイトル、この装画につられ、自然と手が伸びるという方は限られるのでは。」と紹介されていた。私が好んで読む本のジャンルとは少し系統が違うので、今回の「読書の秋2022」が無ければ本書と私との接点は生まれなかったと思う。だからこそ、本書との出会いに感謝したい。本書から”人間”に対する新しい見方を教わり、子育てをしている身としては色々と考えさせられた。本書をもし一言で表現するとすれば、「著者の三木成夫先生(解剖学者)の学問への情熱と愛情」と表現したくなる。読書後には、”人間”という生物に対して尊い気持ちを抱くことができるようになり、人類の誕生は奇跡の産物なんだと改めて感じることができた。なお、装画の絵は「人胎児の38日目の顔貌変化」だそうだ。装画の絵を見ていると、何とも言えない気持ちになってくるのは人間の本能に組み込まれた何かが作用しているのかもしれない。本書のおかげで、生命の神秘さに想いを馳せることができるようになった。

 本書のタイトル「内臓とこころ」だけを見ると、学術的で難解な内容ばかりなのかと身構えてしまうけど、「はじめに」の章で「保育園にて行なわれた講演シリーズ」と記載されており、不安を和らげることができた。さくら・さくらんぼ保育園での講演を原稿化したものとのことであった。本書は、品のあるユーモアを交えつつ丁寧な口調で語られている。気がつけば、自分自身が講演会場にいるような錯覚に陥ってしまうから不思議である。まさに「はらわた」に沁みる感覚を味わうことができる。本書の内容を全て理解したわけではないが、それでも人類に対して壮大なロマンを感じることができた。

 本書は、内臓感覚のなりたちから、徐々にこころの形成へと話題が移っていく。「内臓の感受性」が「言葉の形成」と密接に関係していると、私は考えたことがなかったので新鮮であった。心情の育成にとって、言葉の役割の大切さを痛感し、日常生活で子供達と接する際には言葉選びに細心の注意を払おうと思うようになった。また、「語感」といわれる言葉の響きのなかの独特の感触を楽しもうとも思った。「ヨチヨチ歩く」や「チンチロリンと虫が鳴く」など、日本語にはなんと素敵な「ヒビキ」の言葉が多いことか。さらに、人間の言葉は魚の鰓呼吸と関連があると知ることができ、周囲の生物に対しても一層興味をもてるようになった。

 「質問に答えて」の章は「この幼児たちの珠玉の世界から、人間の”本来の姿”というものを学びとってください」という一文で締めくくられている。実に奥深いメッセージである。昔、私の小学校時代の恩師が「子育てというのは、親が子供に教えられ、親と子供が共に育つものだ」とおっしゃっていたことを思い出した。子供は日々成長し、確実に進化している。子供達の成長過程には、生命誕生のドラマが隠されていると考えると、真摯に子供達と向き合って学びとりたいと思うようになった。

 文庫版解説で養老氏が三木先生の学問は「比較解剖学、比較発生学というべきであろうが、そういう枠では上手にくくれない」と評していた。三木先生が、既存の学問領域の境界に捉われることなく、”人間”に対して真摯に向き合って本質を追求されていた様子を窺い知ることができた。補論(胎内にみる四億年前の世界)の章では、三木先生が観察のためにメスを使用するまでの苦悩と、そして、苦悩を乗り越えて生命と真剣に対峙する様子には読んでいて熱いものが込み上げてきた。個体発生は系統発生を繰り返す、という言葉の重みを感じることができた。三木先生のような方々のおかげで、色々な事象の結びつきが解き明かされてきたのだと思い至った。また、専門分野を深耕するだけにとどまらず、平易な言葉で日常生活にまで落とし込んで語ることができる姿には感銘を受けた。どのような職業であれ、自分自身が直面する事柄に対して真剣に向き合えば、未来への道が開けてくると感じた。

 本書を読むことで、今まで自分自身が”生命”に対して、あまりにも無頓着であったことを思い知ることができた。それと同時に、子供と向き合うことは生命の記憶と対峙することであると知った。なんとロマンチックなことか。「読書の秋2022」をきっかけとして本書に出会うことができ、感謝致します。ありがとうございました。

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#河出書房新社

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