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人生は、美味しいコーヒーと本とともに。

編集を担当している「きょうの健康」テキスト、新年度のスタートとなる4月号、10日ほど前より発売されています。

そして、2014年4月号から始めた小さなブックガイドページ「“健康”の本棚」、細々と続けてきましたが、こちらも連載5年目に突入しました。テキストの主体である健康情報ページとはやや異なる多様な観点から、広く「医療・健康」のことを考えるきっかけになるような本を毎月1冊紹介。これまでに47冊を取り上げました(うち自社本は4冊)。おかげさまで、このところ読者プレゼントのハガキの枚数がどんどん増えていて、また「読んでます」というお便りも届くようになり、嬉しい限りです。

4月号に選んだのは、いとうせいこう『「国境なき医師団」を見に行く』(講談社、2017)です。今後も、「自分で読んでおもしろい」と思った本を、なるべく多ジャンル取り混ぜて届けていきたいと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、先ごろ2月号で取り上げたのが、旦部幸博『コーヒーの科学––「おいしさ」はどこで生まれるのか』(講談社ブルーバックス、2016)。現在の日本ではもうすっかりおなじみの嗜好品・コーヒー。ここまで愛好されるに至った経緯やそのおいしさの秘密について、まずは植物としての特質、歴史文化的な観点などから考察し、さらに味や香りなど「おいしさ」を生み出す要素の分析、そして焙煎や抽出などの技術が「おいしさ」にどう影響するのか、など多様な切り口で論じていきます。

そして、最後の章は「コーヒーと健康」、ゆえに今回の選書となりました。コーヒーは健康にいい?悪い? みなさんもいろいろな噂や説を聞いたことがあるかもしれませんが、著者は近年積み重ねられてきた科学的に信頼できる疫学研究に立脚して、この議論に関する結論の方向性を示します。その結論も意味あるものですが、それ以上に、健康にまつわる諸説を適切に見て考えるための、「科学的な目」を養うトレニーングとして、本書はより意義深いものだと感じました。ぜひ、ご一読をお勧めします。

著者の旦部さんは、遺伝子学や微生物学を専門とする医学研究者ですが、趣味のコーヒー好きが高じて、私的にコーヒーの研究にも足を踏み入れ、今では「コーヒー研究者」としても有名です。学生時代から手がけているブログにはコーヒー好きな人たちが集い、また昨秋には『珈琲の世界史』(講談社現代新書、2017)を上梓されています。歴史文化的な部分によりフォーカスした本書は、前著以上に手に取りやすい1冊かもしれません。

(やっぱり前置きが長いですが)というわけで、今回はひとり「コーヒーの読書会」を開いてみたいと思います。ノリとしては昨夏に開催した「ビールの読書会」の感じで、コーヒーについての本、印象的なコーヒーが出てくる本……など、私にとっての「コーヒーと本」について記してみたいと思います。

もともと決してコーヒー党ではなかったのですが、就職してから飲む機会が増え、やがて自宅やオフィスでもインスタントコーヒーを頻繁に飲むようになっていきました。

そしてある時ふと、本当に気まぐれに「自分で淹れてみようかな」と思ったころに、ちょうど出会ったのが、中川ちえ『おいしいコーヒーをいれるために』(メディアファクトリー、2002)でした。当時、手芸・クラフトがテーマの雑誌を担当していたこともあり、おしゃれライフスタイルものに影響を受けたのでしょうね(笑)。でもこれがシンプルですごくよい本で、決して難しくはないけれども淹れ方のこだわりが伝わってきます。私は今も、この本で知った淹れ方を反芻しながら、日々のコーヒーを淹れています。


同じように、コーヒーへの愛、こだわりに溢れた本として、庄野雄治・平澤まりこ『コーヒーの絵本』(ミルブックス、2014)も素敵な1冊。この本と出合ったのは、BOOK MARKET 2016(@日本出版クラブ)の、ニジノ絵本屋さんによる「えほんLIVE」でした。本を読むことと音楽の見事なマッチング、そして(その頃はすでに)大好きなコーヒーについての想像力を膨らませてくれる素敵なテキスト。ググッと心を掴まれた貴重な体験でした。(※ただ、そのとき私は、会場で購入したビールの小瓶を持っていたのですが……)

「おしゃれライフスタイル」と、カフェは相性がよいのでしょう。このほかにもコーヒー、カフェにまつわる素敵な本は(追い切れないほど)いっぱい。また、淹れ方からさらに焙煎まで、深くこだわるタイプの人ともコーヒーは親和性が高い。弊社からも、最初に紹介した旦部さんの共著である『コーヒー おいしさの方程式』(NHK出版、2014)のような本が刊行されていますし、このテーマの本については枚挙にいとまがありませんね。

ですので、自分が読んで印象に残っているコーヒーの本を、少しだけ。

以前に「発酵」の読書会に持参して本ブログでも取り上げた臼井隆一郎『パンとワインを巡り 神話が巡る』(中公新書、1995)。それと対になる本といえば同じく臼井さんの『コーヒーが廻り世界史が廻る』(中公新書、1992)があります。『珈琲の世界史』と同様のテーマを扱った1冊ですが、それぞれの著者の視点、文体などを読み較べるのも楽しいですね。また、パンとワインもそうですが、私たちにとってごく身近なあるモチーフを軸に、異なる時代や分野を巧みに結びつけ一つの大きなストーリーを描いた本は、改めて本当におもしろいなと感じます。それを為しうる著者の教養と筆力に驚嘆させられます。

子供と一緒に大笑いしながら読んだプロイスラーの名作、『大どろぼうホッツェンプロッツ』、実はホッツェンプロッツが物語のなかで最初に盗むのは、おばあさんのコーヒーミルだったのです。最後は戻って来たコーヒーミルで、おばあさんはとっても濃いコーヒーを淹れ、みんなでおなかいっぱいケーキを食べます。愉快な大団円のシーンを読むと、なんとも美味しそうな想像が膨らみますね。

そのほかにも、コーヒーが出てくる印象的なシーンのある小説作品……があるかな、と思ったのですが、どうもいまいち記憶から浮上してきません。村上春樹作品の登場人物がコーヒーを飲んでいそうな気がするけれど、ビールやパスタほどにはどうも印象に残っていない……エスプレッソの国・イタリアの小説を思い返しても、ワインやビール、それにレモネードなどが思い浮かぶ作品はあるのですが、「印象的なコーヒー」が意外に出てこないのです。

ひとえに私の読書範囲の狭さによるものではありますが、ビールなどに比べてもより日常的で、ごく自然なふるまいのなかにコーヒーが織り込まれているのかもしれませんね。もし「コーヒーの出てくる印象的な作品」をご存知の方は、ぜひ教えていただけると嬉しいです。

その代わりに、コーヒーで思い出すおもしろかった本を1つ。

『ゴマの洋品店』(偕成社、2010)は、友人の写真家・公文健太郎くんが、写真をはじめる原点となったネパールにまつわるフォトエッセイです。かつてチャウコット村で著者が出会った女性ゴマが、結婚して住まうことになった都市・バネパでの生活とそこに暮らす人々の日々の記録。ネパールでは、インドなど周辺の国々と同様に、日常的にミルクたっぷりのチャイ(紅茶)を飲む習慣があり、街角にはチャイを売るお店・人がたくさんあります。ところが、そのなかでとりわけ人気を集めるお店があったのです。その秘密は……(以下、ネタバレになりますが)なんと、少しのインスタントコーヒーが混ぜられていたのです。著者にこっそりそれを教えてくれる少年の表情が思い浮かぶようで、この本のなかでとっても好きな場面です。

さて、この記事を書きながら、印象的なコーヒーを想起させるものとしては、本以上に映画のほうが思い浮かぶな、などと思ったり。

小林聡美・片桐はいり・もたいまさこ主演の、ゆるやかに幸せのことを感じ考えさせられる「かもめ食堂」(2006)。ご覧になった方にはおなじみかと思いますが、美味しいコーヒーを淹れるためのおまじないが出てきますね。「コピ・ルアック」。ちょうどコーヒーを淹れることに関心を持ち始めた頃に観たこともあり、これも今なお、コーヒーを淹れるときに、心のなかでいつも呟いてしまいます。

また、その名も内容もまさに“コーヒーについての映画”、「A Film About Coffee」(2014)。私たちが日々嗜むコーヒー、その淹れ方にこだわるプロフェッショナルたちの姿に迫り、またその原料がどのように育まれ、選ばれ、私たちの元に届いているのかを追っていきます。惜しまれつつすでに閉店していた名店・大坊珈琲店が登場していることでも話題になりましたね。日本のお店・人も結構取材されていますが、そのうちの一つ、Little Nap COFFEE STAND が会社の近くにあります。ここで珈琲を買って、代々木公園で本を読むのはとても気持ちいい時間です。

最後は、ジム・ジャームッシュ「コーヒー&シガレッツ」(2003)。この記事を書くにあたって、公開当時から十数年ぶりに観直してみましたが、改めて素晴らしい映画だな、としみじみ味わいました。特に何もない、何も起こらない、きわめて日常的な光景。そうなのだけれど、そこに人間心理の機微と人生の悲喜こもごもが絶妙に描かれていて、可笑しくでも少しほろ苦い。それこそまさにコーヒーみたいに(残念ながら、タバコは嗜んでいないのです)。

これからもずっと、美味しいコーヒーと本とともに。そんな人生でありたいと思います。


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