見出し画像

世界平和は実現可能か?アイデンティティーの武装化に対抗するには?

今年の冬、日本に帰国していたときに、とある近所のパーティーに呼ばれて参加した。ホストはイギリス人の教授で日本語を僕よりはるかに流暢に語るブルース・ワイトという人物だった。話をしているうちに、彼は文化人類学者でアイデンティティーを専門としていることが分かった。

やがて、彼が運営する「アイデンティティーと文化開発のための組織ーOICDー」と呼ばれるNGOの話題に移っていった。彼のチームが構築しているシステムについての説明を聞いたとき、僕の体中に鳥肌が立ち、震えが背中を駆け下った。生まれて始めて世界平和を具体的な概念として想像することができたのである。具体性のある真の希望。今この世の中、「希望」そのものが急速に減少しつつある資源であり、育成する価値があるため、彼が書いた記事のいくつかを翻訳、編集し、まとまった形で書き上げてみることにした。原文を読みたい場合は、リンクからどうぞ。

武器化されたアイデンティティ:人類の究極の破壊的ツール?」という記事の中で、ホワイト氏は石や岩から原子爆弾まで、人間が何千年にもわたって使用してきた多くの武器を挙げている。 しかし彼は、「人類の究極の武器は、我々が利用してきた数多くの武器の中で最も予想外の素材、つまり人間の想像力から形作られたものかもしれない」と説いている。

「..数千人、数百人、または数百万人の人々を暴力的な殺人者に変えることのできるテクノロジーがあるとしたらどうだろう。 多くの知的な人々を集め、動機を与え、ありとあらゆる標的を、言われた通り破壊させる技術は、個々の兵器システムよりはるかに強力な武器と言えるのではないだろうか。」

どうやって実行されるのか?

「我らが何者であるか、どこから来たのか、そして誰が我々の生き方を脅かすのか」を説得力のある物語として提示することにより、たとえこのターゲットグループがその時点まで、隣人、親戚、友人、そしてパートナーだったとしても、それを容赦なく破壊するよう操ることができるのである 。

「「When Identity Becomes a Knife」の中で、著者ヘレン・ヒンチェンスは1994年のルワンダ虐殺を振り返る。 彼女は、フツ族とツチ族の間の文化的区分がどのように入念に偽造され、それぞれの民族起源の神話が書き換えられたかを示している。それに冒された人々の、想像力への影響は、「思いやりを広げる人間の能力」をブロックし、制限することだった。 これらの技術は、100日間で80万人を殺害する凄まじい集団暴力を正当化し、「アイデンティティという概念を、社会関係を断ち切り国家を解体するナイフへと変形させた」。

画像4


さらに彼は、コソボでのアルバニア人とセルビア人のアイデンティティの武器化、スリランカのシンハラ人とタミル人、アーリアン対ユダヤ人の例をあげている。また、テロリストのリクルート担当者は、ターゲット層が所属すべき宗教、民族、人種グループを限定し、さらに彼ら自身のどの文化的ルーツを削除するべきかを操作することにより、新しい意味と目的を植え付ける。

画像1

別の記事でホワイト氏は、異なる紛争原因を分類した国連プログラムに言及し、141の紛争原因のうち86のケースで、アイデンティティと文化的ダイナミクスを発見した。これはつまりアイデンティティに基づく紛争がすべての紛争の60%を占めることになる。しかし、さらに彼は続ける。「アイデンティティに基づくダイナミクスで始まらなかった紛争であっても、紛争が発展していくある段階でアイデンティティという要因が関与するようになる。このことを認識することが重要である。 したがって、残りの40%の事例の多くでも、紛争解決のための作業の一環としてアイデンティティのテーマに取り組む必要がある。」

「どのような環境で利用されたとしても、アイデンティティの武器化は、『人々が何者であるか、どこから来て、どこに属しているのか、そして誰が敵であるか』を操作することで行われる。 アイデンティティの武器化は、文化的想像力の操作を通じ、人々が互いに分裂していることを確信させ、設定された敵との親和性を感じる能力を断ち切り、操作された人々を恐ろしい暴力行為を実行できる武器に変えることができる。」

その記事の中で、ホワイト氏はノーベル賞受賞者のアマルティア・センを引用し、アイデンティティの豊かさは「…同じ人物が矛盾なく同時に、アジア出身のノルウェー市民、祖先はバングラデシュ人、イスラム教徒、社会主義者、女性、菜食主義者、ジャズ・ミュージシャン、医者、詩人、フェミニスト、異性愛者、ゲイとレズビアンの権利を信じる人、になることができる」と述べている。 このアイデンティティの多様性は我々に力を与え、解放してくれる存在であり、個々に秘められた可能性を実現に導き、成長を促す力となりえる。

しかし、この「複数性、多様性、選択の自由」が減少され、制限されると、我々は、1つの民族グループまたは政治グループのメンバーなど、一次元的な角度でしか自分自身を見ることができなくなる。 このアイデンティティの絞り込みを感じたときには、自分と、自分が属するコミュニティのアイデンティティが武器化されている可能性が高い。現在アメリカが陥っている非建設的な党派性は、かなり明らかな例だ。だが掘り下げていけば、おそらく二分極化から利益を得るソーシャルメディアと、マードックなどマスメディアの巨人たちの影響力は想像以上に大きいだろう。

盲信は全てを正当化することができる。 誰かが別の神を信じる場合、または同じ神を崇拝するために別の儀式を使用する場合でも、盲信は相手が死ぬべきであると命じることができる。人は、十字架の上で火あぶりにされ、十字軍の剣に串刺しにされ、ベイルートのストリートで撃たれ、またはベルファストのバーで爆破されてきた。 盲信のミームには、繁殖するための冷酷な手法がある。 これは、愛国心、政治、そして宗教的な盲信にも当てはまる。
Richard Dawkins -The Selfish Gene

画像3

アイデンティティーの武装化を阻止するには?

ホワイト氏は、この現象に対抗するために乗り越えなくてはならない様々な課題を挙げている。特に兵器化のプロセスを理解するためには、いままで理論や研究方法、また専門用語を共有してこなかった社会学、認知学、神経学など多種多様な学問分野を統合する難しさも述べている。 この学際的なコラボレーションと、科学の現実社会における応用という課題は、僕が知っている何人かの学者も訴えており、新しい科学的発見から真の価値を引き出すための重大な障壁となっているようだ。 中国が次期大国として台頭し始めている今、我々にそんな余裕があるのだろうか。

彼はまた、次のように述べている。「問題は、文化的操作(アイデンティティの単一化)がどのように行われているかを詳細に明らかにする研究方法がほとんどないこと、およびこれらの操作の影響に戦略的に対抗するための系統的なプラットフォームが欠如していることだろう。」ここで彼のNGOの出番となる。

「我々人類の想像力を操作するテクノロジーは、間違いなく何千年も前から存在する。しかし、今日人々が利用できるプラットフォームとプロパガンダの手法によって、アイデンティティが兵器化される可能性が高まり、それをより簡単に実行できるようになってきている。 アイデンティティの兵器化を阻止、または防止できるかどうかは、人間の想像力を武装させる試みに対抗できる効果的でタイムリーなツールを開発し展開できるかどうかによるのである。」

ホワイト氏はこの件について語り、複雑な文化的ストーリーをどのようにマッピングし、定量化できるかを説明していった。 たとえば、ある人がアフリカ系、カトリックのフランス人女性で、保守派、菜食主義者、ハイキング好きな人と議論している場合、同等にアイデンティティーをマッピングされた2人の間では抵抗が最も少ない関係図を作成することができる。 二人を隔てる「違い」ではなく、心が通える「類似点」を見つけることによってだ。

次のステップは、膨大な量のデータ処理にAIを組み込むことだと言う。 このシステムが米国と中国、インドとパキスタン、その他の地政学的時限爆弾の間で効果的に使用できた場合を想像してみよう。資源の減少、地政学的テンションの高まり、膨大な数の難民移動。今後の世界におけるこのアルゴリズムの影響は計り知れない。しかし、学際的科学の応用(Applied multi-disciplinary science) は凄い可能性を秘めていると思う。どれだけ先が暗く思えても希望を持ち続けるべき、と思わせてくれる。

もしこの分野について興味を持った方は https://oicd.net/ へどうぞ。

また、英語ですが、今月からOICDでオンラインコースが提供され始めました。僕も第一期生徒として参加させてもらっていろいろ学んでいます。週3時間、3週間という短いコースで、誰でも参加でき、アイデンティティーという複雑な内容をディスカッションやゲームなどを通して非常に分かりやすく説明してくれるのでお勧めです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?