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マーブルマン

わたしがその不思議な「ちから」をもつ男のことを知ったのは、インドのアシュラムに滞在していたころのことでした。

そのアシュラムがあるちいさな村は、ガイドブック(たとえば『地球の歩き方』など)にも載っていない、とても辺鄙な場所にありました。そこは探さないとたどり着けない、そんな場所。見渡す限り、田畑が広がり、その奥には山々の尾根がつづきます。店はもちろん、1軒もありません。1日の大半は電気も通らず、夜には星々が空を埋め尽くします。のんびりと水牛が荷をひきながら歩き、その後ろには、瞳のきらきらした子どもたちが乗っている、そんなのどかな村でした。

アシュラム

アシュラムからむかえる夜明け


非営利で運営しているこのアシュラムは、村内に2つ、自然療法センターを運営していました。そこで出逢ったインド人はみな、瞳の美しい素敵なひとばかりで、今でもわたしの大切な友人たち。インドの観光地でよく耳にするような、スリや強盗などの悪い噂もなく、わたしももし路頭に迷うようなことがあれば、いつでもこのアシュラムに戻ってこようと思っています。笑

わたしはそのころ、二度目の滞在中で、ヨガセラピーや自然療法について学んでいましたが、ある日、先生のひとりが「マーブルマン」について話してくれました。

インドで暮らしたことのあるひとは、すんなり納得すると思いますが、インドではほんとうに、日本ではあまり想像のつかない、信じられない能力をもったひとたちが普通にいます。「マーブルマン」と呼ばれている男もまた、そういう能力を生まれ持った男で、彼はなんと、ただ目視するだけで、そのひとの体の状態が一瞬でわかってしまうそうです。血圧の数値、血液検査の内容、そういった細々したことも、一瞬で正確に「みえる」らしい。疑うひとはどこにでもいるようで、実際の検査機器と照らし合わせて実験も行われたようですが、血圧から血液検査の内容まで、すべてぴたりと一致したそうです。

なんとなく体の調子が悪いけれど、どこがどう弱っているのかわからない。そんなとき、マーブルマンは一瞬で!どこがどんな風に弱っているか言い当ててしまいます。病院で体に大きな負担をかけながら、あらゆる検査をしなくてはわからないような病気でさえも、一瞬でわかるそうです。

そのマーブルマンのもとには、インド各地から、毎日、たくさんのひとがおしかけ、長蛇の列をなしています。

ひとつ、大事なことは、マーブルマンは体の悪いところが「みえる」だけで「癒す」ことはできないということ。「癒す」のはあくまで本人次第で、これはヨガセラピーや自然療法にも通じますが、自分を癒すことができるのは、自分だけだから。マーブルマンに体の悪いところを教えてもらったひとたちは、その後、西洋医学に助けを求めたり、アーユルヴェーダ(インドの伝統医療)の医師のもとをたずねたり、自然療法やヨガを通してその病気と向き合ったり、あるいは誰にも頼らず自身の生活習慣や食べもの、仕事もかえて体調改善に取り組んでいきます。その後どうするのかは、それぞれの自由。

そして、特に胸をうたれるのは、マーブルマンはなんとすべて「無料」でやってくるひとびとを受け入れているということ。野菜や米などはもらうこともあるみたいですが、基本的に無償です。お金のないひとでもみてもらえるのです。そしてマーブルマンはそれでも生活には困らない。マーブルマンに助けてもらったたくさんのひとたちが、食べ物などを提供しているから。

ではなぜマーブルマンは、お金をもらわないのか?

それは、ひとの体の疾患が「みえる」ことは、彼にとっては呼吸するのと同じように自然なことだから。その能力をつかって自分だけお金儲けをすることは、彼には考えられないそうです。そして生まれつきそういう能力を与えられているのなら、彼はそれを惜しみなくひとびとと共有したい、と。

多くの素晴らしい詩人と思想家を生み出してきたインド。脈々とつながるその文化を垣間見るような、マーブルマンの生き様。現在も同じ地球上に、そんな風に生きているひとがいる。そのことがとても素晴らしくて、嬉しくて、そしてあらためて、インドという国に惹かれてしまうのです。


アシュラム2


そのころ、アシュラムに同時期に滞在してヨガを学んでいたアメリカ人が、どうしてもマーブルマンに会いたくなり、会いにいきました。長蛇の列に並んだあげく、彼は結局、マーブルマンにはみてもらえず、追い返されてしまったそうです。なぜでしょう? 

マーブルマンは一瞬でそのアメリカ人がお酒を飲んでいるひとだと分かったそうです。もちろん、アシュラムでも禁酒ですが、そのアメリカ人はお休みの日には町へ出かけ、お酒を飲んでいたようです(アシュラムでは、学びにくる生徒たちに10日に一度、「心身をやすめる日」をもうけ、授業や実習がすべてお休みになる日があり、その日は町へ行くこともできます)。

マーブルマンは開口一番こう言ったそうです。

「お酒やタバコ。そもそも体に悪いことをしておきながら、『どこがなぜ悪くなったのか』を聞きにやってくるなんて、いい加減にしなさい! 酒やたばこを吸う者は、論外だ! わたしはそういう者はみない! それらをやめてから来なさい!」

そんな風におこられてしまったそうです。自分の身を振り返ってみてもそうですが、習慣や嗜好はなかなか変えられません。。。

かくいうわたしも、お砂糖中毒(甘いものを食べずにはいられない)。この中毒は、自覚のないひとも多いのではないでしょうか。今ではようやく、糖分は有機のはちみつやメープルシロップにすべて替え、甘いものを欲することも以前よりは減りましたが、「中毒」から完全に抜け出すのはかなり大変です。酒、たばこ、砂糖(とくに安価な白砂糖)、、、中毒性があり健康を害するものはそこらじゅうに溢れていて、たくさんの広告たちがその誘惑に拍車をかけていきます。そして知らない間に手放せなくなり、体の不調も増していく。。。幼いころからそれに触れているとどんどん麻痺してしまうし、本当に怖いなと感じます。

マーブルマンのもとには、きっと今もたくさんのひとたちが訪れているのでしょう。日々淡々と、自分にあたえられているものを惜しみなく共有し、ひとびとの「健やかさ」のお手伝いをそっとする。そしてたぶんきっと、みんなが「健やか」になれば、この地球も少しずつ「健やか」になっていく。そんな、うつくしい循環。

自分にあたえられているもの。

呼吸するように自然とできること。

全体の健やかさにつながる何か。

わたしもマーブルマンのように、それを惜しみなく共有できるでしょうか? ひとりひとりのそんな「強み」が、お金を介することなくめぐるようになれば、きっともっとやさしい世界になるんだろうな。