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小説とともに自由に生きる

「現代小説」ーーー現代を生きる作家が<言葉と物語の力によって>現代社会を読み解き、組み替えようとする試み(*)。

今年刊行されたばかりのとびきりの現代小説を2冊紹介させていただきたいと思います。いずれも当店で取り扱いございます。

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川野芽生(かわの・めぐみ)
『無垢なる花たちのためのユートピア』

(東京創元社|初版2022年6月24日刊行)

『無垢なる花たちのためのユートピア』

地上からはるか遠く離れたところにあるという楽園を目指し、天空を旅する一隻の船。
そこでは花の名前をつけられた少年たちが、導師と呼ばれる大人たちのもとで寮生活を送っていた。最も大切なのは心の純潔さであると教えられた少年たちの暮らしは慎ましく清らかで、船の中はこの世界のどこよりも楽園に近い場所と思われた。
ある日、白菫という少年が舷から墜落する。皆が不慮の事故としてその死を悼んだが、親友の矢車菊は白菫が落ちる直前の様子を知り、彼がみずから身を投げたのではないかと疑問を持つ。だが、希望に満ち溢れたこの美しい船に、いったいどんな不幸があるというのか――親友の死のほんとうの理由を探して、矢車菊は船内の暗い場所へと足を踏み入れる。

(あらすじ|公式より)

歌集『Lilith』(書肆侃侃房|初版第一刷2020年9月24日刊行)で第65回現代歌人協会賞を受賞された川野芽生さんの、はじめての小説集です(『Lilith』も、当店店内に備えております)。表題作『無垢なる花たちのためのユートピア』を含む短・中編小説がいくつも収められています。

「純粋無垢に生きる」とはどういうことなのだろうか。「人を信じて生きる」とはどういうことなのだろうか。「美と真実」とは、いったいなんのことなのだろうか。

小説は、現代にあって力を失っていない。
強靭な力を持ったこの一冊は、欺瞞と諦めに満ちた現代社会のなかで大切なことを守りながら生き延びていくための、勇気と、力を、与えてくれます。

川野芽生さんの歌集『Lilith』とあわせて、この夏、ぜひお読みいただきたい一冊です。

川野芽生さんの文体は文語調を織り交ぜて構築された硝子細工のような精巧なものですが(それ自体が強い魅力であるわけですが)、「難解で読み進めにくい」などということはまったくなく、卓抜した構成力と人物描写の巧みさによってミステリータッチで進む物語の世界に読者を引き込んで離しません。

(*現代小説が持つ「現実を組み替える力」については、『無垢なる花たちのためのユートピア』に収録されている、書評家の石井千湖さんの「解説」をぜひお読みください。『無垢なる花たちのためのユートピア』は、すみずみまで素晴らしいツクリになっていて、編集者の方を尊敬します。装画は山田緑さん、装幀は柳川貴代さん。)

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九段理江
『Schoolgirl』

(文藝春秋|初版2022年1月17日刊行)

『Schoolgirl』

第166回芥川賞・第35回三島賞候補作「Schoolgirl」、第126回文學界新人賞受賞作「悪い音楽」をダブル収録。

どうして娘っていうのは、こんなにいつでも、お母さんのことを考えてばかりいるんだろう。
社会派YouTuberとしての活動に夢中な14歳の娘は、私のことを「小説に思考を侵されたかわいそうな女」だと思っている。
そんな娘の最新投稿は、なぜか太宰治の「女生徒」について――?

(あらすじ|公式より)

コミュニケーションの不可能性と可能性を巡って。
「わかりあう」って、なんだろう。

大きな物語と小さな物語について。
人は「なんのために」生きるのだろう。

小説の力を強く感じさせる傑作です。

九段理江さんも、文体を巧みにコントロールしながら、意識の流れ、<人の心と人の心のあわいのうつろい>を見事に描き出しておられます。

『Schoolgirl』も、装幀がすてき。陰鬱さのなかにも希望があって。装画は西山寛紀さん。

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男性、とか、女性、とか。
男性らしさ、とか、女性らしさ、とか。
性、とか。

大人、とか、子供、とか。

そういったものをすべて超越して、人として、生きたいように生きていけたらいい。(ああ、もう、人でなくてもいいのかもしれない)

いま、世界で起きている出来事は、いったいなんなんだろう?
すべては底のほうでつながっているような気もする。

小説は、答えをくれるものではないけれど(それがいい)、現実とは異なる世界を<物語>として描き出すことで、却ってシャープに現実世界を浮かび上がらせてくれるものだ。

小説を読むことで、現代社会の見え方はきっと変わってくる。

じゃあ、どう、生きていこう。
それを決めるのは、わたしたちひとりひとり。
小説って、本当に素晴らしいものですね。
(写真は、なんとなく、いつかの梅田の空。)

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