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荒井晴彦「花腐し」インタビュー 後篇・監督、ホラーについても、ちょっとだけ語る

取材・文/やまだおうむ

「花腐し」

  「食」から見える男と女の息吹き(承前)

荒井 でも今回は、舞台挨拶の後、ツイッター(現・X)を見ていたら、余計なお世話って言いたくなる感想はほとんどないんだよな。とにかく綾野ファンが凄い。 

──R18なのが勿体ないという声もあったと宣伝部の方も言っていましたし、メッセージというか、監督のやりたかったこととかやってきたことが、ストレートに観客に伝わったということなんじゃないでしょうか。 

荒井 どうなんですかね。 

──ちなみに綾野さんのお芝居の独特のとつとつと喋るのは、荒井監督の立ち居振舞いを見て研究されたという話がありますが。

荒井 それは俺、気が付かなくてね。撮影の時、スタッフが荒井さんの真似してるって、そう言うんですけどね。それでね、現場で綾野が咳払いみたいなのをしていたんですよ。俺、してないだろ、肺ガンの手術してからタバコやめたしって言ったら、してるって言うんですよ。そこは編集で切りましたけどね。・・・・・・え、でも、普段はああいう芝居じゃないんですか? あの人は。

──いつもと発声が違いますね。

荒井 やっぱりね、佑と両方で意識していて、だから芝居は二人とも作風が違うっていうか・・・・・・。何かそこらへんもあるんじゃないですかね。佑の芝居のやり方と、綾野のああいうぼそぼそぼそっていう・・・・・・。それが割合結果巧い具合に合って・・・・・・。二人が並んで喋っているっていうのを正面からだけで見せている。普通だったら、横に入ったりいろんなことを撮るんだけど、そんなことをしなくても、あの二人なら正面だけでもいいじゃないかと。・・・・・・まあ、天才二人ですよ。

──山崎ハコの店の場面は、僕も好きなシーンです。

荒井 もうちょっとハコを映してあげればよかった(笑)。[注・1]

──他の人の映る余地がないという・・・・・・(笑)。ところで、食べ物の重要性が、荒井監督の作品では年を追うごとに増してきているという気がしています。「あちらにいる鬼」は、原作がそうでしたから、次から次へと色んなメニューが登場する部分があったと思うのですが、今回の映画も、山崎ハコの店で焼酎にキュウリを入れて飲む場面がすごく印象に残りました。

荒井 ちょっとグラスが小さかったというのはあったね。もうちょっと、これぐらい(掌を水平にして高さを示し)ないと・・・・・・。

──背が高いグラスですね。

荒井 あと、白髪ネギ事件というのがあってね。ほうれん草と黒豚のしゃぶしゃぶみたいなのを、綾野剛とさとうほなみが二人して蕎麦つゆで食べるんだけどね。蕎麦つゆに白髪ネギを入れて、こうやって(身振りで示して)食べるんですよ。白髪ネギがセカンド助監督の女子にわかんなかったらしくて、用意していなくて、普通のネギだったんです。なかなかあんな細かくは切れないんですよね。白髪ネギカッターというのがあって、結局それを探しに行ったのかな。撮影が止まった。

──あの狭い男女同衾の空間で、白髪ネギっていうのがいいですね。

荒井 台本に書いてあるだろと言ったらね、白ネギとしか書いてなかったんだ。ミスプリか、俺のミスか。

──台本との違いみたいなので、おや? と思ったのは、浮気して帰ってきたさとうほなみが綾野剛の部屋に入ってきて、その後、涙を流すっていうような場面がありましたが、ああいうところは現場で?

荒井 そうですね。あれは現場で。シナリオは、その明くる日そういうニュアンスのシーンになってるんだけど、なんかないかと思っていて。そういえば背中で泣いていた子がいたなと。それでそういう芝居でってなった。

──それは、やはりそういう体験がおありになった・・・・・・。

荒井 それはまあ・・・・・・(笑)。

[注・1]「花腐し」の劇中かかる、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「知らず知らずのうちに」、松山千春の「恋」、堺正章の「街の灯り」は、山崎ハコが弾き語りしたものが新たにレコーディングされ、使用されている。

「花腐し」

製作が待たれる、幻の脚本「GOTH」

──あと今回、思い切った幽霊の使い方に驚きました。以前、中田秀夫監督に、ホラーなんてよせよ、上手いんだから、みたいなことを言っていたように記憶しているので・・・・・・。

荒井 (笑)。いや、怖い幽霊っていうんじゃない幽霊だからね。怖がらせる幽霊っていうのをやる気は全然ないし。ホラー観ないしね。何で金払ってわざわざ怖い思いするんだっていう・・・・・・。

──だいぶ前、乙一原作の「GOTH」をやって大変そうだったという話をじんのひろあきさんから聞いたんですけど。

荒井 何でじんのが知っているんだ。・・・・・・ああ、そうか、そうか。

──何か以前一緒に荒井さんと飲んだという話をされて、その時に・・・・・・。

荒井 石井聰亙(現・石井岳龍)の監督でやろうとしていたんですよ。いや、いいホンが出来たんだけどね。

──え、そうだったんですか。

荒井 娘(荒井美早)が大学に行っているときだったかな。ちょっと書かない? って。そしたら、娘はシナリオ書いたことなかったんで、いきなり後ろから書き出して・・・・・・。お前順番に書くんだよって。でもいいや、書きたいシーンから書いて後でつなげばいいやって。

──娘さんと共作っていう感じで作ったんですか。

荒井 うん。「聖セバスチャンの殉教」の絵から始まるんだ。

──それは観たいですね。「ソドムの林檎」(2013・廣木隆一)も、荒井美早単独脚本の「空の瞳とカタツムリ」(2019・斎藤久志)もとても面白かったので。どなたか是非映画化して頂きたい。

「空の瞳とカタツムリ」(監督 斉藤久志、脚本 荒井美早)

荒井 なんだっけ、原作はバラバラにしてくっつける話だっけ。あれ、なんか映画になってなかったっけ。

──高橋玄監督で一度映画化されました(2008年公開)。面白いところもあるのですけど、そこに至るまでの展開が、何か総集編みたいな描き方なので、肝心な場面が生きてこないんです。原作を踏み外してはいないのですが、凄みに欠ける映画でした。

荒井 あれ東映ビデオじゃなかったっけ。

──東映ビデオではなかったと思います。[注・2]

荒井 ・・・・・・そうだ、榎本(憲男・当時東京テアトルプロデューサー)がやんないかって言ったんだ。

──ああ、それならなおさら企画が再び動くことを期待したいですね。 

[注・2]製作は、今は亡きジョリー・ロジャー。

「花腐し」

“お仕事”と自分で撮るのは違う

──・・・・・・ところで、荒井監督の書いた「湯殿山麓呪い村」(1984・池田敏春)なんて凄く怖い映画だったじゃないですか。

荒井 角川映画で一番(観客が)入らなかった映画じゃなかったかな。

──あれは入りませんよ。陰惨でしたから。さらにめちゃめちゃ怖い。

荒井 (不入りの)記録作ったんじゃないかな。

──原作は、ユーモア・ミステリー的な軽い味も入ってた気がするんですが、そこは脚色でばっさり切っておられて・・・・・・。

荒井 いやー・・・・・・。(書くの)一人じゃしんどいんで、「佐伯、一緒にやってくれないか?」って、佐伯俊道と二人で冬の湯殿山に行ったんですけどね。そしたら雪が、こんなもう積もっていて俺たちの背より高いんですよ。これ、撮影無理だよなって・・・・・・。それで、この企画なくなったなと思って、佐伯とどっか温泉でも入って帰ろうかって言って帰ってきたら、池田敏春監督がやるって言うんですよ。原作は夏の話なんですよ。それを冬に・・・・・・。すごい雪なのにやるってどうすんのって・・・・・・。

──湯殿山の山頂まで雪上車で登って撮ったという白鳥あかねさん(スクリプター)の証言が残っています。

荒井 そういう監督だったな、池田(敏春)は・・・・・・。でもそんな陰惨だっけ、あれ。

──永島敏行の探偵くずれぶりが生々しくて陰惨でしたし、最後、女の子がガラスに飛び込むんで、びっくりしましたけどね、荒井さんがあんなおっかない作品書いてらっしゃったという・・・・・・。

荒井 どっかで黒澤満さん(セントラル・アーツ代表)に会って、「ちょっと黒さん仕事ない?」って言ったら来たのがそれで。

──だから、今回の幽霊もけっして荒井監督にとって新機軸というわけではなかった?

荒井 いやいや・・・・・・でもお仕事と自分で撮るっていうのは・・・・・・。仕事だから書こうっていうのと、自らやろうっていうのとは少し違いますよ。

──やっぱり今回の「花腐し」は、異界っていうのに惹かれたっていうことですか。

荒井 原作が幽霊モノだから、覚悟して、でも、そういう仕掛けをしないと、いきなり出てくるのはちょっと・・・・・・。だから、雨の世界へ入ったら何でもありなんじゃないかっていうふうに仕掛けを作らないと・・・・・・。その最たるものは、パソコンで「花腐し」っていうシナリオが出てくるっていうあたりがね、誰が書いたって聞かれるけど、やっぱり(柄本佑演じる)伊関が書いたって。じゃあ伊関は生きているのかとか。

──確かに。気が付くと迷宮世界の奥深くに入っている・・・・・・。

荒井 だから、雨の世界に入って、あのアパート全体が幽霊屋敷なんだっていうふうに伊関が言っている。そういうふうにちょっとずつ持っていってる。

──やっぱりホラー的なところにいってないのがいいと思うんですね。

荒井 だから、嫌いなんだって(笑)。何が嫌いかってホラーとスプラッター。あとSFがダメなんです。(綾野剛演じる)栩谷が見るのは、会いたかった幽霊なんですよ。

荒井晴彦監督

◯あらいはるひこ
1947年東京生まれ。若松プロダクションの助監督を経て、1977年日活ロマンポルノ「新宿乱れ街 いくまで待って」(曾根中生)で脚本家デビュー。「赫い髪の女」(1979 神代辰巳)をはじめとする、ロマンポルノ路線で注目。一般映画にも進出し、「神様のくれた赤ん坊」(1979 前田陽一)、「遠雷」(1981 根岸吉太郎)、「Wの悲劇」(1984 澤井信一郎)などで幅広い観客の支持を集める。また、1990年に手掛けた初の連続テレビドラマ「誘惑」は大きな話題に。1997年、第一回監督作品「身も心も」を発表。映画作家としても多くのファンを獲得、監督第二作「この国の空」(2015)を経て、第三作「火口のふたり」(2019)は、キネマ旬報ベスト・テン一位に輝いた。著書に「昭和の劇 映画脚本家 笠原和夫」(絓秀実と共著)がある。

            《写真無断転載厳禁》
©2023「花腐し」製作委員会
©2019そらひとフィルムパートナーズ(「空の瞳とカタツムリ」)

『花腐し』
監督:荒井晴彦
原作:松浦寿輝『花腐し』(講談社文庫)
Blu-ray&DVD好評発売中
発売・販売元:VAP
©2023「花腐し」製作委員会

<著者プロフィール>
やまだおうむ
1971年生まれ。「わくわく北朝鮮ツアー」「命を脅かす!激安メニューの恐怖」(共著・メイン執筆)「ブランド・ムック・プッチンプリン」「高校生の美術・教授資料シリーズ」(共著・メイン執筆)といった著書があり、稀にコピー・ライターとして広告文案も書く。実話ナックルズでは、食品問題、都市伝説ほか数々の特集記事を担当してきた。また、映画評やインタビューなど、映画に関する記事を毎号欠かさず執筆。

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