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色のいろいろの赤とんぼのいろいろ

はじめに

 こんにちは、ちゃりおです。
 今年のはじめ頃から月刊モデルグラフィックスで片渕須直監督とタッグを組ませていただいて、色んな乗り物や工業製品の色に関する記事のお手伝いをさせていただいています。
 第二次世界大戦ぐらいまでのモノクロ写真ばかりの時代に、飛行機がどんな色に塗られていたかというお話を中心で、作例モデラーとして携わっています。

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 今回、月刊モデルグラフィックス2021年8月号に掲載された作例にハガキやTwitterで反応をいただき、気を良くしたので副読本的な記事を書いてみようと思ってしまいました。

というか、色が主役の記事なのに工作をしまくって、工作内容の説明はほとんどしないという暴挙に出たので、その補足です。

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↑こんな感じ。

と言いつつも、今後の記事や、あわよくば単行本化が実現したときに追記できそうなネタは温めつつ、誌面で文字数を割くにはニッチ過ぎるような話題を補完していきます。


色のいろいろの模型のいろいろ

 8月号では九三式中間練習機、秋水、バッファローという、なんとも不思議な取り合わせの3機を作っています。
一見なんの共通点もない3機ですが、片渕監督の記事を読むと、色がこれらを繋いでいたことが分かって来ます。

この記事では、特に反響の大きかった九三中練に関する補足情報を書いていきます。

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 そうそう。どうやらバックナンバーもまだ在庫があるようなので、この記事を読んで興味が出たら、ぜひお手にとってみてください。
 編集部がややかかり気味なようで、ウマの模型に関する記事もあります。


↓月刊モデルグラフィックス2021年8月号↓

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http://store.modelkasten.com/shopdetail/000000003712/mg2021/page1/recommend/

ちなみに、8月号は表紙のテイストから「ゼク○ィ号」としてTwitterでは話題になっていました。確かに。



実機

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 九三中練は旧日本海軍で使われていた練習機で、零戦についで二番目に多く生産された機体です。正式採用は零戦の七年前、終戦まで生産が続けられていました。

 九三中練はその名の通り、実戦ではなく練習に使う機体で、日本海軍のパイロットの殆どはこの機体で育てられました。それだけではなく、海軍では平時から赤とんぼの生産を各社に割り振り、特に新興の会社に生産させることで、基本的な工作技術や生産に関するノウハウの習熟を促しており、官民問わず組織的な意味でも「練習機」として機能していた機種です。


模型


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 実は、1/48の九三中練の最新ベストキットは、約50年前にオオタキから発売されたキットです。
(1/72ではAZモデルが最近出していましたが、まぁ…その……悪くはないけど……という感じ)

 オオタキのキットは現在はマイクロエースから出ていますが、中身は手作りの香り高い味わいキットという感じ。
 このあたりの素性に関する苦労は誌面に書いてあるので割愛して、「コクピットのすっきりしたディティールを補うための、胴体の中身の資料をどこから拾ってきたのか」というお話をしてみたいと思います。


情報あつめ

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 九三中練を作るに当たって、まず最初に当たった資料は世界の傑作機でした。飛行機モデラーなら一度はお世話になったであろう、コスパ最高の資料です。世界の傑作機には羽布が剥がれて骸骨状態になった機体の写真や、鋼管羽布張りの機体の骨格が載っていたりします。
(鋼管羽布張りとは、鋼管で骨組みを作って、布を貼り付けて機体を作る構造のことです)
 しかし、手に入れたいコクピット内部の情報は殆どありません。

 次に私が当たったのは、ネット上に存在する国内の航空ファンによる情報です。日本語でweb検索をして、現存する部品の情報を集めようと試みました。私はここで「どうやら九三中練はインドネシアに唯一の現存機が存在するらしい」という手がかりを掴むことが出来ました。

ですが、インドネシアは日本人があまり訪れるイメージのない国で、日本人によるレポートは殆どありません。

 となれば、次は英語検索です。


九三中練の略譜号であるK5Yを検索ワードの中心に据えて検索すると、インドネシアのサトリアマンダラ博物館にある現存機の写真が出てきました。

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 どうやらこの機体はほとんど管理されていなかったようで、自由に機体に乗って中身まで見れたようです。
つまり、コクピットの写真にも期待できるはず!

 と思ったのですが、やはり地味な機体だけに英語で検索してもほとんど写真がありません。
しかし、九三中練がインドネシアでは「Chureng」と呼ばれているという情報を入手できました。現地での呼び名を知ることが出来たということは、つまり現地語での検索もできるようになったということです。

 というわけで、最終的にはGoogle翻訳を使ってインドネシア語で九三中練の資料を検索した結果、コクピットの写真のみならず、レストア時の全分解された様子の写真や動画を入手でき、模型として再現するにはある程度十分な情報を手に入れられました。
(「cureng restorasi mylesat」という検索ワードが一番良い結果を得られました)

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 旧軍の機体は多くがアジアに取り残され、現地に残った日本兵によって機材の使用方法を教育されているので、現地語で検索すると案外資料が出てくるよ、というわけです。


矛盾する情報

 さて、ある程度の資料を集めたわけですが、インドネシア語で集めた資料と世界の傑作機の情報に矛盾を見つけてしまいました。

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 インドネシアの現存機ではこちらの赤斜線の部分はどうやら軽金属製なのですが、世界の傑作機には操縦席覆いは「榀合板」製と記述されているのです。世界の傑作機はおそらく実機の取扱説明書を元にしている雰囲気があり、間違った記述がされているとは思えません。
 「そんな馬鹿な」と思って改めて当時の写真を洗いなおすと、確かに軽金属製の特徴である、リベットが見える写真がかなりあります。
 なぜそんなことが大切かと言うと、木製の場合は機体工作標準という書類でニス仕上げが指定されており、一方で軽金属製である場合、零戦などと同じM1淡緑色で塗られるからで、模型にすると明確に違ってくるからです。
しかも、現存機の機内は零戦の上面塗装などに使われた暗緑色D2で上塗りされているようで更に混迷を極めます。果たしてこのD2は防眩色なのか、それとも補修で塗られた上塗りなのか……。
 しかも、どうやら操縦席覆いには形状も2種類以上ある模様。

 インドネシアの現存機……というよりも、アジア諸国に日本軍が残置してきた機体はその後の独立戦争や内戦で更に数年間使われた機体が多く、その間に部品を新造した可能性も捨てきれずしばらく調べ物を続けたのですが、結局はわからないということで、国内の残骸を当たることにしました。


 ということで「筑波海軍航空隊記念館」(@tsukubakuで赤とんぼに関する資料があるらしいと聞き、単身取材に向かったのでした。
そこで出会えたのがこの2つの資料。

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 一つはグシャグシャになった金属外板の破片です。
外板は詳しい部位はわかりませんが、どうやら裏面はグレーグリーンがチョーキングした色のようで、オリジナルの状態ではインドネシアのD2とは違い、零戦などの操縦席付近に塗られていたM1淡緑色だったらしいことが分かりました。
(ちなみに、外板はショーケースの低い位置に展示されていたため、ショーケースの前で床に張り付いて撮りました。通報されなくてよかった。)

画像11 もう一つはプロペラで、実は赤とんぼのプロペラの前縁についている金属製の補強材は、輪郭が波線になっていて曲面に合わせやすい工夫がしてあるものと、写真のように直線の輪郭のものの2種類以上があるのです。

 キットのものはこの直線型のタイプで、場合によっては波線に直さなきゃな~と思っていて憂鬱だったところ、このプロペラに助けてもらうことが叶いました。良かった。

補足

 操縦席覆に関して後から分かったことなのですが、九三中練は長期間、様々な会社で生産され続けたため、時代に合わせてちょくちょく改修をしたマイナーチェンジ版で更新を続けていたようです。
 その結果、当初は榀合板製だったものが、改修を経ていつ頃からか金属製になったと考えるのが良さそうです。
 対米開戦後の写真は殆どが金属製に見えます。


コクピット制作

 ということで、操縦席の中は金属製で淡緑色M1で塗られていたという前提で、ようやっと中身の制作に移ります。
中身はこれまでに調べた写真や資料を活用しつつ、半ばデッチアップすることでなんとかしました。

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 骨組みはこんな感じ。
青い部分が床板で、オレンジは燃料タンクです。
また、操縦系統は前後席でつながっていて、動きがリンクするようになっています。
また、上翼の支柱や主脚の支柱などは骨組みに接続されていますので、それを基準に骨組みの形を決めるとやりやすいです。

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椅子はこんな感じで零戦のものとは違う感じでした。
縦線は実際には凸になっていて、波板加工で強度を出しているようです。

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で、そこにいろんな部品をつけていくとこんな感じに。
計器盤、伝声管、上翼の角度を調整するためのハンドル、スロットル、無線機らしき箱などを追加しています。
 なんとなく全部自作にするのは心苦しく、操縦桿だけはキットのオリジナルパーツを使っていて――まあこの当たりの苦労は本誌で読んでくりゃれ。

そんなこんなで、無事誌面に載ったのでした。

文字を書くのが面倒くさくなってきてしまった。

疲れてきましたので〆

 「色のいろいろの模型のいろいろ」では文章にはしていませんが、こんな感じの調べ物を毎回やっては編集部にドン引きされています。
 片渕須直監督の「色のいろいろ」を模型に落とし込んでみるというコーナーなので、自然と気合が入って考証を始めてしまうのは仕方がないんです……。

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↑こういうのとかもやったり(月刊モデルグラフィックス2021年6月号)

 そんなこんなで今月末に発売の10月号にも作例が載ります。
もしこの記事を見て興味が出た方は、ぜひお手にとって読んでみて下さい。

 「色のいろいろ」は世界の飛行機の塗装の基本的なルールをなぞる内容になっていますので、かなり応用が効かせやすい内容です。
 バックナンバーが気になる場合はハガキとかで編集部に読書感想文を送っていただけると、1冊にまとまったりもするのかも。

 完全に手前味噌なのですが、飛行機の模型を作る際にどちゃっとモデグラのバックナンバーを取り出してきて「どこだっけな~」と探すのは面倒くさいので、ぜひ単行本化の応援をいただけると泣いて喜びます。

 もし赤とんぼのキットを作りたくて、上記では情報が足りない場合はTwitterで声をかけて下さい。
あ、赤とんぼじゃなくてもいいですよ。

ではでは、良い週末を。

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