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メガネ朝帰り #毎週ショートショートnote

 一瞬の静寂の後、再びあちこちでカエルたちの声が巻き起こった。玉蜀黍とうもろこしの葉の上に寝そべっていたサーモントメガネは、その鳴き声に気を取られ、近くの葉が微かに音を立てたことに気が付かなかった。

 「星が落ちてきそうだ」
 ぼそりとそう呟く声でやっと気が付き、辺りを見回すと、少し低い葉にオーバル型のメガネが天を仰いでいた。僅かにテンプルが上に曲がっている。
 「そんな風に思ったことなかったな」
 思いがけず返答があったことに驚いたように、オーバル型のメガネは声の方を見遣った。サーモントメガネは続ける。
「ウチのご主人、寝相がひどすぎて見てられないほどでさ。保養のためにこうやって時々きれいなものを眺めに飛び出してくるんだ」
 そう言って嫌味なく笑うサーモントメガネの鼻当てが黄ばんでいるのをちらりと見止めると、オーバル型のメガネはすぐに目線を空へ移して答えた。
 「うちのもです。毎日寝言が気になって」
 「どこも似たようなもんだな」
 「よく夜中に起こされるんです。こっちもゆっくり休みたいのに堪まったもんじゃないですよ」
 オーバル型のメガネはそう言うと、昨夜のことを思い出した。

 お客さんからメールだ、としゃがれた声を絞り出し、眠たい目をこすった手に掴まれ、耳に掛けられる。今、立ち上げたパソコンの画面に映るのは、数日かけて作ったデータだった。ボタン一つであっけなくそれを消し、一からデータを作り直し始めた。馴れきったことのように淡々と手を動かしていた。

――いつしか遠くの空が白み始めた。あの人が深く眠っていることを祈りながら、メガネ達は家路につく。

<了>


たらはかに(田原にか)様の下記の企画へ参加しています。


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