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松平頼曉 アリアと変奏 作曲者による曲目解説(と制作者による注釈)

イッツ・ゴナ・ビー・ア・ハードコア! 
It's gonna be a hardcore !

最初の版(1980)はソプラノとピアノのための作品で、竹前文美子さんの委嘱。今回の改作を機会として、オペラ「挑発者達」の一部に取り入れることにした。80年当時、アメリカで流行っていた囃し言葉の反復。時々、歌手の日常的な生活の告白がこれを遮る(今回、オペラの筋に合わせて、この部分を若干変更した)。歌のパートは5連4分音符6ケの周期を持っており、リズム的に極度に複雑なアンサンブルである。(「松平頼暁・秋吉台の夏2005」プログラム・ノートより)

It's gonna be a hardcore!(1980/2005) 手稿より

【編注】1980年に作曲されたソプラノとピアノのための作品を、2005年にバリトンとピアノのために改作したもの。今回、3作の声楽作品が演奏されるが、難度という点からなら、これがダントツであろう。
 声楽作品離れした、室内楽的なポリリズムが全曲に亘って続いていく。ピアノパートが終始3連符と2連符のポリリズムになっている上に、ピアノは1小節を4拍に、声楽パートは1小節を5拍に取る音価で書かれ、小節単位でシンクロさせている。声楽パートにはこの「5拍子」の中での二拍三連符なども書かれ、リズム構造はさらに複雑化していく。
 なお、ブライアン・ファーニホウの作品のように、複雑な連桁の一部をさらに割っていく作品は今日多いが、この作品の真の難しさは、楽曲中にピアノと声楽が同時に断ち切れる箇所が多々存在し、ズレが誤魔化しようがない、という点にある。
 リハーサル中に誰かが言ったように、ここでは、スティーブ・ライヒ的な反復の誤魔化しようのなさ(これは、複雑さとは別種の難しさであり、この難しさゆえに「18人の音楽家のための音楽」は、未だ日本人のみによる公的な演奏はなされていない)に、リゲティ的なポリリズムが組み合わされている。日本人によって書かれた声楽作品の中でも、もっとも難しい作品の一つに位置付けられるだろう。当日は、これを指揮者なしで演奏するために、かなり特殊な配置をとるので、そちらも楽しみにご来場下さりたい。

ビー・イン・ザ・ケージ
Bee in the Cage

2005年、メトロポリタン・マンドリン・オーケストラの委嘱によって作曲。オペラ「挑発者達 The Provocators」の中のアリアである。題意は、C.A.G.Eの4音の反復にB♭音が介在することによっている。これら合計5音とその増4度移高型F#.E♭.C#.B♭(重複).E(重複)の計8音やその残りの音、D.F.A♭.H、或いは元の8音の音程縮小型等が使われている。テキストはブロークンな英語で歌われる。(CD「BEE IN THE CAGE◎現代日本マンドリン・オーケストラ作品集II」メトロポリタン・マンドリン・オーケストラ、ライナー・ノートより)

【編注】当作は、オペラ「The Provocators ~挑発者たち~」へと組み込まれる際に、室内管弦楽伴奏へと編作され、2018年のピアノリダクション版初演に際し、小内將人により室内管弦楽版よりのピアノ伴奏版が作られた。今回の演奏はこのピアノ伴奏版による。なお、「イッツ・ゴナ・ビー・ア・ハードコア!」と、「ベッドサイド・ムーンライト」についても、オペラに組み込まれるに当たって作曲者による室内管弦楽伴奏版がつくられているが、元がピアノ伴奏であるため、オペラのピアノリダクション版演奏の際には、原曲がそのまま使われた。

ベッドサイド・ムーンライト     
Bedside Moonlight

1982年、上木祐子さんのリサイタルのために作曲。ピアニストが左手でベートーヴェンのムーンライト・ソナタをdモル(原曲より半音高い調)で奏し、左手でBED(シ♭、ミ、レ)という3音をそえる。題名はこのことに由来する。テキストは題名に因んで、「When the moonlight was coming into the bedside, a―,  I was swinging.」 となっている。歌のパートはテキストのaの部分が長く延ばされているので、殆どヴォカリーズと言ってもよい。曲は数個の要素の寄せ木細工のように出来ている。9月に今回と同じ奏者、太田さんによる初演が予定されている「Bee in the Cage」と共に、計画中のオペラ「挑戦者(仮題)」の1シーンとなるはずである。(作曲家の音vol.1 「松平頼暁の音」プログラム・ノートより)

【編注】2005年に演奏された際のプログラム・ノートで、この時の歌唱は太田真紀による。なお、この作品はピアノソロで演奏できるよう編作され、そちらのヴァージョンについては、伊藤憲孝の演奏でCDリリースもされている。

主題と24の変奏
Thema and 24 variations

Pitch Interval 技法による音列の原型と反行型の移高型。合計24通りを交互に置いて変奏を行う。テンポもこの移高型に伴って60~120を変奏毎に決定している。各変奏の多くは主部とrefrainという形をとっている。Themaは単純だが変奏の演奏は難しい。

【編注】Pitch Interval技法は、1982年以来の松平頼暁の作風を特徴付ける技法である。
 アルバン・ベルクが「私の両目を閉じてくださいSchliesse mir die Augen beide」(1925)で使用した12音列は、隣接2音間に12音平均律の1オクターブ内に存在し得る11の音程(半音1つ分の短二度から、11半音の長七度まで)が、全て含まれていることが知られている。このような12音列を総音程音列と呼ぶ。松平は「アークのためのコヘレンシー」(1976)で、この音列の部分部分を徹底的に繰り返すことで旋法的なミニマル音楽のような音世界を創造しているが、総音程音列の使用は、Pitch Interval技法構成の必要条件であっても十分条件とはいえない。
 11の音程を全て含む音列は11!=39916800通り考えられるが、その殆どには音名の重複が出てしまい、12音全てを含む総音程音列はわずか3856種に過ぎない。松平はこれらの総音程音列をコンピューターによる場合分けで得て(こうした総音程音列の探求は、古くはヘルベルト・アイメルトが行い、柴田南雄が『音楽の骸骨のはなし』で紹介もしているが、松平の仕事はそれらとは独立に行われたものである)これらをカタログ化。さらには、これらの音列の特徴を生かすために「音程の扱い」を厳格に管理する。
 具体的には、ドとその上のファが作る音程は完全四度だが、ファとその上のドが作る音程は完全五度となる。このオクターブ異なった2つのドを「同じ音」と捉えることが、ドとファの間に2つ(以上)の音程を作り、その結果、「全ての音程を含む」総音程音列の個性を弱めてしまう。よって、Pitch Interval技法においては、音列内の2音間にある音程を出来る限り尊重するために、音のオクターブ移高は積極的に避けられ、このことが、1982年以降の松平作品の響きを特徴付けていく。
 なお、音列の移高に伴ってテンポが変化していく、という点については、カールハインツ・シュトックハウゼンによる「テンポの半音階」の概念が借用されている点も付け加えておく。

なお、コンサートの詳細、予約方法などについてはこちらをご参照下さりたい。
12月1日 松平頼曉 アリアと変奏 |石塚潤一|note
transient2020@gmail.com
 でも、当日精算にてのご予約を承れます。
お名前、枚数、一般・学生の別、ご連絡先を明記の上、メールください。前売り料金にて精算いたします。

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