例えば彼女の生活

薄く開いたガラス窓
瞼にはびこる湿った闇   まどろむ意識に
閉めてほしいと   肌は粟立つ

雨を引き摺り 行き交うタイヤ
細路地に 歩み寄る一台の車
下卑たエンジン音に代わり
聞こえてくる 異国のラジオ
閉まるトラックのドア

玄関ドアの向こう側
胸の高鳴りを非常階段に鳴らす 若い男女
撫で声で呼び戻そうと あの猫は階下

鳴き止み 音に渇えた左耳
聞こえてくる物音は
背徳のつやめき みな男女にひもづき
まとわらせるシーツ 右の脛(はぎ)
しだらなく
スマートフォンに    垂れる右の手首
短い爪 ずらす親指   締まる乳首
まぶしさに刺され 重たい首筋
運転手の鼻歌に 再び降り出した雨
左手の所在   ほのめかす青白き残光
届く範囲に 果てたちり紙が二三枚

遠のいていく異国の歌姫
細路地の消失点に 水溜まりあり


女の叫び声 男の叫び声
気がつけば外は大雨
階下から あの猫連
飢えた赤子の叫び声
窓塞ぎ 耳塞ぎ
ちり紙に描かれし 虚業の闇市
飛びこみ徘徊 見せびらかし
街一と自嘲する   プラチナのヒール

水溜まり   三日月にふと気づき
時はまだ 汚れた下着
それだけに また「私
売れ残りのハシタメ」

聞き慣れぬ子鳥   さえずりに
掻き消す親鳥は   サディスティク
粘こい若葉が 匂い押し売り
同性に牙剥く あの猫も早や発情期
汗かき 寝返り   気だるき左手の中指
薄く開いたガラス窓 然り
外はまだ 明るい

私まだ

夢なき日々 四六時が眠り
いらだちにひじ掻き   未満のとき
「神われを憎む ゆえに神あり」
もの憂き彼女は 箱入りの間投詞

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例えば彼女の生活、
欲望と、その対象があやふやな、
夢が眠ったままでいるときのような、あのメンヘラ。

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