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今日の一冊:今日の芸術/岡本太郎

毎日、自分をできるだけ正しい方向に向かわせてくれる力となってくれている読書。読むというかちらっと目を通す一冊についてサクッと感想を書いてみようかなと思った。書評ではなく、独り言だな。まとまりがなくてもいい。とにかく始めてみよう。本日が第一回。大尊敬する岡本太郎さん。

岡本太郎さんからはほんとうに勇気と力をいただいている。昔は毎日、まず岡本太郎さんの本のいずれかに目を通して力をもらって一日をスタートしていた。

2023年2月17日 大阪モノレールの車窓から

’70年の大阪万博の『太陽の塔』のインパクトは凄すぎた。当時、丁度、大阪の千里の小学校を卒業するときだった。
芸術は爆発だ!」のキャラが濃すぎて好きなんだけど、中に入っていけない存在。でも、「グラスの底に顔があってもいいじゃないか!」というウイスキーのCMのセリフは刺さったし、1本買うとひとつついてくる岡本太郎さんのデザインした顔が底にあるグラスが欲しくてそのウイスキーを買ったものだ。

好きなんだけどちょっといっちゃった破天荒な芸術家というイメージが覆されたのは、氏の本だった。すべて良かったから沢山読んだ。そう、僕が岡本太郎さんにのめりこんでいったのは、文章が素晴らしいから。勝手な先入観だが、論理的に物事を考えるひとではないと思っていた。初めて読んだときにそこをひっくり返されたし、正直に、熱くご自身の体験を教えてくださる。氏の論理を理解するには僕自身相当学ばないといけないと思った。ただ、言っていることはいたってシンプル。そこに何故か真理があるのだろうと引き付けられる。この人の考え、人生を知りたいと思っていった。わかるようになりたいと思った。この人こそ、「」だと思った。

今日は「今日の芸術」から。

今日の芸術は、
うまくあってはいけない。
きれいであってはならない。
ここちよくあってはならない。

と、私は宣言します。それが芸術における根本条件である。と確信するからです。
 これは、今まで考えられてきた、絵はうまく、美しく、快いものであるという価値基準とは、まったく正反対の意見ですから、あるいは逆説(パラドックス)のように聞こえるかもしれません。しかし、これこそ、まことに正しいのです。それを証明しましょう。(「第四章 芸術の価値転換」より)

これを僕は理解しているわけでもない。ただ、「自由に描いていいんだよ」と氏は言ってくださっていると思っている。

 今年の4月に会った高貴寺の住職から「一緒に書こう」と書道を教わった。住職は「下手に書け」という。「上手く書こうとするな」と。岡本太郎と同じこと言ってるなと思った。「ずっと書いていると自然に上手くなってくるが…」。高野山と臨済宗で修行されたという住職の言葉。禅問答のようでもあった。「他人の評価を気にせずにとにかく書け」ということなのか。

始めることが大事なのだ。

岡本太郎さんは、「三日坊主でもイイ」、「今、始めろ」、「リスクを感じる方をやれ」というようなことも言っている。それが本当はやりたい方なんだからと。

岡本太郎さんがいろいろ残してくれてよかった。岡本太郎さんの本を読むと岡本太郎さんが語りかけているように感じられる。岡本太郎さんの声を聞きたくなったら、岡本太郎さんの本を読めばいい。いつもすぐそばに岡本太郎さんはいるんだ。

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