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刑事柳田、もう我慢できません! 第ニ話 蓮華の五徳@渋谷

柳田は渋谷のセルリアンタワーのロビーでコーヒーをお代わりした。
もう何杯目だろうか。

全く胃がただれちまうぜ。

既に4時間。何をするわけでもなく、新聞を読んだり閉じたりしてやり過ごす。
柳田は南米の某国から送り込まれたと思われるスパイの正体を確かめるため、この一週間ターゲットの動きを捕捉している。警視庁から精鋭部隊が何名か柳田の知らないところでも行確を行っているらしい。

再び携帯が鳴る。1時間ごとにキッチリと鳴っていた。

「柳田」
「動きは?」
「ありません」
「この後は?」
「もう暫く粘ります」
電話が切れる。係長はキッカリ1時間ごとに連絡をよこす。律儀な性格だ。いやこれも仕事の掟か。

時刻は16時。人々の時間に一瞬の間隙ができる頃合い。ターゲットが動き出すのは大体この頃だ。

それにしても…

今日は良い天気だ。輝く太陽が眩しくてホテルもブラインドを完全に下ろしている。高そうな服を着たカップル、結婚式だろうことがわかる家族。怪しげな外国人。ここは動物園だ。

柳田はしばし眼を閉じて考える。
この仕事をしていなければ俺にも普通の幸せがあったのだろうか。

「お代わりのコーヒーです」
「どうも」
給仕がコーヒーを置いて立ち去る。

コーヒーでは腹が膨れん。朝ヨーグルトを飲んだだけだった。
セルリアンタワーから程近い桜坂を上がった所に蓮華の五徳という坦々麺屋がある。そこの排骨坦々麺が絶品であることを思い出していた。

コーヒーを飲みながら、柳田の脚は激しく小刻みに揺れた。

暫く外してもいいだろうか。もう4時間も粘っているが。
再び携帯が鳴る。

「来栖か?」
「はい」
「動きはないぞ」
「こちらもです。今日はひょっとするとこのままかもしれません」
「根拠は?」
「情報屋のテツからの垂れ込みです」
「わかった。油断するな」
「了解」

さてと…油断するなと自分で言った手前…
柳田は伝票を持って立ち上がった。

***

「いらっしゃい。こちらへ」
無言で座る柳田。
「ご飯は?」
「気持ち分」 
いかん、ご飯までいってしまうとは。自由に食べれる高菜を白飯を食らうあの幸せを知っている者はすべからくそうなるだろうがっ!
柳田は独りごちた。

お待ちどう様。

排骨坦々麺

なんという暴力的なビジュアル。まるで虐殺器官だ。

涎が溢れるのをすんでのところで防ぎ、柳田は箸を割った。
携帯が鳴る。

「どうだ?」
「動きなしです」
「場所を変えたのか?」
「いえ、トイレに立っただけです」
「油断するなよ」
「はい」

「ご飯どうします?」
「お願いします」

「なんだ飯屋か?」
「いえ隣の客がカレーを頼んでます」
「また連絡する」
電話が切れた。
危ない危ない。坦々麺を食べに当てることがバレたら厄介だ。

ズズズズー。
くおーうまい!濃厚な胡麻の塊とピリ辛のスープにシャキシャキの刻みネギが口の中で溶け合う。

この焦燥感から始まる華やかな地獄。まるでラフマニノフ交響曲第ニ番の第二楽章の冒頭だ。

ズルズルッ、ズルズルッ。
たまらず柳田は麺を啜った。

な、なんといううまさ。細麺とこのスープとの相性が抜群だ。幾分柔らかめなのが排骨と胡麻をうまく引き立てる。この排骨も絶品だ。一口噛むたびにスープに染みた衣が口の中に広がり、豚肉の歯応えとともに押し寄せる。まるで銀波。

その時柳田の携帯がなった。
ちっ、こんな時に。

「来栖です」
「どうした?」
「さきほどのテツの情報がせだったようです。陽動に使われました。まもなく動きある可能性高いです」
「なに!」
「大丈夫ですか、待機しておいてください。向かいます」
「わかった」
まずい、どーする?まだ高菜ご飯を食べてないぞ。いや、これで遅れたらまずい。場合によっては係長もくる。仕方ない。
柳田は断腸の思いで席を立った。

すまんなおやじ。

急いでセルリアンタワーに戻る柳田。
どーやら間に合ったか…

その時ターゲットがエレベーターから降りてきた。
間一髪か。
いや、そのまま地下へ降りるターゲット。
まずい地下駐車場か。柳田は階段に向かって走った。

その途中柳田は壁に貼ってあるポスターが目に入った。
「ラーメンフェア」
九州、大阪、京都、静岡、東京、福島、札幌
やばいなこれは。ん?これは確かすでに支店が都内に出ていたよな…
い、いかん、急がねば。
柳田は急いで階段を駆け降りた。

続く。
***
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