見出し画像

刑事柳田、もう我慢できません 第五話 塩生姜ラーメン専門店mannish@神田

 柳田は水の入ったペットボトルを男の膝裏に投げつけた。
「グオ」
 それがうまいこと膝裏の中にはまり、男はバランスを崩してツンのめる。そこを一気に距離を詰め、着ていたスーツのジャケットを男の頭に投げる。
 頭を覆われ、男がそれを剥ぎ取るのに手間取っている間に、柳田はその背中に向かって飛び蹴りをかます。
「グェ」
 男はそのままうつ伏せに倒れ込んだ。そこを押さえ込んで右腕を捻じ上げる。
「いてててて、助けてくれ」
「ほう、日本語いける口?」
「いけるいける。頼む、助けてくれ」
「なぜ?」
「なぜって?」
「君立場わかってる?」
 柳田はさらに腕を捻じ上げる。
「いてててて、助けて助けて、なんでも言うから」
「嘘だね。君たちの国そんな甘くないでしょ」
 男はそれを聞いた後、抵抗していた力を緩めた。
 柳田は男の気持ちが落ちたと判断し、一瞬自身の力を緩めた。その途端男は捻じ上げられていた方向に身体を回転させ、その勢いで掴まれていた腕を外し、逆に柳田の腕を引っ張り込み床に叩きつけようとする。
 咄嗟に柳田は受け身を取り、転がった。その間に男は逃走する。
 その瞬間だった。
 逃走しようとした男の足を別の男が物凄い勢いで足払いをして倒した。ターゲットの男はもんどり打った。
 飛び出てきた別の男は同僚の来栖だった。
「油断しましたね先輩」
「すまんな」
 倒された男は唇を噛む。
 来栖は直ぐに男の両腕に手錠をかけ、携帯で電話をした。
 ほどなくして黒いセダンが到着する。その車から黒いスーツの男たちが降りてきて、素早く男を回収し、車に乗せ、去っていった。
 あっという間だった。
「手際がいいな」
「まぁ確保の時が一番厄介ですからね、後処理は彼らに任せましょう」
「ああ」
「今日はこれで終わりですね」
「いや。もう一仕事ある」
「そうですか。では、私はこれで」
「ああ」
 来栖は元来た方向に歩いていった。
 柳田をそれとは反対方向に歩いていった。

 柳田は捕物を行った広場の角を何度か回ると、靖国通りに出る。そこから外堀通りに曲がり、司町二丁目の交差点に向かう。いくつか方向転換をすることで尾行を巻くためだ。

 そして、交差点の反対側に柳田の目当ての店はあった。今日は並んでいない。柳田は周囲を素早く一瞥してから店に入った。どうやら仲間はいないようだ。

「いらっしゃいませ」
 柳田は店の中にある券売機でラーメンの食券を買って店員に渡した。
 店内は午後2時。しかし、満席だった。
 ここは塩味に生姜がたくさん入っていて、チャーシューが鶏肉という特徴があった。
 油淋鶏やカオマンガイがそのままラーメンに乗ったようなビジュアルだった。

「お待たせしました」
 麺が着弾する。
「来たな、やはりうまそうだ」
 透き通ったスープ。一口すすると塩味が効いた尖りのある味が口の中を満たす。続け様に麺を啜る。麺は細いストレート。ツルツルと口の中に入っていく。そして、大きな鶏肉。大きさはまるでとんかつサイズ。この鶏肉が塩スープに合う。歯ごたえの少し残る肉をスープと共に喰らう。まるで、自分が狼にでもなったような野生的な気分になる。
 そして、暫く啜るとスープの下に溜まる生姜がスープに混ざり、味を変える。この生姜の刺激がまた食欲を誘う。
「ズルズルッ、ズルズルッ、ズズー」
 たまらないうまさだ。捕物も終わり、一仕事終えた後のラーメンは格別だ。
 スープを飲み干す頃、柳田の携帯が鳴った。
 仕方なく一旦店を出る柳田。
「なんだ」
「先輩申し訳ありません」
「何だ?」
「黒のセダンで迎えに来た男たちですが…」
「早く言え」
「すいません、奴らの仲間でした」
「本当か!?」
「いつの間にか入れ替わっていたようです。というより、車を側に止めて警察庁の奴らが車から降りたところを狙われて、車を奪われました」
「俺たちはまんまと奴を渡しちまったってことか」
「はい、普段警察庁の奴らの顔を知ってるわけではないので、信じてしまいました。申し訳ありません」
「なんという…仕方ない。俺から係長に報告しておく」
「いえ。既に報告済みです」
「そうか、係長はなんて?」
「追って新たな指示があるそうです」
「わかった。待機する」
「はい」
 柳田は電話を切った。
 くそ、見事に嵌められた。おそらく俺が奴とやり合ってる時から見ていたんだろう。巧妙な奴らだ。
 柳田はラーメン屋に戻った。
「ズズズー」
 スープを全て飲み干す。塩分は時に必要だ。
「さてと、そろそろだな」
 柳田は呟くと店を出て、係長に電話した。

「柳田です」
「おお、奴らにしてやられたな」
「すいませんでした」
「警察庁もこの失態に血眼になっている。既に警察車両は乗り捨てられている。またやり直しだ」
「係長、リベンジしましょうや」
「というと?」
「奴の服に発信機をつけておきました。場所は近いです。浅草から三ノ輪へ移動しています」
「よし。よくやった。相手は慎重になっている。俺の班も向かう。お前は来栖と合流し三ノ輪へ向かえ」
「了解」
 柳田は駅にタクシーを止めて、乗り込んだ。
「柳田」
「はい」
「三ノ輪と言えば、一つあるな」
「…」
「勝手に行くなよ、トイボックス」
「ラジャー」
 柳田は電話を切って笑った。係長、余裕があるな。しかし、三ノ輪にはトイボックスという有名なラーメン屋があるのもまた事実。
 今度は奴を確実に仕留めて、向かうとしよう。
「腕がなるぜ」
柳田は独りごちた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?