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勇気をもって孤独になる

毎日note更新 Day3   

私は学生の頃など特に、仲間外れにされることを恐れてきた。

嫌われることが怖いせいで、余計に空回りしてしまうことがよくあった。「孤独」という見えないものを過度に恐れていた。空気を読んで、友達をひとりも傷つけないように話して、周りに常に気を配らないといけない。気疲れするし自分の本音はなかなか言えなかった。

ただ、今は孤独が前より格段に怖くなくなった。その理由は、私は孤独なときこそ成長できると知ることができたからだ。

そのことに最初に気づいたのは、海外協力隊の事前研修を受けていた時だった。

協力隊に参加する人は、現地に派遣される前に長野の山奥で、2ヶ月半泊まり込みで研修を受けなければならない。研修内容は語学がメインで、体力強化のためのトレーニングもあった。

それが朝礼のあとのランニングだった。朝礼は週5日6時半からで、長野の山奥で空気が薄く、すぐ息が上がる状況で走る必要があった。とはいえ走らなくても出席さえすればよく、歩いていてもペナルティはなかった。

それでも私は2ヶ月半の研修中、たまに具合が悪かったときを除いて、ほとんど走らない日はなかった。研修が始まる前まではほとんど走る習慣がなかったのに、それでも走ることを継続できたのはなぜなのか。

一番の理由は、情けない話だが、友達がいなかったからだと思う。

私は友達を作るのが苦手なわけではなかった。ただ海外で誰かの役に立ちたいと、協力隊に手を挙げるひとたちは、それぞれの分野で一定のスキルを持っていたし、自分自身をアピールするのもとても上手だった。研修の初日、参加者全員(100人程度)の前で、自己紹介を1分程度する。スポーツや農業、医療関係など今まで全く関わることがなかった分野も多かったからかもしれないが、誰の話を聞いても「すごい」と思わされた。

一方私はIT企業に勤めて2年半しか経っていなかった上、勤めていた会社の応援があって協力隊に参加できたこともあり、「自分はみんなに比べて圧倒的にレベルが劣っている」「こんな私と友達になってくれる人なんていない」とそのとき思っていた。周りに明るく話しかけることも、みんなの輪に入っていくこともなかなかできなかった。

それでも研修をなんとかやり過ごさなければ、海外に行くことができない。私はなんとか自分を保つために、朝のランニングを続けた。圧倒的にレベルが劣っているのだから、せめて体力をつける努力をしていかないとと思った。

私が走っている時に、友達が多い人たちはおしゃべりをしながら歩いていた。朝の集まりで雑談をしゃべる相手がいる人たちが羨ましかった。私もその輪の中に入りたかった。

しかし結果的にランニングを続けられたのは、友達がいなかったからだ。もちろん友達がいても、ランニングを続けていた人はたくさんいたが、私の場合友達がいなかったからこそ、よくない方に流されることもなかった。ランニングをする友達を見つけたら、一番良かったと思うが。

孤独が人を強くする。似たような経験は、海外に出た後もたくさんあった。孤独を感じている時こそ、頑張れる自分がいた。そして孤独が怖くなくなったとき、なぜか友達が勝手にできるようになった。「自分だけではなく、みんな同じように寂しさを感じている」と理解できたからなのかもしれない。

認めてくれる仲間がたくさんいることが、メンタルにとっては理想的な環境なのだと思う。しかし短期間であれば、終わりが見えていることであれば耐えられるし、終わりがないと思っていてもいつか必ず終わりは来る。孤独による寂しさは決して悪ではなく、むしろ自分を強くさせてくれるチャンスかもしれない。

ひとりで頑張ると決めたとき、一緒にいられなくなったことで友達が消えていくことはないと思う。夢を叶えるための努力を応援してくれる人が、本当の友達だ。

そう言い聞かせてもなかなか流されやすい私だから、こうやってnoteにしたためておく。この経験を思い出して、勇気を持って孤独になる選択をしていきたいと思う。

最後に、もっと孤独について考えたい方、もっと強くなりたい方へ。Kindle版すごく安い。おすすめの本です。






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