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やさしく寄り添う医書のあり方 『あめいろぐ女性医師』 「男医」はないのに「女医」という呼称はなぜあるのか?

こんにちは。

いち編集部のリアルです。

9月新刊『あめいろぐ女性医師』,前回は,

医療者に向けられるバイアスの視点


について述べました. 

男女のかかわりなく,医師というプロフェッションに対する世間が向ける目線と医師の生活の乖離.そういうバイアスがあるとすれば,「医師の働き方改革」の議論に対する国民全体の理解や関心は,どこかよその世界の話でありましょうし,上滑りの議論で終わってしまうことでしょう。それに加えて、医療職は聖職だから,「自分たちの生命や健康を優先してくれ(あなた方の医師の過重なワーキングタイムは黙認するから)」みたいな、健康第一の要望もわれわれの中にはどこかにあり…、要するに、この議論に本腰が入らないのかもしれません。

それと,医師は使命感の強い方が多いと聞きます。医療職を選ぶ人の全体にいえる傾向かもしれませんが、使命感と奉仕の心がよりおありなので、燃え尽き症候群とは言いませんが,燃え尽きるまでがんばってしまう。燃え尽きるまで我慢してしまう,などという現象は至るところで散見されるようです.どうもこのまま「その働き方」を放置してはいけないのに、結構「その働き方」に、誰も見向きもしない現実があるように思えてなりません。だって医師は聖職ですから…

でも本当にそれでよいのでしょうか。

「女医」という呼称はなぜあるのか?

この本では,そこをさらに斬り込んで,医師の中でも「女性医師に向けられるバイアスについて,ちょっと考えてみませんか?」と提議しています.

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この書影を見て,ピーンと来たあなたは,慧眼です.そうなのです。

「男医」という呼称はないのに,

なぜ「女医」という呼称はあるのでしょう.

もっといえば,本書ではあえて「女医」という呼称を用いています.その意味をよく考えていただきたいからです.答えは,だいたい予想がつきますね.

キャリアを諦めている現状

そう,医師の世界は、基本男性中心の社会でしょうし,あとから入ってきた別の性に対しては,現在でもストレンジャーな存在と見てしまう男性社会の眼というのがあるのでしょう.本書の10章でも,アメリカ初の女性医師のエリザベス・ブラックウェル(1821~1910年)に言及していますが,アメリカでもそれ以前は医師といえば男性オンリーだったのです.幕末の日本でも女性の蘭学医はいなかったようです.つまり,医師社会において女性医師は「あとからやって来た存在」なのです.いまだにその参入障壁的な目線があるように思います.

実際,日本の医師に占める女性割合は2割(29歳以下は35%)です.なんとOECD最下位.ここで大事な点は,29歳以下は女性医師が3~4割占めるのに,それ以降の世代では女性医師の割合が右肩下がりとなることです.もうおわかりですね.だいたい30歳前後で女性医師が結婚する場合、その後に訪れる「出産,育児,家事という生活」と「医師としてのキャリア」のはざまで,ある一定数の女性医師はキャリアのほうを諦めているのです.こうした傾向は「男医」には見られません.イクメン医師の登場は,まだ例外的存在なのかもしれません.

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ガラスの天井

記憶に新しいところでは、医学部女性受験生差別問題の報道もありました.本書でもいろいろな女医に対するバイアスや課題について,4名の女性医師が北米おける「ガラスの天井の実際」を述べています.以下の囲みの主語はすべて「女性医師」になります

・  は給与低い
・  のキャリアダウン傾向
・  の家事・育児の負担
・  のほうが患者予後がよい
・  の結婚,出産,育休とキャリアの両立
・  と夫婦別称
・  の敵は女性?

などなど「女医あるあるバナ」的な話が満載です.でもこの本では、現状の悲観的な要素をピックアップするだけでなく,もっと建設的な視点から解決の糸口も提案しています. 

4人の女性医師

さて,そんな本書を執筆してくれた著者の横顔を編集部目線でスケッチしてみました.

宮田加菜医師(第1部;1~3章まで)

本書の冒頭,1~3章を担当.もしかしたら一番書き手としては難しい立ち位置だったかもしれません.起承転結でいえば「起」の部分.能楽でいえば「序波急」の「序」,本書は第1から第4部まであり,各著者がそれぞれのテーマで論旨を展開しますが,導入の「起」や「序」について,宮田先生は見事のその大役を果たしてくれました.1~3章を読むと全体が俯瞰できます.それと宮田先生のパートナーも医師ですので,医師同士の夫婦二人三脚ぶり(めちゃくちゃポジティブ!)のコラムはユニークです。2児の母の立場でもあり,アメリカだけでなく,カナダでの医師生活の経験もあり,アメリカとカナダの育休文化の違いなども着目です.余談ですが,宮田先生はいつも〆切日100%厳守(!),原稿もお頼みしたことも常に1番にご返事いただいて,編集部はもう頭が上がりません.

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ハーバーUCLA 病院腎臓内科(右から2人目・妊娠中の宮田医師)

中嶋優子医師(第2部;4~6章まで)

知る人ぞ知る,日本人初の米国EMS(プレホスピタル)専門医.国境なき医師団でも活躍されています(現在副会長).キャリアを拝見すると「お~!」(どの方も「お~!」ですが)となってしまうのですが,文章がとても面白いのです.茶目っ気があるといいますか,毎回原稿をもらうごとに編集部は「クスっ」となっておりました.中嶋先生のパートナーはなんと専業主夫でらっしゃいます.そのパートナーの方とのエピソードがまた面白い.とにかく面白づくめでらっしゃいますが,病院や組織では頼りになる親分的な存在のようです.ちなみに,中嶋先生,原稿の提出はいつもぎりぎりでございました(笑).でも「またお仕事をご一緒にしたい」と編集部がつい思ってしまうのですから,大変なご人徳と力量がおありと拝察します.

中嶋先生_02

EMSとして、NY市消防と合同トレーニング(中央・中嶋医師)

EMSとは,病院に到着するまでのプレホスピタル分野における患者の治療・安定化,救急車やヘリによる搬送,災害医療に特化したサブスペシャリティ

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カリフォルニア大学サンディエゴ校救急部.レジデントの部下らと夜勤中

※中嶋医師だけ写真が2枚の理由は、いち編集部のリアルチームの女性スタッフ3名に写真のセレクトをお願いしたところ、金髪のイケメン研修医がいるこの写真を3名とも推したことによる

兼井由美子医師(第3部;7~10章まで)

兼井先生,兼井先生,兼井先生.私の中ではお名前を三回連呼したくなります.それほど印象深いです.なぜか? 原稿の内容をめぐって,先生と結構ディスカッションを致しましたから.でもその工程が今では懐かしい,その原稿のやりとりを通じて,アメリカで働く(日本でもいいとは思いますが)女性医師が何に悩み,何に頑張り,ご自身のキャリアと生活と家庭を保つために,何に優先順位を置いているのか.その原稿に記された文字の1つひとつから感じるとることができたからです.それはとても大事な気づきでした.本書の企画立案は当方ですが,じつは制作をチームの女性スタッフに担当してもらおうか迷ったことがあります.でも結局は私が担当しました.男性の目線を入れたかったからです.もっといえば,男性医師にも読んでもらいたい本にすべきと考えたからです.なので,男目線の指摘をしたこともあります.波と波はぶつかってこそ,次なるゆらぎへの調和を保ちます.だから兼井先生には感謝しかありません.編集部のお勧めは,7章【Dr,Kanaiの標準的な1日のタイムスケジュール】(NYの循環器インターベンションの日常,まじ,すごいですよ).それと2人のお嬢さんの愛らしいお写真も必見です.そう,兼井先生のパートナーも専業主夫です.

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職場のカテ室にて(中央・兼井医師)


長阪美沙子医師(第4部;11~14章まで)

まず「マララの翼」のエピソードに打たれました.第4部は起承転結の「結」ですから,論旨や視点も多重奏になります.きっと日本の男性医師にはかなり響く第4楽章です.本当にきっちりと読んでいただきたい.そしてフィナーレに向けて,さまざまな提言が盛り込まれています.不思議なことに第1楽章,第2楽章,第3楽章と各先生が自分のミッションを意識するかのごとく論旨を展開し,そして長阪先生の第4楽章で一気にフィナーレとなる感じがします.「すべては個人の能力や適性の問題」と言い切った長阪先生のメッセージを読んだとき,個人的な感想ですが,【ガラスの天井】を突き抜けたような気がしました.そして本書の最後を長阪医師は、このような言葉で結ばれています.

「情熱をもって取り組みたいことがある場合,ほかの人たちが応援したくなるように戦いなさい」.そのとおりだと思います.改革は1 人ではできません.一夜にして起こるわけでもありません.この本を手に取っていただいた皆さまの中から,医師という仕事の素晴らしさと大変さを共有し,男性医師・女性医師を問わず,よりよい医療を安全に提供できる社会を変えていく,そのことに賛同していただける方々が出てきてくださることを願っています」

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2020年世界肺癌学会Santa Monica Meetingにて

みなさんもこんなに魅力的な女性医師が紡ぐメッセージを読んでみたいとは思いませんか.この本には、女性医師というプロフェッションにかかわらず,女性として社会で働き,生き抜くための力強い意思と知恵が込められているのです.『あめいろぐ女性医師』、きっと、どの章から読んでも面白いと思います。

(次回、最終回)

ご清聴(読)ありがとうございました。

2020.9.26

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