見出し画像

【書肆じんたろ店主の毒になる話】パワハラ問題を考える三冊!

宝塚歌劇団の団員の自殺があってから、パワハラといじめがまた話題になっている。
しかし、調査報告書が出ても、劇団側と遺族側はパワハラの事実をめぐって食い違っている。

【叱責・指導】
 このほか叱責について報告書は、業務上の必要性が認められるとしました。
 また、厳しい指導についても、社会通念に照らして許容される範囲内と表現。結論として、いじめやハラスメントは確認できないということでした。
 調査報告書には、遺族側が提出した「LINE」でのやり取りの記載がなく、遺族が求める謝罪・補償について一切言及はありませんでした。
 
 遺族側と劇団側の間には食い違いが目立ちます。

「業務上の必要性」と劇団側は言っている。
パワハラなのか指導なのか、加害者側と被害者側が事実認識をめぐって食い違う場合がある。
そもそもパワハラとは何なのか?


井口博『パワハラ問題』新潮新書

そこでまず読んだらいいのはこの本だ。

弁護士が書いた本なので当然、法律や裁判例の記述が多い。
でも、それはそれで参考になる。

2020年6月からパワハラ防止法が施行されたこともあり、こういう本が多い。そのなかで、これはコンパクトにまとまっている本だと思う。

パワハラの判断基準について、厚生労働省では以下の3つの要素のすべてを満たすものと定義している。

1.優越的な関係を背景とした言動
抵抗や拒絶が難しい関係性に基づく言動。上司から部下への言動はもちろん、知識や経験が豊富な社員がそうではない社員に侮蔑的な言動をすることや、社員が集団で行う嫌がらせなどが含まれる。
2.業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
社会通念に照らして明らかに業務上必要性がないか、適切ではない言動である。
3.身体的若しくは精神的苦痛を与えることで、労働者の就業環境が害されるもの
パワハラによる身体的または精神的な苦痛によって就業環境に看過できない程度の支障が生じること。「平均的な労働者の感じ方」を基準として判断する。

「平均的な労働者の感じ方」というのは、裁判で示されるものだろう。日常的には主観でしかないと思う。

テレワークが増えてから「テレハラ」というのもあるらしい。
オンラインの会議で、「カーテンの柄がかわいいね」というのもNGらしい。
公的なことに私的な自宅の様子が映り込むのが問題の原因だろう。

この本を読むと経営側がどうすれば、パワハラを防げるか、裁判でどう対応できるのかがだいたいわかる。
宝塚歌劇団の劇団側も法律や過去の裁判に基づいて主張しているのがわかる。

しかし、最近パワハラが問題になる背後には、法改正の影響もある。
法律が底辺にあるとしても日常では、法律とは違うところで動いていたりする。
「平均的な労働者」なんて観念上のことだからだ。

パワハラ相談員が言ってはいけない禁句が書かれている。

「あなたにも悪いところがあるのではないですか」
「それくらいみんな我慢していますよ」
「なぜやめてくださいと言わなかったのですか」

これらは相談者を傷つける言動だからだ。

上司が部下に言ってはいけない言葉もある。

「なんでできないんだ」 → 「いっしょに考えてみようか」はOK
「やるのが当たり前だろ」 → こう言われては反発するだけ
「もうオレは知らん」 → 突き放してしまうのはNG 
「会社に入って何年になるんだ」 → 言われてもむなしいだけ
「あいつはこんなに営業成績がいいのに」 → 比較されると劣等感が植え付けられるだけ

でも、こういうパワハラ防止研修を受けると、管理職がビビってしまい、放任主義になってよけいにパワハラが起きるケースもあるらしい。

部下の叱り方5原則というのがある。

①叱責の原因である事実に間違いはないか
②叱責の原因に対する弁明を聞いているか
③叱責の態様に行きすぎはないか
④叱責が社員間の公平を欠いていないか
⑤叱責がペナルティを伴うときに過大になっていないか

部下が過大な仕事量を引き受けたときも注意が必要だそうだ。
部下がやってみて、精神的苦痛の限界を超えることもあるからだ。
上司がチャレンジングな仕事を命じると、部下は断りにくい。
でも、引き受けてみて体調を壊してしまい、退職したケースも描かれている。
こう言う場合、上司は仕事を命じた後もフォローすることが求められる。


最近話題になっているのが、この本。

津野香奈美『パワハラ上司を科学する』ちくま新書

東京大学で保健学の博士号を取得している著者はひたすらハラスメント研究に時間を費やしてきたみたいだ。現在は神奈川県立大学大学院の准教授。
著書名の通り、研究データを満載した本だ。

パワハラ行為者の個人特性に着目したパワハラ対策という章がある。

①パワハラ行為者に「自ら気付いてもらう」という幻想を捨てる
②文書で注意を行う
③管理職への登用の際、性格傾向にパワハラ気質がないか確認する

こういうことが大事だそうだ。
とくに①は、人の痛みに気付かないからこそ無意識にパワハラを行ってしまう。自ら気づくという甘い幻想は捨てるべきだという。

パワハラが起きやすい職場の特徴も研究結果としてあるようだ。

・上司と部下のコミュニケーションが少ない
・残業が多い/休暇を取りづらい
・業績が低下している/低調である
・ハラスメント防止規定が制定されていない
・失敗が許されない/失敗への許容度が低い
などである。

従業員がどちらかの性別に偏っていたり、女性管理職の比率が少ないこともその要因になるようだ。

パワハラ上司にならないための方策も書かれている。
そのひとつに「感情の自己認識力を高める方法」がある。

・怒りを感じたときには、日時・場所、事実と思考、自分のなかにあった期待や価値観を記録する
・「怒り」の裏にある一次感情や、自分自身の信念・価値観・期待を知る
・自分の信念や価値観を人に押し付けることはやめ、自分のなかだけで大切にする
・「自分のできているところ」「自分ができていないところ」について、上司・同僚・部下からフィードバックをもらう
・リラックスしながら自分の感情を観察する

ハラスメントが起きる原因のひとつに「世代間・文化間のギャップ」という問題もある。

上司世代と部下世代のモチベーションギャップがあるらしい。
アンケート結果では、上司世代の場合、やりがいや達成感、出世・ポジションの獲得、生活の基盤づくりや給与アップが上位に来る。
それが部下世代では、顧客からの感謝や評価が約半数を占め、社内での存在価値や役割がそれに続く。
部下世代が大事にするのは「承認」なのだそうだ。

上司世代にすれば、それは甘い、ゆるいことなのかもしれない。
しかし、時代は確実に変わっているのだ。

宝塚の問題にもこの世代間ギャップがあったのではないだろうか?
昔なら当たり前のことが、今は違う。

【元宝塚歌劇団団員 東小雪さん】
「ある種の文化として罵倒するというのがあったので私も(入学して)びっくりしました。例えば音楽学校の予科生でお風呂に入らせてもらえなかった、洗濯できなかった、眠れなかった、本科生から怒鳴られた、寒い中、立ちっぱなしにさせられたりとか挙げればきりはないんですけど、コンクリートに膝をついて真っ赤になるまで謝り続けなければならなかったとか」

元劇団員の東小雪さんは自分も加害者だったと言っている。

では、どうすればパワハラはなくなるのだろうか?
なくならないかもしれないが、解決の糸口はどこにあるのだろうか?

そのヒントになる本がこれだ。

中川瑛『ハラスメントがおきない職場のつくり方~ケアリング・ワークプレイス入門』大和書房


パワーハラスメントの本にはだいたい同じようなことが書かれている。
この本はそれだけではなく、組織のケアの問題として様々な方法が述べられているのが特徴だ。

まず、ダークトライアドと呼ばれるハラスメントを起こしやすい人たちのことが書かれている。

サイコパシー:人の痛みが分からない。
マキャベリアン:目的のためなら手段を選ばない。
ナルシシズム:自分中心で他人を道具のように扱う。

こういう性質のひとが組織にいると組織が壊れる。
しかし、組織の上に行ってしまう場合もある。仕事ができるだけで管理職になってしまうケースがあるからだ。
仕事がよくできるひとがパワハラを起こすケースも多い。
その人がマネジメントして行う部下への指導にグレーなこともある。

ハラスメントと言えるかどうか、よくあるグレーなケース。

・これみよがしにするため息
・困っている部下に気づきながら、放っておくこと
・暴言こそ口に出さないものの、徹底的に責める
・自分のやり方を押し付けて、他者のやり方をバカにする
・「冗談だからね」と断りながら。からかい続ける
・休日や深夜、四六時中、返信不要とことわりつつも連絡する
・質問をすると、あからさまに面倒くさそうな顔をする
・率直に意見を言うと、「細かい」「面倒なやつ」と認定する
・「なんでも言って」と伝えながら、発言すると不快そうにする

今、世の中ではアンケートをとると、こういうケースも含め、5人にひとりはハラスメントを受けたことがあると答えるらしい。

マネジャーには新たな役割が求められる時代になっているのだろう。

組織においては部下よりもマネジャーに、ケアすることや、ケアを可能とする環境作りに対して、重い責任があるのです。その責任を果たすマネジャーをケアリング・マネジャーと呼ぶことにします。

この本では、ハラスメントを起こさないことについて、「ニーズを知ること」と「ケアをすること」が組織に求められることをテーマに著者が書いている。

     <個人>              <組織>
(言動) ためらいながらニーズ   制度や仕組みを提案する
     をケアする
(判断) 問題をシステム思考で   幅広いニーズを把握して支持を得る
     捉え直す
(価値観)正誤、優劣に価値を見   多様な評価・報酬制度とキャリアパ
     いださない        スを作る
(根源信念)人を測る尺度はない   利益の追求を唯一のゴールにしない
     と知る

「ためらい」はいいのだそうだ。
むしろ、それは言葉選びの過程だとか。

加害者の変容には、7つのステップがある。

①「悪意のない」加害を指摘する
②「変わりたい」というニーズを引き出す
③否認・自己憐憫する加害者を否定しない
④学習を支援し、支援者もいっしょに学ぶ
⑤弱音を吐ける場を用意する
⑥変容の成果を喜び合う
⑦間違うたびに、学び直す

アクティブバイスタンダー(active bystander)の問題も触れられている。
自分が直接被害を受けているわけではないけれど、そんな状況をなんとかしたい・・・と行動する人たちのことだ。
アクティブバイスタンダーができる5つの行動がある。

①Distrast 加害者の注意を逸らす
②Delay 後から被害者の意見を聞く
③Document 証拠を残す
④Direct 直接介入する
⑤Delegate 第三者に助けを求める

ただ、個人ができることには限界がある。
組織の仕組み作りの必要性についても書かれている。

誰でもパワハラの被害者や、いや加害者にもなりうる。
アクティブバイスタンダーにもなりうる。

職場にアクティブバイスタンダーとして振る舞えるひとが多いとパワハラは少なくなるかもしれない。
しかし、逆に噂やデマで動く職場だとパワハラはなくならないだろう。

ニーズとケア。
これからの時代は、それを基本にして、組織を見直さないといけない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?