五十年目のラブコール

高瀬 甚太

 今はもう潰れて、誰もその店の噂をする者はいないが、船場の舟木屋というのは、それはもう隆盛を極めた、大阪では知らないものがいないほど老舗の紙問屋だった。明治から大正、昭和と、三代続いた老舗の問屋が、終戦後しばらくして没落したのは、必ずしも戦争だけが原因ではなかった。
 確かに戦争で、店の主人だった舟木正春が戦死したことは痛手だった。だが、すでに息子の正明が跡を継いでいて、店の経営自体には大きな影響はなかったが、高度経済成長の波に乗れず、老舗の看板のみに頼った経営では、いずれその命運は限られていた。
 低調な経営が続く中で、店主である正明が博奕と女に手を出して借金を重ね、店の経営はいよいよ困難を極め、長くいた従業員が一人減り、二人減りし、昭和四十年の秋、とうとう閉鎖に追い込まれた。
 舟木屋には、二人の娘がいて、長女のことを使用人たちは「いとはん」と呼び、末娘のことを「こいさん」と呼んだ。
 舟木屋が倒産した時、すでに長女のいとはんこと、舟木あやめは老舗の木材屋『但馬木材』に嫁入りしていたが、こいさんこと舟木みやこは十九歳で、花嫁修業中の真っただ中だった。そのため、倒産と同時に舟木みやこの運命は大きく暗転した。

 えびす亭に出入りする客の中に、鴨田裕次郎という七十過ぎの老人がいる。無愛想極まりない老人で、えびす亭の客には極めて評判が悪い。ところがこの老人、えびす亭のどこが気に入ったのか、毎晩、決まった時刻にえびす亭にやって来る。
 常連客の中には、露骨に鴨田老人のことを悪く言う者がいた。「えらそうだ」とか、「プライドが高い」、「挨拶もろくにしない」がほとんどだったが、鴨田老人はそんなことなどお構いなしに一人、黙々とカウンターで酒を呑み続けていた。
 鴨田老人と同時刻にえびす亭に顔を出す、しげやんと呼ばれる五十前後の男性がいた。気位の高い鴨田老人と違い、愛想のいい、腰の低い人で、店にやって来ると、客たちが、「しげやん、いらっしゃい」と温かく声をかける。二人はまったく対照的であった。
 ある時、その二人が隣同士になった。二人同時に店に入り、マスターが二人を一緒にカウンターに案内したものだが、案の定、二人の間に会話は生まれなかった。鴨田老人はしげやんが嫌いなようであったし、しげやんも鴨田老人のことが好きではないようだった。
 正面を見て、黙々と呑み、食べる二人だったが、あろうことか、鴨田老人がしげやんに、突然、声をかけた。
 「きみのその腕時計……、どうしたんだ?」
 しげやんは驚いた。いや、しげやんだけでなく、マスターも、客の多くも驚いた。鴨田老人が自分から話しかけるなど、滅多にないことだったからだ。
 「その腕時計だよ。どうしたんだ?」
 再度、鴨田老人に聞かれて、しげやんは、不満げに答えた。
 「これはおれの母からもらったものだ」
 「母? きみのお母さんのものか。申し訳ないが、その腕時計、私に見せてもらえないか?」
 しげやんは渋々、腕時計を外し、それを鴨田老人に手渡した。
 しげやんから腕時計を預かった鴨田老人は、かけていたメガネをはずしてじっとそれを見続けた。見ているうちに、鴨田老人の目からみるみる涙があふれ出した。
 その様子を見て、しげやんが聞いた。
 「おれの腕時計……、どうかしたんですか?」
 目を丸くしながらしげやんが聞くと、鴨田老人が涙に濡れた目でしげやんを見て言った。
 「きみのお母さんの名前だが、旧姓は舟木みやこじゃないか?」
 「え、ええ、そうですけど」
 腕時計をしげやんに戻しながら、鴨田老人はしんみりとした口調で言った。
 「やっぱりそうか……。ところでお母さんは元気にしているかね?」
 しげやんは、鴨田老人が自分の母を知っていることに驚きを隠せなかった。確かに年代はよく似ていたが、鴨田老人と母との接点を見つけ出すことができなかった。
 「元気すぎるぐらい元気にしていますよ」
 しげやんの言葉に、鴨田老人は安堵の表情を浮かべ、つぶやくようにして言った。
 「そうか……。元気にしているのか」
 「鴨田さんは母のこと、なぜ、知っているんですか?」
 しげやんの問いかけに、鴨田さんは、しげやんの腕時計を指し示して言った。
 「その腕時計、私がプレゼントしたものだ。時計の裏に私のイニシャルが彫ってある」
 しげやんの驚きようは半端ではなかった。
 「私の母に鴨田さんがプレゼント!?」
 鴨田老人は、昔を懐かしむような表情で、一人語りのように語り始めた。

 ――きみのお母さんは、船場のこいさんでね。私たち、船場で働く者にとって、憧れの人だった。私は、その頃、船場の織物問屋で働いていて、二軒隣にあった舟木屋のこいさんのことをいつも憧れの目で眺めておった。
 こいさんは、美人なのに、とても明るくて親しみやすい人で、私らにもよく声をかけてくれた。しかし、老舗のこいさんは、私たちには遠い人でしかなく、私から声をかけることなど、できるような存在ではなかった。
 私は、一日も早く、こいさんと対等に付き合えるようになりたい。その一心で働き学んだ。そんな努力の甲斐もあって、私は二十二歳で独立し、堺で織物問屋を営むことができた。
 船場を去る日、私は、こいさんが学校から帰って来るのを待ち伏せして、こいさんに自分の気持ちを打ち明けた。こいさんは、突然の私の告白に面食らったようだった。
 私は、近いうちに必ず迎えに来ます。と約束をしてその腕時計をプレゼントした。
 こいさんの気持ちはわからなかった。ただ、彼女は、その腕時計を手に取って、「嬉しい」と言って、腕時計を抱きしめてくれた。私にはそれだけで充分だった。私は小躍りする気持ちを抑えて船場を出て、堺で頑張った。一年経って、ようやくやっていける自信を掴んだ私は、意気揚々と船場に向かい、こいさんの元に行った。
 だが、老舗の舟木屋は私が訪れる三か月前に倒産し、一家は離散していて、誰に尋ねてもこいさんの行方はわからなかった――。

 しげやんは驚いた。しげやんは自分の母が船場のこいさんだったことを母から一度も聞かされたことがなかった。しかも、鴨田さんに惚れられていたなんて。
 しげやんの知っている母は、こいさんどころか、正真正銘の大阪のおばちゃんだ。とても男性に恋い焦がれられるようなタイプではない。若い頃から苦労して、いろんな仕事をやって来たと聞いている。結婚したのは二十七歳の年、最初の男はギャンブル狂いの甲斐性なしで、二度目の結婚でしげやんが生まれた。しげやんを生んだ後、立て続けに三人の子供を産んだ肝っ玉母ちゃんだ。しげやん曰くこいさんの面影なんてどこにもない。
 「ご主人は健在かね」
 鴨田老人に聞かれたしげやんは、
 「ずいぶん前に亡くなりましたよ。アル中で、仕事もろくにしない情けない親父でした。おかげで私たち子供とおかんはずいぶん苦労させられました」
 と焼酎の入ったグラスを一気に呷りながら言った。
 「そうですか……。ずいぶんご苦労されたんですね」
 そう言いながら、鴨田老人はポケットからハンカチを取り出すと、そっと目頭をぬぐった。
 「それにしても奇縁ですね。鴨田さんと私のおかんが知り合いだったなんて」
 隣同士にならなければ、ずっと気付かないままでいた。これも何かの縁だと思ったしげやんは、鴨田老人に「どうぞ」と言って、ビールを一本差し出し、グラスに注いだ。
 「ありがとう」
 鴨田老人は、しげやんに礼を言い、そのついでに、
 「お願いがあるんだが……」
 と切り出した。
 「きみのお母さんに会わせてくれないか」
 鴨田老人の真剣な表情を見て、しげやんは戸惑った。戸惑いながら、遠回しに断るようにして言った。
 「それはいいですけど、会ったらきっとガッカリしますよ。会わん方がいいです」
 だが、鴨田さんは平気だった。
 「いや、ぜひ、会いたい。しげやんお願いします」
 鴨田さんは深く頭を下げて、しげやんに頼み込んだ。必死に頼み込む鴨田さんを見て、しげやんはいよいよ断れなくなり、とうとう、「わかりました」と白旗を掲げて鴨田老人に伝えた。

 その夜、しげやんは家に戻ると、守口に住む実家の母、みやこに電話をした。
 「おかん、頼みがあんねけど」
 「金やったら無理やで」
 「金違うねん。おかんに会いたいという奇特な人がおんねん」
 「借金取りやったらお断りや」
 「おかん、昔、船場でおったことあるんやてな」
 「……」
 「その時、おかん、こいさんやったらしいやないか」
 「昔の話や。忘れてしもうたわ」
 「やっぱりそうか。おかん、その時、プロポーズされたことあるやろ」
 「プロポーズ? 何やそれ」
 「おれがおかんからぶんどった腕時計、プレゼントしてくれた人や」
 「え……!」
 「鴨田さんという人でな。その人と今日、偶然、会うたんや」
 「何やて、ほんでおまえまさか、あたいのこと言うたん違うやろな」
 「それが言うてしもうたんや。おれのおかんやて」
 「何ということを……」
 「鴨田さん、おかんに一目だけでも会いたいらしいわ」
 「あ、会わん。あたいは会わん。会いたいけど会わん」
 「約束してしもうたんや。おかんに会わせるて。頼むわ、おかん、鴨田さんにちょっとでもええわ。会うたって」
 「……」
 「えびす亭、知ってるやろ。おれがいつも行っている呑み屋。あそこへ鴨田さんいつも来るんや。そこでちょっとだけでも会われへんか。鴨田さんはおかんに会いたがっている」
 「鴨田さん、どないな感じやった?」
 「おかんと同じぐらいの年やけど、背筋がピンと伸びていて、ええ服着て、結構、金持ちみたいに見えた」
 「そうか……。鴨田さん、昔から頑張り屋やったからな。よう働く真面目な人やった」
 受話器の向こう側で、おかんがため息をつく声を、しげやんは聞いた。
 「おかん、おかんも鴨田さんに会いたいんやろ。会うたらええがな。鴨田さんには、多分、昔の面影、微塵もおまへんでって言っておいたさかい」
 「なんでそんなガッカリさせるようなことを言うねん」
 「しようがないやんか。ほんまのことやから」
 あれこれと問答を繰り返した揚句、しげやんのおかん、みやこは決断した。
 「わかった。あたいも鴨田さんに会いたい……。えびす亭には何時に行ったらええねん」
 しげやんは、鴨田さんがえびす亭にやって来る時間をおかんに告げて、電話を切った。

 しげやんのおかんのみやこは、小学校の給食を作る仕事に従事していた。その仕事に就いて十年余りになる。それまでは惣菜を作る工場で働き、その前はビルの掃除婦をしていた。
 舟木屋が倒産して以来、みやこはずっと不遇をかこってきた。父が失踪し、行方不明になって家を追い出され、若くして母が亡くなり、姉に世話になることもできず、みやこは様々な仕事を変遷して暮らしを立ててきた。
 最初の夫とは一年持たずに離婚した。二度目の夫はやさしいだけが取り柄の甲斐性なしだった。いつも酒浸りで、働くことの嫌いな人だった。生活保護を受けることも考えたが、結局、受給せず、みやこが一人で働いて生計を立ててきた。
 その夫がアル中から来る肝硬変で亡くなって以来、みやこはずっと一人暮らしを続けている。子供たちはそれぞれ家庭を持ち、一緒に住まないかと誘ってくれるのだが、働けるうちは誰の世話にもなりたくない。そう思って働き続けてきた。
 思い出すのは一つだけ。鴨田のことだった。生まれて初めてプロポーズされ、腕時計をプレゼントされて舞い上がってしまい、何も言葉を返せないまま、家が倒産した。鴨田に連絡をしようと思ったが、鴨田の連絡先を聞いていないことに気付き、そのまま嵐の中へ放り出されてしまった。
 みやこは、鴨田にプロポーズされるまで、鴨田を意識したことはなかったが、プロポーズされてから鴨田を意識するようになった。だが、鴨田はすぐに店を辞め、独立したため、それ以後、みやこは鴨田と一度も会っていない。
 連絡をくれない鴨田に、みやこは、あのプロポーズは、冷やかしか冗談だったのだろうといつしか思うようになった。
 それでも、もう一度、あのプロポーズが真実だったのかどうか、聞きたいという気持ちだけは持ち続けてきた。あれから五十年以上経った。今ではその思い出もほとんど消えかかっていた。息子に、プレゼントされた時計を取られてからは特にそうだった。記憶の中から消滅寸前でいた。
 その鴨田に息子が会ったという。今の自分が会ってもガッカリさせるだけだと思ったが、会いたいと思う気持ちは次第に高まって来た。会ってどうなるものでもないが、一つだけ、自分へのプロポーズは本当の気持ちだったのか、それを確かめたいと、それだけを思っていた。
 給食の仕事を終えて、一度、帰宅したみやこは、大事にしまっておいた、こいさん時代の晴れ着をタンスから取り出した。
 白を基調に、桜の花を散りばめた最高級の着物を手に取ったみやこは、思い切ってその着物を着ることにした。こいさん時代とは体型もずいぶん違い、顔の大きさもまた違っていた。第一、着れるかどうかもさえわからなかったが、帯の窮屈ささえ我慢すればどうにか着ることができた。着物を着たみやこは、その足で美容院へ急いだ。パーマっ気のないボサボサの髪を丁寧にほぐしてもらい、三千五百円も奮発してパーマを当てた。
 最初、小太りのおばあさんが晴れ着を着て現れたことに驚いた美容師だったが、みやこの話を聞いて感動し、一夜限りのシンデレラにとしてあげようと奮い立ち、みやこは大変身を遂げた。
 この日、しげやんはいつもより早めの時間にえびす亭に現れた。しげやんはマスターに事情を話し、自分のおかんと鴨田老人の話をし、今日、ここで二人が五十数年ぶりに対面するのだと説明をした。
 マスターも客たちもその話を聞いて、鴨田老人としげやんのおかんの対面をみんなで温かく見守ろうじゃないかということになった。
 やがて鴨田老人が現れた。だが、鴨田老人は、しげやんのおかんが今日、現れることを知ってはいなかった。いつものようにビールを注文し、しげやんがいることに気付くと、頭を深々と下げて、「昨日はありがとうございました」と礼をした。
 しげやんは、おかんがどんな格好で現れるか、気が気ではなかった。まさか、昔の若かった頃のスタイルで現れるのでは……、そんな危惧を抱いたが、その言葉をすぐに打ち消した。おかんもそこまでアホやないやろと……。
 みやこがガラス戸を開けて入って来た時、しげやんは、思わずずっこけた。危惧した通り、そのままのおかんが現れたからだ。晴れ着を着て、パーマをかけて、でも履いているのはいつもの底のすり減った靴だ。まるでちんどん屋ではないか、そう思って目を覆った。
 「こいさん……!」
 鴨田老人は、ガラス戸を開けて入って来たみやこを見て、そう叫んだ。小太りで顔まで丸くなり、皺だらけのおばあさんなのに、女性が成人式に着るような晴れ着を無理やり着ているというのに、鴨田老人はみやこであると看過した。
 「おかん、なんちゅう恰好してるんや」
 しげやんは顔を真っ赤にしてみやこに近づいた。だが、それより早く、鴨田老人がみやこに近づいた。
 「こいさん、お久しぶりです」
 鴨田老人はみやこの手を握り、まるで子供のように泣きじゃくった。みやこもまた、その手を握り返して泣いた。しげやんはそんな二人を呆然と見ていた。マスターも客たちも、二人を見て言葉が出なかった。
 「変わらないですね。みやこさんはいつまでもお美しい。昔と一緒だ」
 鴨田の言葉にみやこは肩を震わせて泣いた。
 「鴨田さんこそ、相変わらず素敵です。本当に立派になられて……」
 「私、あれから一年、頑張ってどうにか道筋がついたので、あなたをお迎えに上がりましたのですが、その時はもう舟木屋が潰れていて、あなたの行方を捜しましたが、わからなかった。いろんな方法を使って、調べました。ようやく行き着いたと思うと、すでにそこは引き払われていて、とうとうあなたをあきらめざるを得ませんでした」
 いつも賑やかなえびす亭が静まり返っていた。入って来た客も、様子を察してトーンを落とし、二人を見守っている。異様な雰囲気の中、二人は五十数年ぶりの会話を交わした。
 「あの言葉は本当だったのですね。それをお聞きしただけで、私はもう充分です。少しでもあなたの愛を疑ったこと、本当に申し訳ありません。よかった……。私は、これでいつ死んでもかまいません」
 そこにいるみやこは、いつもの小うるさい、文句いいのおかんではないと、しげやんは思った。目を瞑ると、若かりし日の二人が自然によみがえって来るような気がした。
 「私、しばらくずっと独身でいました。いつかあなたにお会いできる、そう信じていましたから。でも、両親や周りのすすめもあって、三十二歳の年に見合いをして結婚しました。でも、長続きしませんでした。私の中にあなたがいることに気付いた妻は、二人の子供を残して、私の元から去って行きました」
 鴨田老人は、そう言って、みやこの手をもう一度、強く握りしめると、
 「こいさん、私からのお願いです。私があなたにプロポーズをしたあの時間にもう一度時計の針を戻していただけませんか?」
 「時計の針を戻す……?」
 「そうです。改めて、あなたにプロポーズをさせてください。遠回りをしましたが、私と共に、残り少ない人生を共に歩んでください」
 鴨田老人のしゃがれた声がシンと静まり返った店内に響く。息を飲んで成り行きを見守るえびす亭の客たち、その中で当然のことながら、しげやんが一番、ショックを受けていた。自分のおかんが、七十を過ぎた婆が一世一代のプロポーズを受けているのだ。とても平常心でおれず、しげやんは夢でも見ているような錯覚を覚えた。
 「はい!」
 みやこが声を張り上げて、鴨田老人に向かって言った。五十数年間、その返事だけを言いたくて生きてきたのではないか、そう思えるほど、みやこの魂のこもった返事だった。
 みやこの返事を聞いた途端、静まり返っていたえびす亭がドッと沸いた。
 
 結婚式こそ挙げていないが、みやこと鴨田老人は翌日から一緒に暮らすようになった。しげやんは複雑な気分だった。あんなに嫌っていた鴨田老人が、自分の義父になるのだ。このわけのわからない現実をどう受け止めたらいいのか、わからないまま、とりあえず、しげやんは二人を祝福した。
 鴨田老人は、今、魔物に取りつかれて夢を見ているだけなのだ。現実を直視したその瞬間、鴨田老人はギャッと声を上げておかんから離れるに違いない。しげやんはそう思って二人の行く末を楽観視していた。
 だが、二カ月経っても、半年経っても、鴨田老人は魔力の虜になったままだ。今日も同じ時間にえびす亭にやって来る。おかんと仲よく手とつないで――。
<了>


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