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リストラのお作法

昨今、GAFAMやアクセンチュア等、超一流のグローバル企業でリストラの嵐が吹き荒れている。今のところ、大規模なリストラをやっていないのはアップル社だけだ。Google社の日本支社では労働者が団結して経営陣と対峙するなどの事態に発展している。

もともと外資系(特に米国系)企業は、整理解雇を頻繁に、かつ、経営立て直しの一つの手段として良く活用する。それが一人の労働者にとって歓迎するべき事か否かは別として、米国内ではある程度の社会的合意をもって行われている。

しかし、労働法による解雇制限は各国において異なる事情がある。ご存じの通り、日本には「解雇権濫用法理」という厳しい解雇規制があり、会社の経営陣は簡単には労働者を解雇出来ない。

私自身、様々なキャリアを経験してくる中で、雇用関係で非常に厳しい体験をした事もあり、かつ、人事職としてリストラを執行する側でもある為、今回は改めて「リストラのお作法」についてまとめてみたい。

大前提として、会社は経営が困難な状態に陥った時、財務状態や事業体制を立て直す為に速やかにリストラを行う必要がある。無論、リストラによる解雇をやらないに越した事は無いが、少なくとも経営陣が行う手段として確保しておくことは必須だ。そして、それに伴う感情的な痛みは決してなくなる事は無い。しかし、それが法的な紛争にまで進むか、それともきっちりと決着が着いて経営陣も労働者も前を向いて次に進めるか、は経営陣の努力次第で左右する事が出来る。裁判にまで発展する労働争議は、日本国内においてほぼ労働者側に有利な判決が下る傾向にある。会社の経営陣は労働争議に発展した時点で負けなのだ。実際に裁判に勝利したとしても、そこに費やすリソースを無駄遣いするという観点で、無駄が多すぎ、得るものが少なすぎる。

人事担当として、会社がリストラをしなければいけない時、その方針に反対するつもりはない。しかし、そのプロセスは慎重かつ巧妙に設計されていなければならない。ただでさえ傷跡が大きく残るのだから、ちゃんとした輸血処置や痛み止め等の対応を補填しなければ、取り返しのつかないダメージが社内に長く残る事になり、その後の立て直しに影響が出てしまう。

■トラブルを起こすリストラあるある6選

良くあるトラブルになりやすいリストラ例は下記の通りだ。

  1. 突然人事部門から希望退職募集の連絡が従業員全員にメールで配信される

  2. 表面上は希望退職募集といっておきながら、内実は指名で退職勧奨する

  3. 経営陣が自ら責任を取る気配がない(経営陣が退任しない)

  4. 社長が説明せず、人事部(人事担当役員)が前面に出て表面的な説明や対応を行う

  5. 退職パッケージに魅力がない

  6. 経営努力が見えず、その後の発展のビジョンが伝わらない


1.突然人事部門から希望退職募集の連絡が従業員全員にメールで配信される
はっきり言ってこれはあまりに失礼で礼を欠く行為と言える。リストラや経営の立て直し以前に、リーダーとしての資質の問題を感じる。
これを行うと、従業員に動揺が走り、士気が大きく低下する。それだけでなく、優秀な従業員から先に去ってしまうリスクも大きくなる。経営陣に対して失望するからだ。実際、私の所属していた過去の組織においても、部署の一番のエース社員が希望退職に応募し、部門長が対応に追われてしまう、という事もあった。

無論、会社側の言い分はある。機密情報や顧客情報を持ち出されたりしたら大変なので、PCのアカウントを即日ロックする等、防衛策が必要な事もある。しかし、情報の持ち出し等の問題行動(腹いせ行為)は往々にして労働者を解雇する際の経営陣側の不手際に対する怒りが源にあるケースが多い。

また、コロナ問題や従業員が複数の拠点で活動している時等で、全員を集めることが出来ないのもわかる。ならば、きちんとオンラインで伝えるか、各部署ごとに小さいミーティングを開いて個別に説明するべきだ。事前説明は決して省略して良いプロセスではない。

2.表面上は希望退職募集といっておきながら、内実は指名で退職勧奨する

希望退職を募集してはいるが、実際にはターゲットリストがあり、指名して退職勧奨をしている、という話が良くあるが、これも好ましくない。まずはきちんと自由応募を行い、それを締め切り、完了してまだターゲットリストの人が応募していない場合、第二回目の募集と共に行うのが常道となる。丁寧なプロセスを飛ばして行えば、裏で社員は陰口を広め、会社内に更なる動揺が広がるリスクが高い。

3.経営陣が自ら責任を取る気配がない(経営陣が退任しない)

これも良くあるケースで、非常に問題が大きい。会社のリストラは経営環境が厳しい状況下であれば、ある意味仕方がない。問題は、それを主導した人達が真っ先に退任したり、報酬減額になったり、降格したりしない、という事である。これは、多くのリストラ対象となった従業員が思う事であり、また、会社運営における道理にも適っていない。経営者は経営方針を決め、戦略を立案し、従業員にそれを実行をさせる。そして成果が出たら大きく報酬を得る。失敗したら責任を取って辞任する。これが経営者のあるべき姿である。従業員を解雇しておきながら、その事業部門のトップやCEOが自らを処分する決定を出していないのは、あり得ないだろう。

4.社長が説明せず、人事部(人事担当役員)が前面に出て表面的な説明や対応を行う

これを行うと、社長のリーダーシップと指導力は大きく欠損する。リストラそのもので人望を失う経営者はいない。誠心誠意、個人に対して対応する事で逆に尊敬を集める人もいる。もし仮に退職勧奨者が数名しかいないのであれば、社長自らが対応しないなどあり得ないだろう。経営者は忙しい、というが、それは優先順位の話である。

何も社長が労働法上の細かい部分や退職パッケージに関する取り決めを全部説明する必要はない。冒頭の10分~15分程度のしっかりとしたコンセプトの説明と、痛みを受けてもらう従業員への誠心誠意の謝罪、責任はすべて自分にあると言い切る言葉が重要となる。細かい部分については、人事担当に別途話をさせればよい。

5.退職パッケージに魅力がない

日本企業は往々にしてこれらをケチる傾向にある。裁判になるリスクや社内への影響などを考えた場合、最低でも6か月分、出来れば1年分のパッケージは欲しいところだ。リストラをされる側の人間も、それを宣言された時点で会社に残る選択肢は事実上ない。であれば、お互いお金ですっきり解決するのが良い。ポイントは「身銭を切っている感」がどれだけ従業員に伝わるか、という事である。

6.経営努力が見えず、その後の発展のビジョンが伝わらない

会社がリストラありきでその場しのぎの対応に迫られており、その後の方針転換、勝てる戦略ビジョン、力強いコミットメント等が全く見えない場合、従業員側はうんざりする。往々にして、3.4.とセットで表面化する事が多く、これも後で禍根を残す。特に不足する傾向にあるのは、コミットメントである。今回、大きな痛みを伴ってリストラをしたが、数年後には必ずこういう未来に到達して見せる!だからみんな自分を信じてついてきてくれ!と力強い声明を出せない社長は、もはや自ら退任するべきだろう。この時点で経営者として失格となる。

■リストラのお作法


では、会社がリストラを行わなければならない経営環境に陥ってしまった時、どのような対応をしなければならないのか。人事担当者として考えるプロセスを提案する。

1.経営陣と経営企画部門が集い、徹底的に議論し、リストラ案と新たな経営方針、戦略、ビジョンを創り上げる

2.新たに決まったリストラ案を経営幹部(本部長~部長クラス)に内々に説明する

3.経営幹部は社内エース社員(絶対に辞めてほしくない人)に個別に耳打ちをし、安心させる

4.全従業員向けに、社長自ら説明会を行う(オンライン可)

5.第一次希望退職を募集する

6.第二次希望退職を募集し、その際にターゲットリスト内の人に経営幹部が個別に退職勧奨を行う

7.希望退職者全員に対し、社長が会話をする(出来れば個別、人数が多ければ集合型説明会でも可)

8.速やかに退職手続きを進める(退職パッケージを速やかに支払う)


1.経営陣と経営企画部門が集い、徹底的に議論し、リストラ案と新たな経営方針、戦略、ビジョンを創り上げる

まず先に行うべきは、経営陣による徹底的な議論となる。決めなければならない事は以下のポイントとなる。

①財務、事業、人事としての具体的なリストラ案
これには、経費節減、事業縮小や売却、撤退、そして解雇や減俸などが含まれる。
この際、経営陣が自ら腹を切る姿勢を見せる事が重要となる。
退職勧奨ターゲットリストもこの時点でまとめる。出来ればそれにランク(必ず解雇/出来れば退職)を付けて置ければ尚良いだろう。
財務部門と人事部門にて退職パッケージの具体的な設計や予算編成等も事前に行っておくと良い。
これらの話し合いは社内ではなく、ホテルに泊まり込みで行うなど、社外で土日を使って行うと良い。従業員に情報が漏れにくいからだ。

②新たな経営方針と戦略
リストラ後にどのような経営方針で行くのか、過去の失敗を繰り返さないような新たなシナリオを描けるかがポイントとなる。

③経営ビジョン、企業理念等
新たな経営理念は後出しでも良いが、少なくとも短い言葉でまとめられた、経営陣の熱い想いがこめられたメッセージを出す必要がある。
出来ればこれは、新たに加わる取締役(候補)を含んで作れていれば尚良い。


2.新たに決まったリストラ案を経営幹部(本部長~部長クラス)に内々に説明する

経営幹部が一般従業員と同時にリストラ案を知らされるのは最悪である。一般従業員から質問攻めにあっても、自分も何も答えられない状態になるからだ。わかっていて答えない場合は「ちゃんと会社の発表があるから待っていてくれ」と言える。それもない状態だと混乱して通常業務に支障をきたしてしまう事もあるだろう。

3.経営幹部は社内エース社員(絶対にやめてほしくない人)に個別に耳打ちをし、安心させる

リストラを行う際の最重要の肝といって良いだろう。会社の中核を支える最重要人物を先に押さえておく事は、リストラ後に経営を最速で走らせることが出来るかの成否の分かれ目となる。経営幹部がこれを行っておくだけで土台が崩れるリスクは大きく減少するだろう。

4.全従業員向けに、社長自ら説明会を行う(オンライン可)

出来れば全社集会が良いが、会場手配や運営なども難しい為、また、海外と時差がある場合なども考えると、録画を含めたオンライン説明会が妥当だろう。この際、社長が必ず前面に出て説明責任を果たす必要がある事は言うまでもない。

5.第一次希望退職を募集する

ここで初めて人事部が公の場面に登場する事となる。詳細の説明が書かれた資料を配布し、丁寧に説明会を行い、質問に答える役割となる。あくまでこの時点では希望退職(自由応募)である事を忘れてはならない。

6.第二次希望退職を募集し、その際にターゲットリスト内の人に経営幹部が個別に退職勧奨を行う

第一次希望退職で十分なリストラが達成しない場合、第二次希望を募る事となる。また、ターゲットリスト内の人物が応募していな場合は、ここで初めて退職勧奨を行う。この役割は各部門の部長クラスが担い、必要に応じて人事部が支援するのが適切だろう。
退職勧奨を行う場合は、労働法務の専門家である弁護士に入念に相談をしながら行うと良い。出来れば弁護士から経営幹部に向けて事前の説明会を行ったり、マニュアルを配布したりすると丁寧だろう。

7.希望退職者全員に対し、社長が会話をする(出来れば個別、人数が多ければ集合型説明会でも可)

このプロセスを省略する企業が多いが、手間をかけたとしても社長自らこの会話を行う事を強く推奨する。何故か?法的紛争に発展するリスクを大きく下げる事が出来るからだ。ここで誠意ある対応を行い、豊富な退職パッケージを用意すれば、多くの従業員はわかってくれるだろう。ここでは言い訳がましい事は言う必要はない。率直な謝罪と、一人一人の未来を全力で応援する姿勢を見せるだけで良い。これは退職者へのケアだけでなく、残る側の従業員にも語り継がれることとなり、リストラ後の会社の結束力強化になる。

8.速やかに退職手続きを進める(退職パッケージを速やかに支払う)

当たり前の事ではあるが、人事部と経営陣並びに経営企画部門がきっちり連携していないと、思わぬトラブルやミスが発生するリスクがある。その為、担当者同士で入念に確認を行いながら手続きを進める必要があるだろう。何故かというと、退職勧奨を受けた従業員に対し、個別に「握らせる」場合もあるからだ。いわば、口止め料である。特に法的紛争に発展させることをちらつかせるような人物に効果的だ。これはこそこそする話ではなく、従業員と会社側の個別交渉、という話である。きちんと稟議書を残すなど、社内手続きは踏みつつも、内容は他の従業員に知らせる必要はない。この際、人事担当役員に予算を持たせてその裁量範囲内で柔軟に執行できるよう、予め設定しておくとスムーズだろう。

■最後に

会社が苦しい場合のリストラは、痛みを伴う。これは避けられないし、避けるべきでもない。問題を先送りするよりも、積極的に動いて事態に対処する方が、その後のV字回復に繋がる。

リストラを通じて見える事は、会社の真の人事ポリシーである。それは経営理念でどのように謳っているかいるかではなく、実際に経営陣は従業員にどのようなスタンスで接しているか、本当に向き合うのか、逃げ腰なのか、その真の姿が浮き彫りとなる。リストラされた人間は決して恨みを忘れない。それを傍で見ていた残る側の従業員も恐れおののき、会社への帰属意識を失うだろう。だからこそ、誠意ある対応こそが一番の処方箋となる。

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