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やっぱり正義はこの一冊から~『これからの「正義」の話をしよう』

ハーバードのサンデル教授の人気講義が書籍化されたもので、日本でも随分と昔に大きく話題になっていたのだけれど、読むタイミングが無かったので、今さら読んでみた。

サンデルの講義といえば、学生との掛け合いの中で正義にまつわる重要な問いや本質を引き出していく問答法のようなイメージを持っていたが、本書はそういった類の対話篇的な構成ではなく、普通にしっかりした講義資料のようなもの。

正義にまつわる主要学説と議論を丁寧に拾ってゆき、身近な例での思考実験や、現代社会における重要テーマと結びつけて解説していく良書であった。よくあるトロッコ問題などだけでなく、重要裁判における判例等もふんだんに盛り込まれいて、理論との照応の仕方、バランスがとてもよく、とにかく「うまくまとまってるなぁ」という印象だ。倫理・正義についての学は題材がすごく身近なだけに、読み終わった読者がどう具体的に疑問や考えを自分のなかで広げていけるかが、その本を評価するにあたり重要な評価軸であると思うのだが、その点で本書はかなりおすすめの入門書になる。

著者は、一見するととらえどころがない正義の概念を「自由」「福祉」「美徳」の3つをキータームとして紐解いていく。その中で、現代に至るまでの主な正義論である功利主義(ベンサム、ミル)、リベラリズム(ロック、ミル、ロールズ)、リバタリアニズム(フリードマン、ノージック)等をあげ、それぞれに解説を加えていく。また、上記とは少し角度の違う正義論として、カントの自律やアリストテレスの目的論・徳論を示す。

その上で、著者サンデル自身の立場としてコミュニタリアニズムを示して、本書は結びとなる。コミュニタリアニズムは、特にロールズの”無知のヴェール”―「誰しもが自分の生まれや境遇を知らないヴェールをかぶった状態で集ったときにどんな制度を選ぶか」が正義の基準になるという立場で、功利主義やリバタリアニズムは否定される―に対置され、自身が属しているコミュニティの規範からは逃れられず、そこを軸として物事を判断しようねという立場。本書に出てくる立場のなかでは、アリストテレスに最も接近していると言えるが、コミュニティという概念に注目するのが独特っぽい。

これには頷ける部分も多分にあるのだけれど、率直な感想として、コミュニティの規範とはなにか、と考えると、これもまたそこまで明晰判明なものではないように思えた。コミュニティの所在が多岐にわたり、自身とコミュニティとの距離感も多様にある現代において、この正義を用いて何がどう具体的・実効的に妥結されるのかイメージが持てない。正義が多分に”関係的”な規範であることを考えると、実態にはわりと即しているかもしれないが、使用に際してはいたずらに規範形成の変数を増やすことになるだけの、議論が混迷しやすいモデルなのでは?と思われた。

本書自体はコミュニタリアニズムの解説に重点は置かれていないので、このあたりを他の本で拾っていきたいところだが、ともかく、新旧の正義論がいい具合に概観できて、読んでよかった。

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過去の世代から価値観を継承するという意味では、保守主義と響き合う部分もかなりある。が、保守が主に自由・権利を受け継ぐのに対して、コミュニタリアニズムは規範・義務を受け継ぐとしているように見えるので、あくまで部分的な対応ではありそう。


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