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根源を問う~哲学のススメ

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哲学書のレビュー集です。自身、専門家ではないので、比較的読みやすい本の紹介や、読みにくいものであっても非専門家の言葉で噛み砕いていきます
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2020年4月の記事一覧

客観的世界の崩落~ユクスキュル『生物から見た世界』

生物が世界を認識する「環世界(Umwelt)」という挑戦的なモデル提示によって、我々が見ている世界の虚構性を明らかにした超有名本。 人間とモノ自体の転覆宗教に限らず、人間を他の生物に比べて特権的な存在として一段棚上げする論は根強い。進化論が受容されはじめ、生物学の進展も著しかった20世紀初頭においても、その認識は未だ健在であった。 例えば、デカルトは『方法序説』において、魂を持った人間と異なり、動物は自然法則 ―デカルトの「自然(physis)」は絶対的で一なる神の概念と

哲学入門書の圧倒的特異点~飲茶『史上最強の哲学入門』

哲学者入場! 哲学の聖地、東京ドーム地下討議場では、 今まさに史上最大の哲学議論大会が行われようとしていた……。 「史上最高の『真理』を知りたいか―――ッ!」 観客「オ―――――――――!」 東京ドーム地下討議場。分かる人には、このモチーフが分かるだろう。 少年チャンピオンで連載された格闘マンガ、『グラップラー刃牙』の有名な1場面である。本書の著者は、いまだカルト的人気を誇るこの原作の大ファンらしく、あろうことか哲学の入門書のモチーフとしてこれを選んだ。 序文で突然「哲

生と病の渾身の対話篇~『急に具合が悪くなる 』

衝撃的な読書体験だった。間違いなく今年のTOP5当確本だが、これをどう扱って良いか正直分からない。 出版に際しても、関係者にはあらゆる葛藤があったろう。 内容は、がん患者の哲学者と、その友人の文化人類学者による、病気やその周辺についてのエッセイ風往復書簡である。 良かった云々という言葉で評するにはあまりに重い、万人に訪れる、病とともに在る人生についての考察。それが、友人同士の対話の中に織り込まれ、時に軽やかに、時に厳かに、そして迷いを持って語られる。 書簡のはじめは、い

読書メモ:『ほんとうの「哲学」の話をしよう 哲学者と広告マンの対話』

『いま世界の哲学者が考えていること』という、数年前に軽く話題になった一般向け哲学解説書を書いた大学教授と、博報堂の偉い人の対談本。 タイトルはやや壮大だが、中身は哲学と広告業(ひいては一般的経済活動)を架橋するための試論的対談。 最新の広告技術やAIの利活用シーン等にも触れながら、具体的な経済活動やそのトレンドと哲学/社会学を照応させていくことにチャレンジしているが、残念ながら全体的に歯切れは悪く、失敗に終わっている印象。 全編において哲学側の歴史語り先行ながら、ビジネ

ヴォルテール『哲学書簡』による近代科学の定位のこと

フランスの詩人/劇作家であり哲学者・啓蒙思想家もあるヴォルテールが、フランス革命前夜の混迷する自国を栄光華華しいイギリスと対比させて考察する初期の代表作である。 まだ専制統治下にあったフランスで、「イギリスに比べてフランスは遅れすぎ!」というのを正直に、しかも苛烈に言ってしまったもんだから、当時はすぐに禁書になった本書。それでも各国で売れに売れ、大ベストセラーになった。 序盤クエーカー教徒の話ばっかだったから軽く読んでたけど、中盤のデカルト批判やニュートン称賛あたりでエン

稀代の百科全書家を偲ぶ~『ウンベルト・エーコの世界文明講義』

2010年代が終わった。 あまり言われていないことだが、この10年は、我々が知の巨人たちを数多く失った10年であった。 日本人だけでも、梅原猛、梅棹忠夫、鶴見俊輔、吉本隆明らが逝き、自分の永遠のアイドル西部邁も、遂に自死を果たした。世界を見渡しても、レヴィ・ストロース(は2009年没だが)、ドナルド・キーン、世界システム論のウォーラーステインとか、もちろんホーキングや、そして、本書の著者である碩学ウンベルト・エーコも、この世を去ってしまった。 エーコ、その"百科全書的"

意識の深淵~『タコの心身問題』

副題『頭足類から考える意識の起源』 哲学者である著者が、興味が高じてタコの生態の研究に打ち込み、そこからヒトの意識に迫るという本。 タコの神秘に満ちた生態や、意外と知らなかったカンブリア紀周辺の生物の進化の歴史が知れて面白かったが、肝心の人間の意識の謎に迫る部分はわりとあっさりしてて拍子抜けした。 要点は以下3つ。 ①タコは脊椎動物以外で唯一巨大なニューロン群を持ち、高度な判断能力を有している。社会性や知的好奇心をも持っていそうという研究報告も近年増えてきている。