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建築家/伊礼智×造園家/荻野寿也対談 "設計が生きる造園、造園で変える設計"―書籍「心地よさの ものさし」より

住宅建築で大人気の建築家の伊礼智さん。今年発行した「伊礼智の住宅設計作法Ⅲ 心地よさの ものさし」の見どころの一つは、造園家の荻野寿也さんとの対談です。この中から、住宅設計・建築に対する思いを語っていただいている部分を抜粋して掲載します。―――「心地よさの ものさし」より

内と外のつながりを当たり前に表現する伊礼智さんの住宅設計の見せどころは、周辺の風景や風や緑の切り取り方。庭のあり方が、その住宅を大きく左右します。造園を依頼できる場合は荻野さんにお願いするという伊礼さん。伊礼さんがリノベーションを手掛け、荻野さんが前庭を造園した「コミニケーションギャラリー ふげん社」で、互いの仕事について、協働すること、これからの家についてなど価値観を共有していただきました。

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伊礼さんと荻野さんが協働した「甲府の家」の庭(写真:西川公朗)

建築は外部をどれだけ取り入れるか
伊礼 僕は沖縄の生まれで、伝統的な沖縄の小さな民家で育ちました。沖縄の伝統的な家というのは外部と内部の境界があいまいで緩やかにつながるという特徴があります。外と内のつながりが当たり前のようにある家で生まれ育った原体験が、後に建築を志すようになってからも、外部が内部と一体になっている居住空間を設計したいという意識につながっているように思います。

今から20年くらい前でしょうか、ある雑誌の対談企画で、哲学者の野矢茂樹さんとご一緒させていただいたとき。野矢さんは対談のなかで「建築って、外部をどれだけ取り入れるかでしょ」ときっぱり言い放った。「いいものは外部からやってくる」とも。設計というものを的確に表した衝撃的な言葉でした。さすが哲学者は違うなあと(笑)。その時、沖縄の生家での経験から始まって、いま建築家として自分にも通じる、自分なりの設計の思考が一つの言葉にまとまり、腑に落ちたことを今でも覚えています。つまり、僕は常に外部との関係のなかで建築を捉えている、ということです。

荻野 私はもともと建築学科を卒業し、若い頃ゼネコンの現場監督を経験していたこともあり、建築が好きでいろんな住宅や建築を見てきました。

やはり自分がいいな、と思える建築には「質素で気持ちいい場所」がある。建築家が設計する家には「ドヤ感」が漂うものも多く、そういう建築は世間でいくら評価されていても、私は好きじゃない。質素でありながら品格がある、気持ちいい場所をつくっている、ということが自分にとって大事な素でした。伊礼さんの設計は上質な民家のよう。すごく力が抜けて自然なんだけど、そこに「簡素美」の魅力と品格を感じる。時代を超えた普遍性がある。その意味で、伊礼さんの物件をいつか植栽してみたいという気持ちがありました。(中略)

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庭を邪魔しない建築でありたい
荻野 伊礼さんの設計のもう一つの特長は、建物のサイズ感ですね。伊礼さんは決して敷地目いっぱいに建てず余白を広めにとる。敷地に余白があると植栽スペースがきちんとあるから、造園する側にとって非常にありがたいんです。さらに各階の天井高が低く抑えられて、屋根の掛け方も威張らず控え目ですよね。屋根の掛け方が控え目だと、敷地内の樹木によく日が当たる。少し贅沢をして5メートルの高木を庭に1本入れるだけで建築のスケールが相対的に小さくなり、風景によく馴染む。植栽とのバランスを考えると、建築をより小さく見せることの利点を熟知しているように見えます。

伊礼 吉村順三さん系列の建築家は水平ラインを大切にします。建物全体としても水平に伸びた造形の方が安定して心地いい。ここに植栽による垂直や斜めのラインがポイントとして入ることで、いいリズムになって建築と庭が一体感をもった空間になります。

荻野 さらにいえば、伊礼さんの照明計画も秀逸です。伊礼さんは、ダイニングの天井にシーリングライトをつけず、ペンダントライトを吊るす。リビングも床面に低いスタンドライトを置く。室内のできるだけ低い位置に照明を置き、そのうえで屋外の植栽に月明かりのような自然なライトアップをすると、リビングから外までつながるひとつの空間が眺められて、その視覚効果が気持ちいいんです。

伊礼
 僕は、庭を邪魔しない建築でありたい、と思っています。建築と庭が一体になったときに、はじめてこの建築が完成するという感じがいいなと思ってます。僕の建築は造園がなければ完結しない、という人もいますが、私はそれでいいと思っています。それぐらいの家をつくりたいとさえ思っているんです。

荻野 こうした引き算された建築のありようは、ハウスメーカーではできないこと。植栽をしていても、一つひとつがしっくりきて非常にやりやすい。窓が額縁のように見える。そこに何を添えるか。引き算された建築だからこそ、私も一つひとつの植栽に意識を集中します。庭の扱い方を熟知し、自身の設計に生かしている建築家がつくる建物は、時代を超えた普遍性を持っていると思います。(続く)

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全文は書籍「伊礼智の住宅設計作法Ⅲ 心地よさの ものさし」に掲載しています。