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建築家・伊礼智さんが設計者の疑問にQ&A形式で答える住宅設計の本『伊礼智の住宅設計作法Ⅱ』

伊礼智の住宅設計作法2

建築家・伊礼智さんに、住宅設計の作法(設計への姿勢・ノウハウ)だけでなく、その根底にある価値観・哲学も含めて自身の言葉で綴っていただいた住宅設計作法の本。Q&Aを、事例(写真+図面)と文章で解説しています。

Q. 家族のコミュニケーションをどの程度意識してプランニングされますか?
A. 僕らがやれることは提案まで。あとは住まい手の「住むチカラ」との化学反応を楽しみます。


ぼくらがやれることはこんな「場」があると楽しいでしょう? という提案だけ。実際にどう使うかは、むしろ後のお楽しみ。あるセルフビルダーが「建築家に心地よさまで決められたくない」と言ったそうですが、同感です。最終的には住まい手が決めること。ぼくらは提案はしても決めてなんかいないのです。提案したことと、住まい手の「住むチカラ」の化学反応でより面白く、より新しい楽しさを引き出せればいいと思います。

住まいは広さや予算、打ち合わせの回数や構想年数で決まるのではなくて、心地よい居場所がどれだけできたか? で決まると思います。心地いいと判断するのは最終的には住まい手ですが、その家に関わった人たちの「ここ、いいなあ」という感覚は大切で、つくり手が気に入ってくれる場所は住まい手にも大きな喜びではないでしょうか? そんな価値の善循環が住まいをよくしていくと思います。未知の心地よさ、楽しさに反応する感度の持ち主こそ「生活名人」と呼びたいですね。(第2章より)

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伊礼さんと松尾芭蕉

伊礼さんが設計した住宅や家具はどれも美しい。しかもどこか愛らしく、でも甘くなく品がいい。そんな感想を聞きますし、ぼくもそう思いますが、これは伊礼さんのもつ絶対音感ならぬ「絶対寸法感」みたいなものによるところが大きいように思います。

伊礼さんの寸法感がわかりやすく表れているのが天井高で、伊礼さんはできるだけ低くおさえましょう、とよく言います。それ以外にも、天井に照明をつけない、窓を取り過ぎない、廊下を設けない、といった料理の「さしすせそ」的な原則で住宅設計の基本をわかりやすく説くこともあります。

こうした原則を標準化しながら徹底する一方で、伊礼さんは進化を続けています。一例が温熱性能で、現在の伊礼さんの設計は数値で見ると高性能住宅と呼べるレベルにあります。時代の要請や顧客満足を考えて性能向上を図っている面もあるのでしょうが、決して性能値優先ではなく、あくまで伊礼さん、そして先輩方が大切にしてきた原点= 「心地よさの追究」の延長線にある取り組みなのだと思います。

温熱性能だけで真の心地よさをつくることはできません。佇まいや空間の魅力、そして心地よい居場所を絶妙な距離感でつなぐ伊礼さんの設計作法など、様々な要素のバランスが大事です。 伊礼さんの設計はデザインと性能をはじめとするバランスがどんどん最適化されていて、その進化が本質的で新しい心地よさを生み出しているように見えます。そのバランス感覚も伊礼さんの人格の大きな要素なのでしょう。

伊礼さんは、心地よさといった原点を追究するため、必要なら最新技術を導入し、さらには部材までパートナー企業と一緒に開発しています。伊礼さんの師匠・奥村昭雄さんも心地よさを追究するなかで自ら空気集熱式ソーラーを開発され、伊礼さんもそれを活用しています。師から受け継がれたとも言えるこうした姿勢は、松尾芭蕉が提唱した俳句の本質「不易流行」に通じるものがあります。

「不易」(変わらない原点)を持たず「流行」だけを追っていても、長く愛されるスタンダードにはなれず、一時のトレンドで終わります。逆に言えば、変わらぬ本質・自身の原点を追究するためには進を続ける必要がある。本書から伊礼さんのそんな姿勢を感じ取っていただければと思いますし、先ほどの絶対寸法感も本書に掲載した図面等から感じ取っていただければと思います。 本書「むすびに」より(新建ハウジング発行人:三浦祐成)

Contents
第1章 建築の原点 町と家のあいだを考える
第2章 敷地のポテンシャルを生かすプランニングの進め方
第3章 断面・立体で考える 豊かさを司る開口部
第4章 階段・タテの動線
第5章 暮らしの中心となるキッチン
第6章 多義的な居場所を考える 佇まいを考える
第7章 設計力