ハゲ・ちゃいな。
人には誰しもコンプレックスがある。 さて、みなさんはそれを他人に吐露することは出来るだろうか? さらには、それを人にイジられた時に耐えられるだろうか? そして、顔を引きつらせずに笑いにできるだろうか? これはとあるイケメンキャラの苦悩のお話。 主人公はOという。
Oは都内の有名ミッション系大学を卒業し、国内最大級のメガバンクに新卒で入社。 最初の配属は、これまた都内の一流と言われる店舗。 趣味は学生時代に体育会でならした硬式テニスで、テニス焼けしたホリの深い容貌が印象的ないわゆる「イケメン」である。 仕事ぶりも非常に優秀との呼び声が高い。
Oは最初の転勤で、これまた名門と言われる店舗へ異動。 その後、拠点内でも特別気立てがよく、見目麗しいと評判のアイドル的女性行員と恋に落ち、結婚に至る。 まさに、人が羨む順風満帆な人生のまん真ん中を悠々と、そして堂々と闊歩していた。 「いずれは支店長か役員か」と、皆がもてはやした。
しかし、そんなOにも年齢と共にある現象が起こりはじめる。
少しずつではあるが、だかしかし、着実に無くなり始めた。
毛が。
前髪が。
周囲の人間にとっても、それは最初、違和感とも呼べぬほどのささやかな違和感であった。 向かい合った時にふいに「あれ?」と感じる程度のものでしかなかった。
無論、本人にも徐々に薄くなりはじめた毛髪に対する自覚はあり、見た目対策に着手しはじめた。 最初は、サイドにポジションをとっているメンバーを中央に召集したり、後列のメンバーを前線にあげることで「抜けた」メンバーの補充を図っており、ギリギリなんとか戦えていた。 しかし、時は非情だ。
Oは最初に髪が薄くなったことに気づいてから1年も経たないうちに、誰がどうみても「出来上がった」状態に達していた。 ある日Oは、人と話す時に徐々に自分と相手の目線が合っていないことに気がつく。 Oと会話する人がみな、自分の目を見ず、会話の最中にチラチラとOの頭部を見ているのだ。
Oは許せなかった。 自分というイケメンの王道が「ハゲた」という事実が。 散々人をイケメンポジションでイジってきた自分自身が陰でイジられているかもしれない恐怖が。 周囲の人間が自分に向ける目は、かつて憧憬の念をまとった輝きを放っていたハズだった。 最近とみにその輝きが濁りはじめている。
Oの頭皮が露わになるのと比例して、
「おれはイケメンだ」
「おれはイケている」
「おれは陽キャだ」
「おれはクラスの勝ち組だ」
などというOの強い自尊心がともに露見しはじめ、人としてあからさまに付き合い辛い雰囲気をまといはじめた。 そんなこんなでついにOは「イジれないハゲ」の位置を確立した。
誰にも馬鹿にさせない、誰にも笑われたくない。 Oは強い自尊心をエネルギーに変えることができる、やはり優秀な人間であった。 それまでよりも仕事に打ち込み、見事なまでにOは結果を出した。 仕事の報酬は、より大きい仕事。 これが銀行の鉄則。 Oは国内支店から海外赴任の切符を手にするに至る。
Oが201X年に舞い降りたのは、成長が著しい東アジアの雄、中国。 その中でもエリート揃いの大都市支店、それも名だたる大企業の海外現法を担当する花形中の花形のチームにおける最若手として着任した。 「ここでオレは更に名をあげてやる」とOは意気込んだ。 しかし、Oの着任歓迎会で事件が起きる。
Oの所属するチームは日本人・中国人合わせて全体で40人規模となる大所帯であった。 チームは日本人責任者のもと、大きく二つのグループに分かれる。当時海外支店の現地化が叫ばれていた時期で、各グループ長には中国人が就き、日本から派遣されてきたOのようなメンバーはその傘下に配置される構成だ。
グループ長に就いている中国人は、古くからその海外支店に在籍しているベテラン中のベテランで、皆日本への留学経験もあり日本人より日本語が上手く、日本文化にも精通している。 Oよりも年長者である。 中国はとにかく乾杯文化だ。 40人による歓迎会がはじまり、あちこちで乾杯が繰り広げられる。
中国の文化では、注がれた酒はその場で飲み干さなければいけない。
今では「随意!随意!」と言い、飲めるだけ飲めば良いよ。というような作法も生まれているが、そこは日本と同じく封建的な中国にある銀行社会だ。
昔に倣ってOは注がれるまま酒を飲まねばならない。 Oはどれだけ飲んだであろうか?
Oは「白酒」というかなり個性的な香りのするアルコール度数40℃はあろう飲み物を、ゆうに10杯以上一気飲みしていることもあり、すでに顔が真っ赤になり、酩酊しはじめている。Oはフラつきながらも主要なメンバーとの乾杯をし終え、慣れない環境の中でも徐々に安堵しはじめていた。 歓迎の宴は進む。
チームの中国人最若手である、王くんと徐ちゃん2人の司会進行によって、Oの歓迎と合わせたチームの表彰セレモニーが終わり、最後に新規に着任したOが40人を前に挨拶をして会が終わる段取りだ。
いよいよ自分のスピーチの番が近づき、緊張をほぐすべく水をゴクリと一口飲むO。
司会からOが呼ばれる。
「え。えー、みなさん。ニ、、ニイハオ。」 日本人の新規着任者はならわしとして中国語で挨拶をしなければならない。 酔いも回り、また40人の観衆が見守る前で、さらには出来ない中国語のスピーチの緊張感から、歓迎会直前まで必死に暗記したはずの中国語が完全にトんでしまった。 何も出てこない。
「・・えー、あれ、なんだったっけな」 出てこない中国語に焦り始めるO。 酔いの周りも手伝って、Oのホリの深い顔はもう赤黒くすらなっている。
そこで、見かねた中国人のグループ長が助け舟をだす。
「もういいよ、Oさん!Oさんへの質問会にしましょう、私からまず質問するよ」
と機転をきかせる。
普段からチームのムードメーカーで冗談好きなグループ長は、場を和ませようとOにいきなりブッ込む。
「Oさんは、いつからハゲているのですか?」
Oの酔いは一瞬にして覚め、人前でうまく振る舞えない自分に、あろうことかイケメンの自分に鞭打つ中国人に対する怒りが込み上げてくる。
Oは突然叫ぶ!
「ハゲてねぇーっ!!!」
ポカンとするグループ長。
日本では今でこそ御法度であるが、中国で外見イジリは昔の日本と同じように無問題だ。
それよりも何よりも慌てる若手中国人スタッフ。
自分たちが学んで来た日本語の解釈とは完全に真逆の意味をOが持ち出してきたからだ。
「ハゲてる」って日本語って、「髪の毛が無いって意味だよね?」とヒソヒソ確認し合う中国人。
事実、Oには髪の毛がない。
しかし、ハゲてはいないと日本人が叫んでいる。
みな意味がわからない。
とっさにスマホで「ハゲ」の意味をググる中国人(Google使えないけど)。
え。やっぱOハゲてる、よね?
世の中にはイジれるハゲと、そうではないハゲがいる。
日中で共通の価値観が出来上がった夜となった。
その後、Oは6年くらい中国にいたが中国人から「あいつ付き合い辛いわ」と言われて過ごした。
中国語もほとんど出来るようにならなかった。
自分はイジらせる懐を持っていたいと誓ったエピソードだ。
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