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断章



再挑戦する皆さんへ



 私が退職したのとコロナ禍で直接伝えることができなかったので、再挑戦する皆さんにお知らせしておきます。

 例年なら追いコンなどで悲喜様々なあなたたちに伝えたことを、卒業前のあなたたちに話しておきます。

 特に教員採用試験の結果が思い通りではなかったあなたにです。

 例年、特に教員希望者が減少してきた最近、有名新聞紙上では、教員採用試験のトータルの倍率のみが、取り上げられて、やれ倍率が落ちたの、教職はブラックだから受験者が減ったの等の記事がよく見られます。

 2月になれば全国の来年採用者のための採用試験結果の概要もわかり、教育雑誌を始めとして「今年の採用試験は比較的、簡単になっている」というような安易な報道もなされて心を痛めるかもしれませんが、あなたの努力が報われなかったのには「何か、もう一つ足りなかったものがある」という理由があるはずです。

 それを少し振り返っておくことも大切だと思うのです。落ち込むより、一歩振り返り立ち上がってほしいと願っています。

 夢は追い続けないといつの間にか消えてしまいますからね。

 一次試験で残念だった人は「筆記試験」対策の見直しですね。やみくもに過去問だけを解いていませんでしたか。計画的な対策を練り直す必要があると思います。
 難関校種や難関教科では「専門的知識不足」は致命的になる場合があります。
 二次・三次の「面接」や「模擬授業」で残念だった人は、意外だと思われるかもしれませんが「あなたのコミュニケーション能力」について向き合ってみてください。
 教師には「同僚や上司」「保護者」「子ども(児童・生徒)」との3つのコミュニケーション能力が必要です。そのどれかが「今、一歩」だと判断された可能性が高いのです。

 でも、平均が何倍になろうが、校種の違いや、教科の違いにより倍率に違いがあるのことを理解しないまま、「自分の思いだけ」で受験する現役4回生がいるのは不思議でしたが、結果はどうだったのでしょうね。

 残念な思いをした人たちが大学までの入試と同じセンター試験的な感覚で、教員採用試験をとらえているためだとは思っていたのですが、それだけではないようにも思います。それをまず見つけることが前に進む一歩だと思います。

自分の夢を実現したいという思いは大切なですが、そういう同じ思いを持つ人たちが沢山いてその中から、選ばれるための何かが必要だと言うことに目をむけられないのか、向けたくないのか、そのあたりへの自問も必要ですね。

 高校社会科の倍率は、中学社会科の倍率と比べて圧倒的に高いことを知らないまま、高校教師になりたいという夢を追い続けることは無謀ともいえる行為ですが、挑戦することは素晴らしいことだと思っていました。

 ただ、講師でも、なんとかなるという甘い考えは来年4月からの「非常勤講師ですら、卒業後に採用枠が少い」という現実に直面すると、心が折れることもあるようです。まず都道府県や市町村の教育委員会で「講師登録手続き」を行っておきましょう。

 都道府県に登録すれば「それであとは大丈夫」なのではありません。取得予定の免許で可能な教科の「講師」希望を市単位の教育委員会に出しておくことが大切です。

 一度目指した夢は最後まで追いかけてほしいという思いとその道は決して甘くないよという思いが交差しています。

 たかが教員採用試験に落ちたことぐらいで、挫折感を感じてほしくない、まだまだ可能性はあるということと新しい道を選ぶにしても、選ばないにしても落ちたことの逃げロにしてほしくないという思いです。

 近年、小学校の採用試験は3~4倍程度、中学校・高等学校は7~8倍程度といわれますが、筆記試験だけで乗り越えられるものではないですよね。

 今年はコロナのおかげで、筆記だけの市がいくつかあったと聞きますが、よほど教員が不足しているところだと思います。

 少子化でもクラス定員が減りクラス数が増える小学校は少しは受かりやすくなるかもしれませんね。

 でも、筆記試験の点数だけでは小学校は難しいですよね。

 あくまでも「初志貫徹」難関校種、難関教科を目指すのも、校種変更、受験地変更、さらには「進路変更」するのも20歳を過ぎたあなたの「大人としての判断(決意)しだい」ですよね。

 他府県からの現役の先生の移動、講師経験のある中でも、年齢層の少ない年代の現役講師、各都道府県が行う三回生対象の教師塾や養成講座の枠や教職大学院の推薦枠を考慮すると「四回生で現役合格」のための倍率は先の一般に言われている倍率の三倍から五倍だと言われています。
小学校の採用試験でも、現役合格は4倍から15倍の難関になるわけです。
 
 しかしこんなことは「世間の人たち」は知りもしません。ただ、新聞やテレビで報じられる数字を見て「簡単なんだな」って思うぐらいなのです。

 だから失敗しても仕方がないとなぐさめるわけではないのですが、もう一度取り組む姿勢を見直す必要はないのかなということを言いたかったのです。

 最近の高校では若い先生の講師での採用も厳しくなっている校種があるようですね。常勤講師が経済的には一応安定しますが、次の採用試験を受けるモチベーションが保てなくなるというデメリットがあります。
 だからと言って背水の陣で勉強しても「受験する都道府県が求める教師像にマッチしないと」二次試験で落ち続けるということもあるようです。
 ある意味で採用試験はプロ野球のドラフトみたいなもなので「都道府県の補強ポイント」に適合してなければ採用されないという部分があります。
 左腕ですごい球を投げていても、強打者が欲しい球団の採用にはならないということなのです。

 採用試験挑戦3年が1つの目安、5年も続けると、メンタルがきつくなります。

 採用試験を受けた夏の次の年、そう、今が来年の採用試験のためには、一番大切な時なのです。
 ひとりで再挑戦するためには、自分の最善の計画と選択が必要です。

 3月の卒業前には「就活」が終了した仲間の「どこどこに決まった」「どこに行くの」という声が煩わしくなることもあるかもしれませんが、そんなことを心配することより、卒業した4月から、すぐに6月から始まる採用試験までの2ヶ月の費用とそのあとの採用試験に関わる費用となおかつ、その間、何をしていたかというキャリアが、再挑戦には必要です。

 都合のいい、講師があればいいのですが。

 一番最適な方法は午前中支援員などで学校現場のキャリアを積み、午後は専門教科の勉強というパターンですね。

 自宅に戻り食費を浮かせるというのもありですね。違う校種の免許をとり受験するなら三年程度の長期計画が必要ですが
 その時今と同じ採用状況とは限りませんので情報収集が必要です。

 学校現場では2月3月という時期に先生の欠員ができると本当にこまるんですよね。だから、12月、今ですね、「来年度の人事」についてのヒアリングを行い「欠員による講師の確保」を計画し始める場合が多いのです。
 
 特に3ヶ月とかのお休みをされると教務さんや担任外の先生に負担が行きます。チョコっと講師で入れて大やけどするのが怖いんですね。

 でも、この時期に学校現場に入っておくと、4月からも続けて、講師枠に入れたりするから卒業後2年目の講師さんが入りやすいという利点はありますね。(臨時免許という制度を使って4回生でも講師になれる市があります。ただし要卒単位が残っている場合はリスクが大きすぎます。)

 きついのは、落ちた年の次の4月から9月まで。

 9月になれば講師が必要になる学校がふえるので、それまでどう乗り越えるかを考えておくことが必要です。
 講師の採用は「免許習得」してることが条件なので、一部の府県を除いて4月1日が普通で、今年度の採用試験の点数や講師の試験によって採用順を決めていくところもあるので、あまり楽観しないで、卒業準備ができたら早い目に情報を集めることが大事です。

 4月から猛勉強しなくてはならないのは、一次で落ちてしまった場合です。足切りで落とされることが多いので、弱点を確実に克服しておくためには、勉強しかないと思います。

 もう1つは戦略の組み直しです。ここは好き、ここは嫌いという判断は一番よくないと思います。「教師になりたいという強い思いが伝わらないと、とれだけ筆記や専門ができていても」という場合もあるようです。
 講師を長く続ければ続けるほど、「思いや熱意を伝えること」が年々難しくなると思います。その年齢層の採用枠がすでに満杯の年度ならなおさらです。
 「採用枠がすでにない」のに「その都道府県で待ち続けること」は「時間の浪費」「永遠のピンチヒッター」を意味します。

 二次試験等の口頭試問であと1点等と表記された場合は、受験地が、採用試験の担当者が、なにか物足りないと感じて、講師などの実践のなかで見極めたいと思っているということなので、支援員や非常勤講師などをしながら現場で「授業」ができる力を身につけることが必要です。

 教職大学院で「塾以上の知識と専門性」を持っても、「児童や生徒との空気感」「保護者との対応」「同僚とのコミュニケーション力」を持てないと推薦を受けても受からない場合もあります。

 試験官との相性とよくいわれますが、自分が年配の人に与える印象は、意外と大切です。

「明るさ」「さわやかさ」「謙虚さ」はどうすれば身に付くのでしょうね。

 特に小学校を希望する方はこの答えが自分で出せないと何年も講師を続けることになるかもしれません。「同じ仕事をしているのに」という教師の側の論理は「同じサービスを受けいるのか」という受益者の論理に勝つことはできないと思います。
 「笑顔で対応してくれる店員さん」の方が「上から目線で商品説明する店員さん」より「経営する側」は「安心」できるのは確かですよね。

 何年も講師をやって教科指導の力がついたら受かる場合があるのは中学、高校ですからね。


あの日


 こちらを、まっすぐに見つめ、ほんの少しうるんだ瞳と何か決意したような堅い口調で、「先生は教職をブラックだと思われていますか?」 の質問でしたね。

 ブラックの意味が理解できず、コヒーの好みのことではないということがおぼろげにわかるようになっていた僕は、即答しないで少し黙っていましたよね。

 ずっと昔のよく似た場面を思い出していたのです。登場人物はできが悪く毎日不平不満がたまって、いつ爆発してやろうかと考える教務主任だった僕と 完全無欠、実直一途のA教頭先生。

 「教頭先生、先生は教頭という仕事をしんどいと思っておられますか?」 という僕の問いにA先生の答えは即答で「おもしろいよ」だったよ。

 だから僕の答えもしばらくしてから「ブラックじゃないよ、だっておもしろいから。」だったよね。

 楽しいとか面白いとかは結局は自分で決めること。おもしろいと思い定めればおもしろいのが教師という仕事、つらい苦しいと思い始めたらつらくて苦しいのが教師という仕事かもしれないね。

 自分の心の中で思い定められれば違った風景が見られる不思議な仕事、それが教師という仕事のおもしろさかもしれない。

 単純に、おもしろいと思いこんでしまった僕は 、「小さな奇跡」を見続けることができたし、たくさんの「友人」とも出会えた。

 未熟であることを受け入れることは難しいかもしれないけど 、何気ない道ばたの花の美しさに気づかない自分がみえたとしても、また春が来れば花は咲いてくれている

 あなたが決めたのが教師という夢なら 、だれが何を言おうとやり続ける、それでいいんじゃないかな。

 教師でなくても、それでもいい あなたが創る夢なんだから。

 夢追いかけることは楽しいよ

 仕事なんて「仕事」と思ったときから苦しくてつらいものなんじゃないだろうかな。

 あなたの夢は消さないでください。



 

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