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8/28 ニュースなスペイン語 Manolo Sanlúcar:マノロ・サンルーカル

フラメンコ界の巨匠(figura;gran maestro;maestro total)が亡くなった。享年78歳。

マノロ・サンルーカルの名で知られているが、本名(nombre real)・出生時の名前(nombre de nacimiento)はマヌエル・ムニョス・アルコン(Manuel Muñoz Alcón)という。サンルーカルは彼が生を受けた町の名前。フラメンコアーティストはよく自分の名前に故郷の名を付ける。

フラメンコギター愛好家のハシクレとして冥福を祈りたい。

故郷のサンルーカル・デ・バラメーダ地区(Sanlúcar de Barrameda(アンダルシア州カディス県))では3日間、喪に服す(tres días de luto)と宣言し、半旗を掲げることになる(la bandera en media asta)。

サンルーカルはパコ・デ・ルシア(Paco de Lucía)、ビセンテ・アミーゴ(Vicente Amigo)、トマティート(Tomatito)に並んでスペインが産んだフラメンコの天才のひとり。

その昔、小生は、友人にダビングしてもらったカセットテープが擦り切れるまで(これは比喩じゃなくて…)聞いたけど、どのような奏法か全く分からず、何ひとつマネできなかった(「ダビング」も「カセットテープ」も死語かなぁ。分からない方は検索してみてください)。

Youtubeなどの映像素材が誰でも、自由に見られる時代が到来し、やっと、実際のサンルーカルの指の動きを見ることができて、彼の1フレーズの運指を見破った時、嬉しかった。

とは言え、これを自分のギターで再現するのは別の話で、随分な時間がかかったのを思い出す。

フラメンコギタリストとしてだけでなく、作曲家(compositor)としての顔、後進のためのギターのテキストを残した教育者としての顔、フラメンコの伝道師(divulgador)としての顔――。色々な部門で、数多くの賞(premio)や国際的な名声(reconocimiento internacional)をものにしたのも納得。

フラメンコは従来、即興(improvisada)で口承されてきた伝統だったが、これを、規則化された教育(enseñanza reglada)として位置付けた功績は大きい。

7歳からギターを持ち、若干13歳でプロとしての道(carrera profesional)を歩み始めた。2013年に引退(retirada)するまでの60数年の間、たくさんの楽曲を残した。

昨年、妻のアナ(Ana)が入院した数時間後に、気を失い(desvanecimiento)、多臓器不全(fallo multiorgánico)を発症して入院したが、この時は無事、生還した。

そして、今回、サンルーカルの記事を読んで初めて知ったが、彼にはひとり息子(único hijo)がいたそうだ。名はイシドロ(Isidro)。悲運なことにイシドロは34歳で夭逝したという。

イシドロに先立たれて18年の歳月を経て、やっと、我が子との再会を果たしたことだろう。

そして、歌や踊りの巨匠たちもサンルーカルのことを待っていたことだろう。いよいよ、止むことのないフィエスタ・フラメンカが始まった。

アーメン。

写真は在りし日のサンルーカル。文句なしでカッコいい。

出典
https://www.rtve.es/noticias/20220827/muere-guitarrista-manolo-sanlucar-78-anos/2398688.shtml