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機械翻訳について思うこと - 知財系 Advent Calendar 2021 -

はじめに

この記事は、パテントサロン様が企画する『知財系 Advent Calendar 2021』の投稿記事になります。私は特許翻訳(和訳)に携わっています。機械翻訳を実際に使ってみて、現在思うことをまとめてみました。ちなみに、ここで機械翻訳とは、AI翻訳や自動翻訳と呼ばれているモノのことで、つまり、Google翻訳やDeepLなどのことを言っています。ご了承下さい。

機械翻訳の印象

まずは機械翻訳の印象です。翻訳精度が年々上がってきている感じを受けます。分野によると思いますが、実用に耐え得るモノが登場してきているのではないでしょうか。例えば、マニュアル、法律、特許、医療などは、十分に使えそうな気がします。ただ、機械翻訳の訳文は、かならず誤訳が存在すると思って使うべきでしょう。限界は身をもって知るべきです。

そんな機械翻訳ですが、いろいろリリースされています。翻訳文を商品として使うならば、各分野に特化した専用エンジンを使う方が良いと思います。実際に、汎用エンジン(Google翻訳やDeepLのこと)と専用エンジン(T-4OOやJapio-AI翻訳のこと)を比べてみましたが、専用エンジンの方が翻訳精度は良い印象を受けました。専用エンジンは、ほぼ有料だと思うので(それなりに高額)、誰でもすぐに導入できるわけではないのが残念かな。

でもですね、翻訳上級者が使いこなせば凶悪(有用)なツールとなり得るのではないかと思っています。モノによっては、自身の翻訳対象にマッチさせたカスタムエンジンが使えるので、ある意味、自身の劣化コピーエンジン?ができてしまうんですよね。ということは、自身のクセを再現してくれるので、非常に扱い易いのではなかと。でも注意として、不適切な対訳でカスタムエンジンを作ってしまうと、訳文が荒れてしまいます(経験有り)。なので、上級者ツールという側面もあるのかなぁと思います。

翻訳者と機械翻訳

翻訳者として機械翻訳を使うことにいろんな意見があると思いますが、私は機械翻訳大好き派です(笑)。すごい技術(面白い技術)だと思うし、特に翻訳者以外の我々の生活やビジネスに多いに役立っていると思うからです(一般的に、翻訳者の生活やビジネスにはマイナス部分が大きいかも・・・)。

もし機械翻訳を使うのであれば、まずは機械翻訳のクセを知る必要があります。どんな間違いをするのかとか、訳し方の傾向を見てみるだとか、自分との相性だとかを、翻訳エンジンごと、和訳ごと、英訳ごとに確認した方が良いのではないかと思います。先ほども言いましたが、翻訳エンジンは、専用エンジンを使うべきです。これは、汎用エンジンと比較して誤訳が少ないからであって、さらに、専用エンジンをベースとして個人仕様や企業仕様にカスタムできればもっと良いですね。もしかしたら、翻訳文やごとに、エンジンを使い分けたほうが良いかも知れません。特許ならA社のエンジン、医療ならB社のエンジンといった具合に、分野によって向き不向きがあるような気がします(好みもあるかと)。ちなみに、汎用エンジンでも十分活躍することもあると思います。まずは、実際に使ってみることです。極端な話、誤訳が多くとも、自分にとって修正し易い(扱い安い)のであれば、そのエンジンの方がいいですよね。

それと、ある意味一番重要なこととして、機械翻訳に掛ける前の翻訳文の処理が挙げられます。けっこう翻訳精度に効いてきますよ。いわゆるプリエディットと呼んでいる作業です。何をするのかというと、機械翻訳が処理しやすい文章に下ごしらえをします。例えば、簡単なものなら、余計なスペースや改行を消すだとか、英訳なら主語を省略しないだとか、平仮名から漢字に変更するとかですかね。高度なものになると、機械翻訳のクセを考慮して原文を編集することでしょうか。これは、機械翻訳のクセを知らなければできないことです。このプリエディットで翻訳精度が大きく変わることがあるので、可能な限りしっかり取り組みたいところです。

それと一応言っておくと、機械翻訳は必ず間違えるので、機械翻訳が出力した訳文は、頭から尻尾まで確認しなければなりません。ある原文の内容をある程度知りたいなどといった個人利用では、そこまでしなくともよいと思いますが、商品として翻訳文を作るのならば必要です。なので、機械翻訳の出力結果を使う場合、どのように使うかも含めてですが、自身に合った使い方を模索すべきだと思います。

利用者・学習者と機械翻訳

翻訳者の立場から離れて、利用者や学習者の立場から思うこととしては、現在あるような高精度の機械翻訳が大学時代に欲しかったと思いますね。私は理系の大学に進学したのですが、大抵の人は英語が嫌いです(ですよね?)。私も漏れなくそうでした。「何故翻訳しているの?」というツッコミはここでは置いといて、高精度の機械翻訳があれば、英語に対する心理的・物理的なハードルが下がり、もっと英語に触れる機会を増やすことができたのではないかと思うのです。そうしたら、英語圏からの情報収集術も巧みになり、もっと違った人生を歩んでいたかもしれないと、ふと思うときがあります。

加えて、ビジネスに必要な英語のリーディングやライティングが、もしかしたら効率的に学べて、将来必要であろう外国語業務をこなせるスキルが身に付けられたのではとも思っています。翻訳を始めて思ったことは、例えば和訳を身に付けるためには、基本的な文法や語彙を頼りに、実際の英語の文章を読んで日本語に訳してみることを繰り返すしかないということです。実践形式で試行錯誤することが一番です。そのときの試行錯誤を促進する補助ツールとして、高精度の機械翻訳は最適なのではないかということです。

ただし、機械翻訳を利用する上で注意しなければならないことがあります。機械翻訳は必ず間違えるので、出力結果をそのまま信じる態度はいただけません。一文一文、しっかりと検討する必要があります。例えば、自身の文法力や語彙力に沿って、その訳文が正しいかどうかを検討したり、自分が考える訳文と比較してみることです。さらに、プロが翻訳した類似の文章が参照できれば良いですね。このとき判断できなければ、とりあえず飛ばしてとんどん進んでいくのがよいかと思います。とりあえず、分からないながらも、戦い続けるべきかと!

とりあえずざっくりと言いましたが、この辺りの方法論は、自分の中で試行錯誤中でして、これから情報発信しながら詰めていきたいと思っています。そうそう、自身が思うこととして「ビジネスなどに必要な英語のリーディングやライティング」と「翻訳」とは、一旦切り離した方がよいと思っています。例えば、和訳された文章で「意味は分かるが、変な日本語の気がする」というのがあると思います。文章を理解する上では十分かもしれないが、他人に見せる文章としては不十分だった場合、読むだけだったら理解のところで止めてもいいとも思うのですが、どうでしょう?(笑)

ビジネスと機械翻訳

ではビジネスの話に移ります。そもそも機械翻訳は、翻訳者の代替にはならないということを大前提にしなければなりません。信じられないことに、翻訳者の代わりとなり得ると考えている人もいるそうで、今のところそれは無理でしょうということです。何度も言いますが、機械翻訳は必ず間違えるので、そのまま訳文を使ってはいけません。機械翻訳の訳文をほぼそのまま使うにしても、品質保証は使用した本人がしなければならないでしょう。

そして、機械翻訳を使って恩恵を受けるのは、使用する本人(企業)のみではないでしょうか。その恩恵とは、翻訳処理速度の向上(納期短縮)となります。よく機械翻訳を導入すればコストが下がると考える企業さんがいますが、必ずしもそうとは限りません。やり方次第ではないでしょうか。コストが下がるのは内部完結する場合のみで、外注するのであれば機械翻訳を間に挟めるべきではありません。先程から言っているように、機械翻訳は必ず間違います。頭から尻尾まですべて確認しなければなりません。「機械翻訳だからちょっと修正すれば訳文ができる。だから翻訳料金は安くていいよね」っていうのは幻想ですよ。これは「翻訳」を身をもって経験すれば分かることなのですが、なかなか分かってくれないところではあります。。。

そこでMTPE案件です。このMTPEというのは、機械翻訳(MT)した訳文をポストエディット(PE)して納品する翻訳案件です。ちなみに、ポストエディットとは、訳文を修正する作業です。MTPE案件は、通常の翻訳案件に比べて報酬が低く設定されています。理由としては「労力が少なくてすむから」というのが大半だと思います。でもですね、実際には、処理速度は早くなるかもしれませんが、労力は変わらないんですよ。下手したら、労力が増えることも珍しくはありません(要するに訳文がダメダメなとき)。そのため、上級の翻訳者ほどMTPE案件を嫌っている傾向が強いです。それに、自身の翻訳能力が機械翻訳の影響を受けて低下してしまうとのことで嫌う人も多いです。

このMTPE案件なんですが、個人的に外注には向かないものではないかと思っています。機械翻訳を活かすためには、使用する翻訳エンジンのクセを把握すること、翻訳者自身が使いやすい翻訳エンジンを使用すること、個々の案件等に適合させたカスタムエンジンを使用することが少なくとも挙げられると思います。基本的に、MTPE案件は、何の翻訳エンジンを使っているかも分からないし(教えてくれないし)、翻訳者自身が使いやすい翻訳エンジンかも分かりません。機械翻訳は、個人や企業用に徹底的にカスタマイズして、それを使いこなしてこそ本領を発揮する代物だと思っています。なので、素性もわからないものを渡されても困るだけです。本当なら、素性が分からなくて、間違いだらけ?のものを編集するので、翻訳料金は高くなるはずなんですけどねぇ。。。どうせなら、使用した翻訳エンジンを翻訳者に自由に使わせてくれるのだったら良いかもしれませんが、まあ、無理でしょう(笑。

ですので、機械翻訳を使うのであれば、内部で完結できる体制を整えるべきだと私は思います。企業の場合は、外国語文献・情報を活用するために機械翻訳を導入するのであれば、さほど考慮すべき事項は少ないと思いますが、翻訳物を作るとなるとハードルが一気に上がるのではないでしょうか。自社内で翻訳できる人と、機械翻訳の管理体制を整えなければいけないので、意外に大変なのではないかと想像します。ただ、一旦体制が整えば、翻訳物が完成するスピードと、外注と比べたときのコスト削減効果が、大きなモノとなるのではないかと思うのです。

最後に

機械翻訳について思うところを書き連ねてみました。私は機械翻訳は好きです。機械翻訳を通じて、AIとの協働を目指していきたいと考えています。そして、機械翻訳のリテラシーを考え、皆に伝えていきたいとも考えています。ですので、実践を通じて機械翻訳の有用性を確かめながら、機械翻訳の健全なる普及を目指し、機械翻訳の教育・コンサル事業を開拓したいと思う今日この頃です。

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