身を置く場所によって、変わっていく自分
「身を置く場所によって自分が変わる」ということを、引っ越しのたびに実感する。
「もっと心地よく暮らしたい」の気持ちに後押しされて、いくつもの街で暮らしてきた。人生の引っ越し経験数は10回を超える。東京で育ったあと、千葉、神奈川、静岡も含めていろんな場所で暮らしてきた。
なかでも最も自分の空気と合っていたのは、神奈川県の海街・辻堂だ。
辻堂は「いつか住んでみたい」と憧れていた場所だった。江ノ島や茅ヶ崎などの観光地に囲まれているものの、特に目立った観光スポットがない辻堂にはゆるやかな空気が流れており、また再開発された比較的新しい街特有のサラリとした綺麗さも肌に合った。
実際に暮らしてみても、やっぱり好きな場所だった。
駅前に大きな商業施設があって、映画館や本屋なども充実しているけれど、いざ街に入ると個人店が元気で、ちいさいけれどおしゃれなカフェがたくさん。海辺は人が少なく、平日の昼間でも砂浜でのんびりしている人がいるような、都市からそれほど離れていないのに浮世離れした時間の流れも好きだった。
この街でわたしの心は、だいぶ解けたように思う。特に平日の昼間、だいの大人が海で遊んでいたり、砂浜でビールを飲んでいたり、サーフィンしていたりするのが衝撃だった。街中ではスーツを着ている人もほとんど見かけない。街全体がのんびりしていて、わたしの中の時間の流れもゆるやかになった。
逆にどうしても自分の居場所だと思えなかったのは、東京の西側に住んでいた頃のこと。中央線沿いのその街は、都心で働く人のベッドタウンのような印象が強い。たしかに都心よりは緑が多くて住みやすいと思う。
ただ都心に出る必要のないわたしにとっては、「ここで暮らす意味」を見出せなかったのかもしれない。都心の論理で動く街で、勝手に「こうあるべき」に縛られ、自分の体が重くなるのを感じた。みるみる元気がなくなってしまった。何より海に気軽に出られないことが、もっとも心を曇らせた。わたしはこんなに海が好きだったんだなと、認識するいい機会だったとは思う。
東京で暮らすなら、わたしは断トツで清澄白河が良い。
というのも、清澄白河はわたしの地元だ。運河に囲まれたあの街の、さわやかな空気が好きだ。おしゃれなカフェが多く、木場公園という大きな公園もあって、東京湾に近いから海鳥も多く、ちょっと行けばお台場や豊洲や葛西臨海公園に出られるような、そんな場所。
ここは思いっきり都心の近くではあるものの、もともと町工場が多かった下町で、そのひっそりとした良さも残っている。祭りで盛り上がるような活気のある下町らしさと、ブルーボトルコーヒーや現代美術館のような洗練された流行が交わる場所。東京のなかでは、比較的自分の体がこわばらない空気感。
しかし清澄白河で暮らすためには、今以上に頑張って働かねばならない。都心の家賃相場は高い。2LDKの家賃相場を調べてみたら、27万円だった。まったく現実的じゃない……!
そして今暮らしている、静岡県・伊豆高原。
伊豆高原は、これまでに何度か旅行で来たことがあった。海鮮がおいしくて、山と海に囲まれて、空気が気持ちよいところだ……という印象だけだった。ここは「暮らしてみたい」と思って選んだのではなく、自分の人生をおもしろくするために選んだ場所だ。
地方移住ではあるものの、別荘地であるこの場所は、よくある田舎のべったりとした関係は希薄だと思う。工房の両隣は都市で暮らす人の別荘で、近隣は永住の人もいるけれど、それも県外から来た方達だった。だからなんとなく、都市の雰囲気もありながら、みんなこの伊豆高原という自然豊かな地を好んでここに居るという共通点もあって、その距離感は心地よい。
ここでのわたしは、というと。
これまでの場所とはまったく違う世界に来たような気持ちになっている。都市とは異なる時間を生きて、考えることも、必要なものも、都市とは違う。東京の当たり前が通じないことも多い。だいぶカルチャーショックを受けたのも本音だ。
ここでは生活に能動的にならないと、暮らしてゆくのは難しい。場所を整えていないと、あっという間に自然に侵食されてしまう。
わたしは伊豆高原にくる時に、「もっと寛容になりたい」というテーマを掲げた。都市で生きて培ってしまった「自然と自分が分離された感覚」や「一分一秒を争うような時間の流れ」、「カッチリとここからここまでを線引きするやり方」を、いったん手放したかった。
急に「都市ではない場所」にくることは、わりと荒療治ではありつつも、数年単位でリハビリしていきたいと思っている。もっと寛容になれたら、きっとわたしの人生は、もっともっと、おもしろくなるはずだから。
おわり
伊豆高原に越してくる時の心の内は、こちらにも書いてます。
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