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「地域に根ざす社会科教育」から社会科教育80年を考える(6)

おはようございます!
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前回(5)― 第Ⅲ章 「地域」理論の考察 ― 後段部分の論考です
 
「地域」理論をめぐり最後に「ここに、生き、住み、働き、学び、たたかい、ここを変える」を観点とする愛媛県歴教協・愛媛近代史文庫「地域社会史論」の概要について押さえておきます
その理論・実践については次回(7)で取りあげます

昭和53年(1978)改訂の高等学校学習指導要領「社会科・日本史」で、文部省は「地域」の視点を語り始めました

歴教協を始めとする民教連(日本民間教育研究団体連絡会)が提起する

「地域に根ざす」ことにより、日常生活のなかの視点が日常生活では見えない視点(科学の視点)へとものの見方、考え方が深まり、それ故、身の周りの諸矛盾から全世界に亘る諸矛盾の認識を可能にし、それらを主体的に克服していこう、とする人格的発展がみられる

「地域住民」が科学的に認識し、「地域」に内在する諸課題を乗り越えて、より良き「地域」の創造主体として成長していく

「地域」を科学的に認識していくことによって、人間性、人権に関する普遍的な価値の萌芽を養い、それを原動力に、世界(の諸矛盾)へと目を拓いていき、子どもたちの人格を鍛えていく

「地域」の視点とはかけ離れているものの、「地域」の視点を、官民ともに語る時代がやって来たのです

では、今回の前段、第六回目(6)の内容です

(6)愛媛近代史文庫の「地域社会論」
(7)現行学習指導要領における「地域」
 第2節 「地域に根ざす」ということ
(1)「地域に根ざす」とは
(2)なぜ「地域に根ざす」のか


(6)愛媛近代史文庫の「地域社会論」
 歴教協において、最初に「地域」の視点を重視し、理論構築を進め、歴教協の「地域に根ざす社会科教育」の創造を中心的に担ってきたのが、愛媛県歴教協・愛媛近代史文庫に集う研究者・教師・労働者・父母(ママ)(保護者)・学生・地域住民であった。近代史文庫は、1953年の創立以来、愛媛県歴教協、女性史サークル等の諸団体と一体し、地域住民との共同研究体制のもと、「ここに、生き、住み、働き、学び、たたかい、ここを変える」を観点とする「地域社会史論」を創造、深めてきた。

 「地域社会史論」では、「地域」(「地域社会」)を次のように捉えている。(48)

 ⅰ)「地域社会」は、「地域」・「職場」の住民組織・労働組織・運動組織の一環である小集団と意識連帯を原点とし、それらの複合・連結体である社会集団と意識連帯を拠点として、単一または連結して形成されたものであり、さらに、それらの各「地域社会」を基盤として、単一または連結した民族社会(例えば国家)が成立し、さらにこれらの各民族社会を基盤として、人類の地域世界と全人類社会(全世界)が構成される。

 ⅱ)地域社会は、基本的に一貫した階級的または体制的矛盾が貫徹する特定地域住民の社会生活の場であり、その場における民衆の意識連帯を根源として成立している。

 ⅲ)この場に貫徹する階級的または体制的矛盾は、この場の個性的矛盾と民族社会の全般的矛盾と人類社会の普遍的矛盾とが一つになった特徴的な矛盾である。この矛盾の貫徹のゆえに、この場に住んで働くひとびとの生活と意識とは、つねに自発的に運動する。

 ⅳ)つまり、「地域社会」とは、共通した社会生活の諸条件(49)のもとに存在し運動する特定地域住民の生活圏と意識連帯である。 

 ⅴ)このような地域社会集団 = 地域住民生活の場 = 地域社会は、つねに歴史的に形成され、変革され、創出されるもので、さまざまな諸類域と発展段階による存在形態をもっている。

 「地域社会史論」が提起した視点で重視されるべきものとして「地域社会の主体となる民衆と人民」が挙げられる。「地域社会の民衆」を、地域社会を営み動かす基本的な主体、社会的生産の担い手、解放と進歩のためのたたかいの主体として捉え、「被支配者でありながら、支配者に同調して、支配体制に奉仕している民衆もあれば、非搾取階級に属しながら、他地域の民衆や他民族に対して抑圧者・差別者としてのぞむ民衆もいる」としながらも、「にもかかわらず、地域社会の民衆は、地域社会を進める主体としての民衆(地域社会の人民)になりつつあるし、また、なっていく」とする。つまり、「地域社会の人民は、社会的生産と文化創造の担い手であり、社会的・階級的自覚と民族的自覚と人類的自覚を契機とする地域人民連帯の自覚をもつものであり、地域社会と人類社会の全民衆の解放と進歩を推進する主体」であり、「地域社会の民衆は、地域社会に貫徹する矛盾のなかで、人民」に成長するのである。それ故、「地域社会は、民衆の人民的成長を軸として、自発的に一貫して運動し、つねに変革され、創出され、形成されていく」のである。
 「地域社会史論」に関する考察は、第Ⅳ章に譲ることとする。

(7)現行学習指導要領における「地域」
 高等学校現行学習指導要領の日本史では、現行指導要領の改訂時に、「地域社会の歴史と文化」が新たに内容に加えられた。地域教材を扱うことの意義について同解説では(50)

  ⅰ)地域社会に現実に生活する者の目によって、地域の現状と課題をとらえ、その視点から地域の歴史的・文化的事象を考察していくことができ、地域社会の発展や地域文化の創造に尽くした先人の努力を具体的にみることができる。こうした学習によって、歴史を主体的に、自分とのかかわりにおいてみていくという歴史考察の態度が育てられる。

  ⅱ)身近な生活舞台における諸事象を学習の対象とすることにより、一つの事象をその地域の具体的諸条件のなかで総合的に考察することができる。これは、歴史的事象を深く考察する目を養うことになる。

  ⅲ)日本の歴史の展開を、地域の具体相のなかにとらえることができ、また、地域社会の側から日本の歴史全体を見直していく契機ともなりうる。

  ⅳ)地域の歴史のもつ ①庶民の歴史、生活の歴史としての性格 ②政治や文化の中央に対して、独自性をもつ地方史としての性格 ③文化面では、表層文化に対して、文化の底流にある伝統的な基層文化としての性格、などをみることによって、日本の歴史と文化を地域的にも階層的にも幅広いものとしてとられることができる。
と、している。ここでは、地域学習における子どもの入りやすさ、歴史的なものの見方、考え方が重視されている点評価できるが、先にみた民間側の「地域」論と比較してみるならば、解説の文脈からは、地域=ふるさと教育論の域を抜けきれず、授業方法としての「地域」の視点にとどまり、従って、そこから育つものは、「崩れかけている地域社会の連帯づくりを通して、積極的に国家の課題にこたえていく」(51)公民に他ならない。「地域」は、自分たちの地域を、連帯しながら自分たちで切り拓き、創造していく、という主権者形成の可能性を秘めた、もっと発展的な視点なのである。(52)

第2節 「地域に根ざす」ということ

(1)「地域に根ざす」とは
 ここで今迄の考察をもとに「地域に根ざす」ことの意味を考える。「地域に根ざす」というとき、2つの側面が存在し得る。ひとつは、学校教育における教育実践レベルの側面で、すなわち、科学の系統と生活の系統の結合としての「地域」に着目し、「地域学習」を通して(53)子どもの科学的社会認識育成、人格形成を育む側面である。もうひとつの側面は、「地域の掘りおこし」を通じて、地域住民をも巻き込み、地域住民が「地域」の創造主体(地域人民)へと成長していく契機・過程を総称している側面である。

 両者に共通する側面として、「地域に根ざす」ことにより、日常生活のなかの視点が日常生活では見えない視点(科学の視点)へとものの見方、考え方が深まり、それ故、身の周りの諸矛盾から全世界に亘る諸矛盾の認識を可能にし、それらを主体的に克服していこう、とする人格的発展がみられる、ことが挙げられる。だからこそ、先の2側面も理解できるのである。

 つまり、「地域に根ざす」とは、住民の生活共同・連帯・自治を内実とし、「中央」からの諸矛盾を克服、抵抗していく拠点としての「地域」を「地域住民」が科学的に認識し、「地域」に内在する諸課題を乗り越えて、より良き「地域」の創造主体として成長していくことを意味する。そしてこのことは、自分の「生き、住み、働き、学び、たたかう」地域のみに限定されるのではなく、日本・世界を貫く発展性をも内在しているのである。

(2)なぜ「地域に根ざす」のか
 既に第Ⅰ章でみたように、今日の社会情勢・子どもたちや教育をとりまく現状は深刻なものである。1970年代以降、子どもたちの全面発達、地域の教育力の回復をめざして取組まれてきた「地域に根ざす」社会科教育も数々の成果をあげ、今まさに、新たなる方向を模索している、と言える。

 以前とは様相を変えて深刻な社会問題となった「いじめ」の問題は、子どもたちの人格形成、健全な発達の歪みを端的に物語っている。教育が、教科教育としての社会科教育がどのような子どもを育てるのか、改めて社会が問うている、と言えよう。

 今、子どもの健全なる人格形成が第一に求められている。「地域に根ざす」社会科教育は、それに応えていくべきである。他方、「地域に根ざす」ということの内在的な問題として、「地域」から「人格形成」に一足飛びで直結させてしまう傾向が少なくないようだ。「地域に根ざす」社会科教育が、子どもたちをどう動かし、人格形成をはかるのか、が再び問われている。今年(1985年)の歴教協第37回和歌山大会「地域の掘りおこし分科会」では、「地域に根ざす」の新しい視点として、「地域をみつつ、世界に目を拓く」という視点が提起され、確認された。「地域」を科学的に認識していくことによって、人間性、人権に関する普遍的な価値の萌芽を養い、それを原動力に、世界(の諸矛盾)へと目を拓いていき、子どもたちの人格を鍛えていくのである。今まさに子どもたちに、人間本来のもの(人格としての人権尊重、人類愛等々)が求められている。それを担うべきものとして「地域に根ざす」社会科教育の存在価値が問われている。

(註)

(48) 篠崎勝著「地域社会史の創造」(近代史文庫 前掲書)

   篠崎勝著「地域社会史の理論と課題」(『歴史地理教育』154号1969年4月)

(49) 自然環境、種族、人口、労働状態、生産関係、階級関係、権力支配、自治形態、言語、風俗、思想、宗教などによって規定され特徴づけられる社会生活の諸条件

(50) 文部省『高等学校学習指導要領解説・社会編』1979年

(51) 一戸富士雄著「東北の大地をふまえてーわれわれの地域教育論―」(『歴史地理教育』364号1984年3月)

(52) 第Ⅳ章で検討していく。

(53) 「地域」を取り扱った教材編成を行ううえでの「地域」概念を「学ぶ側の論理」からあげると、
ⅰ)子どもの興味・関心を引きつけ、子どもにとって入りやすさがある。
ⅱ)子どもが直接経験できる。
ⅲ)子どもが直接観察、比較することにより、自己学習を通して事実や関係を具体的につかむ
ことができる。
ⅳ)地域に生きる人に接し、感動や共感を呼び起こす。
ⅴ)子どもの主権者意識を育てる。


昭和53年(1978)改訂の高等学校学習指導要領「社会科・日本史」に、新たに内容に加えられた「地域社会の歴史と文化」では、「地域」の視点が初めて提示されました

「地域学習」における子どもの教育内容への入りやすさ、歴史的なものの見方、考え方が重視され、

「地域教材」を扱うことの意義について同解説では

ⅰ)地域社会に現実に生活する人々の視点に立つことで、地域の現状と課題をとらえ、その視点から地域の歴史的・文化的事象を考察し、歴史を主体的に、自分とのかかわりにおいてみていく歴史考察の態度が育てられること

ⅱ)身近な生活舞台における諸事象を学習の対象とすることで、一つの事象をその地域の具体的諸条件のなかで総合的に考察することができ、歴史的事象を深く考察する目を養うことになること

ⅲ)日本の歴史の展開を、地域の具体相のなかにとらえることができ、また、地域社会の側から日本の歴史全体を見直していく契機ともなりうること

ⅳ)地域の歴史のもつ性格をみることにより、日本の歴史と文化を地域的にも階層的にも幅広いものとしてとられることができること

と定義されています

内容的には、一定評価はできますが、「地域」=「ふるさと教育論」(「ふるさと」のよさを発見し、「ふるさと」への愛着心を醸成させ、「ふるさと」に生きる意識・意欲を醸成する)の域を抜けきれず、授業方法としての「地域」の視点にとどまっています

「地域」は、自分たちの地域を、連帯しながら自分たちで切り拓き、創造していく、という主権者形成の可能性を秘めた、もっと発展的な視点なのです

他方、現行「学習指導要領」『地歴科』の「目標」は、
『社会的な見方・考え方を働かせ,課題を追究したり解決したりする活動を通して,広い視野に立ち,グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力を次のとおり育成することを目指(ママ)す。
『公民科』の「目標」は、
『社会的な見方・考え方を働かせ,現代の諸課題を追究したり解決したりする活動を通して,広い視野に立ち,グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力を次のとおり育成することを目指(ママ)す。

です(地歴科;「課題を追求・解決」、公民科;「現代の諸課題を追求・解決」)

日本国民としての自覚,我が国の国土や歴史に対する愛情,他国や他国の文化を尊重することの大切さについての自覚などを深める(地歴科)

国民主権を担う公民として,自国を愛し,その平和と繁栄を図ることや,各国が相互に主権を尊重し,各国民が協力し合うことの大切さについての自覚などを深める(公民科)

と、基本的には、まだ抜けきれていません

しかし、私の学生時代の文部行政とは異なり、今日の文部科学省は専門家の知見を得ながら、2030年代の社会状況、そこに飛び立つ子どもたちの将来をほんとうに心配し、教育政策を打っているように感じます

また、私は、大阪府立豊中高等学校 教頭時代(2014~2016年)、SSH及びSGH事業に関わり、特に、SGH指定校に向けての申請書・計画書・報告書の作成、体制づくり、研究・開発・実践等の実務を統括していたので尚更、さらに、大阪府立東百舌鳥高等学校 校長時代には、国研(国立教育政策研究所)「総合的な学習の時間」教育課程研究指定校事業(2018~2019年)のやはり、申請書・計画書・報告書の作成、体制づくり、研究・開発・実践等の実務を統括していました

SSH、SGH、国研教育課程指定校事業等、かなりの国費をかけて取組まれた実践の成果を踏まえた新学習指導要領「探究」科目にも、2030年代を生き抜く子どもたちのCompetencies育成に大いに期待するものです

次回、第七回目(7)では、愛媛近代史文庫「地域社会論」の分析を通して、子どもの人格形成と「地域」の可能性について論じていきます

何かのきっかけで、現場の生徒たちや先生方が幸せになっていくような議論が拡がればと願います

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします

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