"男女平等の社会"は綺麗事にすぎない

今回は結構ひどいこというので、独断偏見強めです。もし頭に来ても殺害予告とかしないでください。

"男女平等"と言う言葉を聞いて、どっちの性別が先に頭の中に浮かぶかというと、多くの人が女性の人が先に頭の中に浮かぶでしょう。この前まで問題となっていたいわゆる「ツイフェミ」と言われる方々たちは、"男女平等"を求めて活動していました。(多分今もしてる)

"男女平等"を目指すのはとてもいいことだと思うし、それが叶ったならみんな幸せのハッピーエンドでしょう。しかし、こうやってうまく事が運んでいないのは"平等"の意味を履き違えている人がいるからだと思います。

少し前までは、"女性"という立場が弱い人たちが扱いを対等にしてほしいという要望が主だったのに、その要望が広まってきた昨今ではただ「女性は男性よりも優遇されるべきだ」というわがままな奴らが増えてきているように思えます。

「女性は男性より物事をたくさん考えてる」ということを私の友達が言っていたのですが、私はそうは思えません。まだ大体19年しか生きていないガキですが、その19年の人生経験の中で、同世代でも思慮深い男性には沢山会いました。でも、思慮深い女性は、私の同年代にはほとんどいなかった気がします。単純に女性と関わる機会が少ないからと言うのも原因の一つだと自負しているのですが、それでも簡単に個人情報をSNSに上げたり、全く面白くない変顔をしてウケを狙ったり、自分の存在を主張するために大声で話し、猿みたいにキーキー鳴くような人間が裏でものすごく沢山の物事を考えているようには私にはとても見えませんでした。

恋愛に関しては女性はよく考えてると思われがちですが、その恋愛も高校生の恋愛なんて所詮消去法と依存じゃないですか、恋愛をするために学校から消去法で彼氏を作って、自分の地位を守るために相手に依存し、ついでに性欲を満たす。そんなチンケな恋愛のために脳みそフル稼働させてるなんて傍から見ればアホらしいもんだと思うのです。

人間は本能で常に誰かの上にいたいと考えるもので、こっちが優しく振る舞っていると必ず対等にいようとせず上にいようとします。これは私も人付き合いの中で気をつけていることなのですが、自分より優しい人がいても、その優しさに甘えてはいけないと思うのです。私が女子全般を嫌いになった要因がその一つで、女子高生って自分が本当に一番だと思っているんでしょうね。こっちが初対面で優しくすると、すぐにつけあがって上から目線で話して来るのです。対等に話してくれる人も何人かはいましたが、いわゆる人気者の人たちは特に私や他の人と話すときはどこか上からで、まるで自分が中心なことがあまり前のように振る舞っているのです。

そうやって自分中心に生きて来た人たちが、本当に困っている人の味方のフリをして自分の地位を上げようとしていることが"男女平等"の現在だと思っています。私は男女平等を批判したいわけではありません。しかし、男が女を意識し、女が男を意識している時点で"平等"を目指すことは一番難しいことだと思うのです。

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