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「おてんとうさまはちゃんと見ている」という話

私の友人から聞いた話だが、                     彼は今から数十年前に、新卒で旅行会社に入社した。
そこでは、自分が営業で獲得したお客さんの会社や団体の旅行の添乗員として、慌ただしい日々を過ごしていたらしい。

その彼の入社後、心待ちしていた添乗員としてのデビューがシンガポールだったそうだ。当時の旅行会社の慣習としては初めての添乗員デビューの際にはメインの添乗員が必ずいて、新人はサブテン(いわゆるサブの添乗員)としてメインの添乗員に付いて指示通り動けばいいので楽な気持ちで臨めるというものであった。が、彼の場合はそうではなかったらしい。空港に着くとまだメインの添乗員の姿が見えず、空港まで付き添ってくれた先輩社員に尋ねると、

「実は、、、、添乗員付きのツアーが何本も出ており、添乗員が足りなくて今回は、お前がメイン添乗員としてで行ってもらうことになって、、、」

と聞かされ、彼は目の前が真っ白になったそうである。
それだけではなく、ツアーのお客さまの宿泊する予定のホテルがオーバーブッキングをしており、現地に到着するまで取れているか何ともいえないということであった。

当時のシンガポールは作家・村上龍が執筆した「ラッフルズホテル」という小説がヒットしており映画化もされ、超人気のホテルとなっていたのである。
さらに悪いことに、空港まで付き添ってくれた先輩社員から聞いた話によると、ツアー客の中に、若い内縁の妻と参加しているご主人がどうも我々と住む世界が違うコワモテの方なので、態度や言葉遣いにはくれぐれも注意をしろ、とのことであった。

私の友人の添乗員デビューはこうして、
 
初めての添乗で自分がメイン添乗員(不安がいっぱい)
 
ホテルがオーバーブッキング状態(不安がいっぱい)
 
お客様の中に要注意人物がいる(不安がいっぱい)

 という3重苦状態のまま、幕を開けたのである。

 サブテンだとばかり思っていて、シンガポールのことについて生半可な知識しか身につけていなかった彼は、こうして不安という文字が自らの脳内を独占しながらも、シンガポール・チャンギ国際空港に到着したのである。

チャンギ国際空港といえば東南アジアのハブ空港として栄えており、空港内もとても広い。当時は今と違い、YouTubeやらSNSなどなく、先輩社員が書いてくれた空港の入国審査場までの簡素な見取り図のメモを頼りに、なるべくキョロキョロしないようにお客様を誘導しながら入国したようだ。

「添乗員さ~ん。シンガポールに来るのは何回目~?」

とお客様に声かけられて添乗員デビューの友人は
「今回で8回目ですかね。いつも季節は秋だったので5月に来るのは初めてですね。」
と気軽に答えたものの、内心はドキドキだったらしい。
なぜなら、当時はたとえ添乗先が初めてであっても決して「初めてです」とは言ってはいけない暗黙の掟があったからである。「初めて」と答えてしまうとお客様が不安がったり、舐められてしまい、こちらの言うことを聞かなくなる、という恐れがあったからだ。

こうして自称シンガポール添乗8回目の友人は、ツアーバスでオーチャードロードに向かったのである。道中、現地コーディネーターにしきりにホテルが取れたかを聞いても、あいまいな返事で、いや取れる見込みはほとんどないだろう、という絶望的なコメントであった。
結局、初日のホテルは全員同じグレードだがアメリカンタイプのホテルに泊まることになり、他のお客様は従ってくれたが、例のコワモテご主人はそうではなかった。

コワモテご主人は
「○○さん、これはどういうこと? いつラッフルズホテルに泊まれるんだ? 俺はカミさんがどうしてもラッフルズに泊まりたいというから、このツアーに参加したんだ!」
と、ものすごい剣幕で、デビューしたての添乗員にすごんだらしい。

実は旅行会社もバカではないので、ラッフルズホテルが泊まれない場合には同等のデラックスホテルでの宿泊となります、と小さな文字でパンフレットに記載はしていたのだが、コワモテご主人にとってはそんなことはどうでもいい話で、その後、ずーっと添乗員の耳元で

いつでもお前を首にできるんだぞ、、、、

添乗員の彼ははホテル側と、会社の代表として交渉していたが、結局その日もラッフルズホテルは取れなかった。
彼はそれまで憂鬱な気分で睡眠もろくに取れず、昼はツアーの添乗を何とかこなし、合間を縫ってそれでもホテル側と粘り強く交渉を重ねていたが駄目であった。挙句、日本にいる友人に国際電話をして

早く日本に帰りたい。。。。。」と泣き言をいう始末であったらしい。
それも無理はない。添乗員デビューした同期入社の者はみな、サブテンとしてフランスやイギリス、ドイツ、アメリカ、カナダ、ハワイとそれなりに イイ体験をして笑顔で帰国していたからである。

そして3日目の朝。コワモテご主人がホテルのロビーで再度、
ラッフルズは取れたのかい?
と話しかけてきた。

「申し訳ありません。交渉はしているのですがまだ取れてません。。。。」
次の瞬間、コワモテご主人が
「ふざけるなー!! 俺はもう自分で取ってきたよ!(怒)」
「えっ??」
そう、コワモテご主人は最上階のスイートを個人客向けの高いレートで取っていたのである。

ずーっと旅行会社とホテルとで交わしている団体レートで交渉してきた私の友人は頭の中が真っ白になったそうだ。

「あ~、この高額宿泊費をうちの会社に請求される、、、。それどころか、対応が悪かったと会社にクレームを言われ、俺は首にされるんだ、、、、(泣)」

結局、その日もお客さまをセントーサ島観光に連れて行ったり、他のお客様の買い物に付き添ってあげたり、ホテルに戻ってきたのは夕方になっていた。
自室を開けてベッドに疲れた体を預けた瞬間、部屋の電話のベルが鳴り、、
例のコワモテご主人からであり、ホテルのレストランまで来てほしいとのことであった。
いよいよ、明日からスイートに泊まるラッフルズホテルの請求の件やら、自分の首を切られる覚悟でレストランにたどり着くと、          コワモテご主人は一転ニコニコ顔で、

「いろいろ、添乗員さんには怒鳴りつけたり、ひどいこと言ったけどホテルが取れたから俺の面目も立ったので、謝るよ。申し訳なかった。会社に請求したりなんかしないから安心してよ。○○さん。あんた、よく頑張った! お詫びに夕食をごちそうさせてよ。」  

 私の友人が、その場で人目もはばからず、大粒の涙を流したことは言うまでもない。
 立ち直りの早い友人は帰りのシンガポール航空の機内で、コワモテご主人から会社の慰安旅行の相談をされたり、人生のアドバイスを受けたり、すっかり打ち解けたようで、                       もうすでに次にシンガポールに添乗員としてきたときは、今回以上のサービスをしてお客さまを楽しませようと固く心に誓ったそうな。

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どんなにつらいことや困難なことがあったとしても、          逃げずに真正面から受け止めて、                   その時の自分が出来ることをやっていれば、必ず乗り越えられる、    「おてんとうさまはちゃんと見ている」、という話でした。

※ちなみに人が「友人から聞いた話なんだけど。。。」などと失敗談や恥ずかしい話を人に語るときは、たいてい自分の体験談である、そうな(笑)。

自慢ではないが、私の失敗談はSTARWARSのエピソードよりはるかに多い。
 “人の不幸は蜜の味”ともいうが、                  私は自分の恥ずかしい話や失敗談を、色々なことで悩んでたり、苦しんでたり、自暴自棄になっている人を少しでもクスっと笑わせて
 元気にしていきたい。それが私のミッションだと考えている。

どうせ一度きりの人生なのだから、一回でも多く笑って
     自分にとって楽しいと思える人生を送りましょう♪
 

 “あなたは生きているだけで素晴らしい存在なのだから”


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