RPGの「空間」を考える
RPGの世界における仮想空間には様々な役割があります。その中で重視される役割は、RPGというジャンルの発展ととも変化してきました。
この記事では、RPGの仮想空間が持つゲームデザイン上の機能を要素分解し、各要素を切り口としてRPGの発展を紐解きます。
RPGの「空間」とは
ドラゴンクエストなどに代表される、古典的なデジタルRPGを想像してみよう。フィールドがあり、街や洞窟への入り口、人や宝箱などのオブジェクト、壁や川による仕切りがある。プレイヤーはこの仮想空間を移動してゲームを進行する。
ゲームの内部では、オブジェクトの位置は数字を組み合わせた「座標」だ。移動は数が変化することに過ぎない。右1マスの移動はXに+1、下3マスの移動はYに-3。
各オブジェクトがグラフィカルに表示されることで、プレイヤーは複数のオブジェクトと座標、つまり数の集合を「空間」と認識する。
この空間には、ゲームデザイン上どのような機能があるだろうか。ゲームデザイン上の機能とは即ち、空間の表現がプレイヤーに与える体験に他ならない。
また、現代では多くのRPGが3Dになるなど、空間の表現や利用の方法も変化している。この変化の要因は、マシンスペックの向上だけではない。RPGのゲームデザインの発展や、プレイヤーの嗜好の多様化が背景にある。
この記事では、「空間が与える体験」を切り口に、現代のRPGの変化を紐解いていきたい。
冒険:探索の舞台としての空間
未知の土地や街を気の向くままに探索することは、RPGの醍醐味の一つだ。
前述のとおり、空間はオブジェクトの配置によって生み出される。そのため、空間の探索が面白いか否かは、オブジェクトをどのように配置するかにかかっていると言えるだろう。
同様に、「自由」であるという感覚もオブジェクトによって生み出される。
広大だがオブジェクトが何もない空間は「精神と時の部屋」と同じくただの牢獄だ。「広さ」や「自由」は、行動範囲ではなく緻密な設計、つまりレベルデザインによって担保される。
これは一見当然のことだが、現代ではより重要になっている。なぜなら、多くのゲームが3D化し、グラフィックの質も上がったことで、レベルデザインの難易度やコストが跳ね上がったためだ。
プレイヤーに「冒険」を楽しんでもらうためには、レベルデザインの質を高める戦略が必要で、その戦略はいくつかに分けられる。
・戦略1:頑張って作る
レベルデザインの質を高めるには、レベルデザインの技法を向上させればよい。
レベルデザインの技法は、オープンワールドのタイトルでより強く必要になる。自由度を追求したオープンワールドは、要求されるレベルデザインの水準が高い。
ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルドは、「自由感」がノウハウとイテレーションの積み重ねによって生み出されることの好例だろう。
・戦略2:AIに作らせる
では、レベルデザインのコストを圧縮する方法はないのだろうか。その答えの一つがAIによる「自動生成」だ。
The Witcher 3など、地形を自動生成することで開発工数を圧縮している事例がある。今後、自動生成が可能な領域や、生成されるコンテンツの質は向上していくため、ゲームの作りこみにおいて、自動生成技術は重要な地位を占めるものと思われる。
・戦略3:ランダム生成する
また、Minecraftなどのサンドボックスゲームは、地形をランダムにすることで個別の設計をすることなく、プレイヤーに冒険の舞台を提供していると捉えられる。
Terrariaやドラゴンクエストビルダーズなど既存のRPGに寄せたタイトルもあり、サンドボックスゲームのシステムはRPGの文脈においても画期的な発明だ。
ここまでをまとめると、
・プレイヤーに冒険感を与える難易度、コストが高くなっている
・そのため、レベルデザイン技術の向上や、AIによる自動生成が求められる
・冒険感を重視したシステムにはオープンワールドやサンドボックスがある
と言えるだろう。
意思決定:リソース管理の戦場
古典的なRPGに付き物なのが、エンカウントによる戦闘だ。
フィールドを移動するときに敵が出現し、戦闘が発生する。戦闘によりパーティが消耗したり、全滅してゲームオーバーになるリスクがある。この移動と戦闘の繰り返しが、RPGの中核システムと考える人も多いだろう。
上記の繰り返しの中で「移動」、つまり「空間」は戦闘のトリガー(エンカウント)をつかさどっている。
ここで注目すべきはエンカウントのシステムだ。いつ敵が出現するか分からないランダムエンカウントと戦闘による消耗が組み合わさると、移動が意思決定とリソース管理のゲームになる。進むべきか、脱出するべきか。ゴールまでたどり着くためにMPやアイテムをどう使うべきか。
一方、シンボルエンカウントのゲームでは戦闘するタイミングを制御できるため、移動に意思決定は要求されない。戦闘したくないときは戦闘しなければいい。
意思決定が発生するのは、エンカウントがランダム「かつ」戦闘による消耗があるときだ。戦闘による消耗がなければ、戦闘には勝つか負けるかしかない。移動部分は意思決定ゲームとしての機能を失う。
そして、「戦闘による消耗の有無」はゲームによって異なる。
上記の記事ではドラゴンクエストとファイナルファンタジーXIIIの「戦闘終了後における自動回復の有無」から、ゲーム構造の違いが論じられている。
この論も十分に興味深いものだが、筆者は「戦闘による消耗の有無」は「戦闘終了後における自動回復」などのシステム面だけでなく、「回復スキルの強さ」などバランス面からも決まると考えている。
例として、戦闘終了後の自動回復がないドラゴンクエストシリーズに絞って考えよう。
ドラゴンクエストVIには「ハッスルダンス」というスキルがある。ハッスルダンスは毎ターン、何のリソースも使わずに使用でき、パーティ全体の体力を大きく回復する。さて、常にハッスルダンスを使い続けるとき、戦闘による消耗はあるだろうか。
このようにゲームバランスによっては、戦闘による消耗が形骸化する。戦闘による消耗の有無は、実際には「有無」ではなく、「どのくらい消耗するか」という連続的な評価をすべきだろう。
ここで近年のRPGを見ると、明確に「消耗しにくい」方向へ変化している。ドラゴンクエストは、VI以降「ハッスルダンス」「どとうのひつじ」などの強力なスキルが見られるようになった(筆者は「DQがFF化した」と表現している)。いまや、ボス戦以外で全滅させようとしてくるRPGは稀だ。
こう考えたとき、いくつかのランダムエンカウントのゲームは、易化したゲームバランスとゲームシステムが不整合を起こしていると言えるだろう。
エンカウントが意思決定をもたらさないなら、エンカウントのランダム性は面倒なだけだ。シンボルエンカウントのゲームが増えるのも当然である。
以上のように、
・ランダムエンカウントと戦闘による消耗が組み合わさると、移動が意思決定のゲームになる
・ゲームバランスは易化しており、消耗は起こりにくくなっている
・ランダムエンカウントは意思決定を生み出せなくなり、シンボルエンカウントへの移行が進んでいる
「空間」は古典的なRPGにおいて「意思決定」「リソース管理」という体験を生み出す機能を持っていたが、ゲームバランストレンドの変化により、その機能が薄れているのが現状だ。
ハブ:要素を統合するための空間
ここまで「冒険」と「意思決定」という2つの体験に触れたが、RPGで楽しめる体験はこれだけではない。
「ストーリー」や「キャラクター」を重視する人たちはRPGファンの主要な一派だし、「育成」が楽しいという人もいる。MMORPGでは「対人戦」ばかりしている人も多いだろう。
これらにはどれも「空間」は必須ではない。しかし、これらすべてを一つのゲームに統合するときに、仮想空間は強力な手段になる。
RPGはゲームジャンルの中でも、多様な楽しみ方ができるジャンルだ。
ファイナルファンタジーVIIなどの「大作」が大量のミニゲームを搭載することには、あらゆる要素を取り込みたいという志向が表れている。また、Ultima Onlineなど初期のMMORPGは、もう一つの世界を目指し、あらゆる楽しみ方ができるよう設計されている。
上記のゲームでは、プレイヤーが複数のコンテンツや、体験にアクセスするとき、仮想空間を経由してアクセスする。空間がハブの役割を果たすのだ。同様に、MMORPGのプレイヤー間のつながりにも仮想空間は重要だ。ここでも、空間は人と人をつなげるハブの役割を果たす。
しかし、これらの役割は近年、重要でなくなりつつある。
理由は大作RPGのような、「全ての要素を詰め込んだゲーム」が支持されなくなっているからだ。インターネットやデバイスの発達、無料ゲームの普及によって、プレイヤーは多くのゲームを遊ぶことができるようになった。一つのゲームですべての欲求を完結させる必要はない。
冒険を楽しみたいときはオープンワールドRPGや、サンドボックス。育成にはハックアンドスラッシュや、スマホRPG。対人戦はMOBAがある。
また、人と人をつなげるハブも、SNSの発達によって必須ではなくなっている。「会話」をゲーム内から取り除いたり、拒否できるようにするなど、コミュニケーションを外部化するオンラインゲームがあることもその表れだ。
そのため、「空間」の持つ「要素の統合」という役割も、近年重要度を減らしていると言える。
テーマパーク:世界自体の価値
MMORPGの仮想空間が、複数のコンテンツや、人を結び付けるハブの役割を持っていると述べたが、では、複数のコンテンツや人を結び付ける必要がなくなったとき、MMORPGの仮想空間はどうなるだろうか。
ここでは、仮想空間世界そのものの価値に着目したい。
ディズニーランドはただそこに居るだけで楽しい。世界観を明確にし、支持を得ることで、個別のアトラクション(コンテンツ)の寄せ集めには生み出せない体験を生み出すことができる。
裏を返せば、MMORPGは個別のコンテンツにおいては、一つのコンテンツに特化したタイトルに勝つことができない。そのため、世界自体の価値がMMORPGの中核ということになる。
この点で言えば、強力なIPを背景にしたWorld of Warcraft、ファイナルファンタジーXIV、ドラゴンクエストXには本質的なアドバンテージがある。
ファイナルファンタジーXIVが「MMORPGはテーマパーク」との方針を明確にし、ファイナルファンタジーシリーズの要素をちりばめているのは、世界自体の価値の確立が、MMORPGの仮想空間を維持するための、唯一の方法であるためだ。
空間の消滅:RPGの抽象化
MMORPGの仮想空間が維持されなくなったとき、一体何が起きるだろうか。
もちろん、「空間」が消滅するのだ。
古典的なRPGが内包していた要素を結び付けていたのは「空間」だった。その空間が消滅し、多くの要素がバラバラになり、後には「ストーリー」「キャラクター」「育成」が残る。スマホRPGの誕生である。
また、Lineage 2: Revolutionなど、オート機能を充実させ、移動と戦闘をほぼ全て自動化したRPGも、実質的に空間を消し去ったと言える。
グランブルーファンタジーに代表されるスマホRPGは、RPGの一部の要素を抽出したゲームで、抽出された要素に空間は必要ない。
空間表現を行わないことで、マシンスペックが低いデバイスでも美しい表現ができる。また、空間という「連続性」を持った要素を排除したことで、ゲームプレイを断片化させることができるようになった。
これらの特徴はスマートフォンというデバイスと非常に相性が良い。
インターネット黎明期「将来インターネットでショッピングができるようになる」と言われたとき、多くの人が思い浮かべたのは、商店街を模した仮想空間だった。
いま、我々が目にするのはAmazonである。商店街の空間を消滅させ、商品と検索、レコメンドのみを残したものが、「正しい」ネット商店街だったのだ。
RPGの要素を抽象化し、スマートフォンというデバイスに最適化したことで空間を消し去ったスマホRPGも、RPGの発展形の一つと言えるだろう。
まとめ
ここまで見てきたようにRPGの「空間」は、
・冒険の舞台
・意思決定の提供
・要素の統合
・テーマパーク
などの役割を持っていたが、近年
・コストの上昇
・各要素に特化したゲームの躍進
・ゲームバランスの易化
の影響で、
・冒険感を重視したオープンワールド、サンドボックス
・世界観を重視したテーマパーク
・空間を取り除いたスマホRPG
などが求められている。
このほか、Dark Soulsなどアクション性の強いものや、ローグライク(意思決定)、ハックアンドスラッシュ(アクション + ファーム)など、この記事で取り扱えていないジャンルもあるが、いずれにしても「空間」にどのような体験を求めるか具体的に想定することが、以前よりも重要になっていると言える。
近年は、総花的なタイトルが苦戦している傾向にある。一方で、自動生成や機械学習をゲーム開発に取り入れる動きもあり、今後何らかのブレイクスルーがあれば、いまのジャンルの枠組みも変化していくだろう。
「RPGは進歩していない」という一部の風潮に反して、日々新たなゲーム、ジャンルが生み出されている。2020年代はどのようなゲームが生み出されるのか楽しみだ。
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