ジュエリーショップの転倒事故防止対策

台風の季節ですね。

雨などで店舗内がすべりやすい状態になると、お客様が来店中に転倒する事故が起きかねません。

今回は飲食店の事例ではありますが、店内で滑って転倒してケガをしたという最新裁判例をもとに、店舗施設の安全性について考えます。

【名古屋地裁平成30年11月27日判決(平成28年(ワ)第5080号 損害賠償請求事件(控訴後和解))自保ジャーナル2069号163頁以下】

事案の概要

原告は、52歳の女性です。当日新しい靴(かかとはゴム製で、高いヒールではなかった)を購入し、これに履き替えた上で、現場の本件店舗を訪れていました。

原告は店員に注文を済ませた後、化粧室にいくことにして、ピッチャー(お水をいれるもの)がおいてある棚が置かれた通路を通り(なお、そのときは床がぬれていることには気付かなかった)、化粧室に行ったあと、席に戻るために再度通路を通りかかったところ、その棚の前あたりで、左足のかかとが滑り、その勢いで右膝が曲がり、右膝を前方の床に打ち付けました。

原告は本件事故によって、右膝蓋骨骨折の傷害を負い、これによって後遺障害等級12級7号(膝関節機能障害)に相当する後遺障害が残ったとして、後遺障害慰謝料および逸失利益を含む合計1378万円余りを請求して名古屋地裁に訴訟を提起しました。


争点① 本件事故当時、本件事故現場の床は、水でぬれていたか。及び、本件店舗の店員は、本件事故現場の床が水でぬれていることを把握して、原告の転倒を回避することができたか

これは不法行為(民法709条)の「過失」の要件にかかわります。店員が水をこぼしたり、お客さんがこぼしたのを知りながら長時間放置したりしていたら、「防げたのにやらなかった」(注意義務違反)ために事故を発生させたとして責任を負うことになります。

判決はこのように述べて、注意義務違反はなかったとしています。

本件事故現場の付近は、水が入ったピッチャーが置かれた棚が存在しており、利用客が自らこの棚からピッチャーを手に取ってコップに水を注いだり、客席にピッチャーを持って行ったりすることがあった上、本件事故現場は本件店舗の出入り口から客席に向かう途中の通路上に存在し、店員だけでなく利用客も頻繁に通る場所であるから、本件事故現場付近の床がぬれていたとしても、その原因が店員が床に水をこぼしたことにあるとは限らない。加えて、本件事故現場の床がぬれていたとしても、それが本件事故のどの程度前の時点で生じたのかは、本件証拠上明らかではなく、原告は、本件事故前に化粧室に行った際には本件事故現場の床がぬれていたことに気付かなかったというのであるから、時間的に、被告の店員においてその事実を認識し、水を拭き取ることが可能であったと認めるに足りる証拠もない。

争点② 本件事故当時、本件事故現場の床は、経年劣化等によりすべりやすい状態になっていたか

原告は、現場の床に樹脂ワックスの塗布を怠り、滑りやすい状態を放置していた、とも主張していました。

ちなみに、本件店舗の床は、複層ビニル床タイルといい、表面のクリアフィルム、その下層のプリントフィルム、さらにその下層のバッカーで構成され、表面のクリアフィルムには、エンボス(スタンダード木目(ファースト木目))と呼ばれる凹凸加工がされていました。

これに対して判決は、「東京都福祉のまちづくり条例施設整備マニュアル」(以下、東京都マニュアル)を参考に、滑り抵抗係数が危険なレベルになっていたとはいえないと認定しました。

本件事故後の平成29年11月18日に本件事故現場の床の滑り抵抗係数(C.S.R)を測定した結果は、湿潤状態で、使用するゴム片を硬さ80とした場合、0.65であったと認められる。
(略)東京都マニュアルは、高齢者、障害者等の全ての人が安全かつ円滑に施設を利用できるものとするとの基本的考え方の下、履物を履いて動作する床、路面については、滑り抵抗係数(C.S.R)を0.4以上とすることが望ましいと定めていたところ、上記のとおり、本件事故現場の床は、この基準値を上回る滑り抵抗係数(C.S.R)を有していたと認められるから、本件事故現場の床が一般的にみて特に滑りやすい状態で危険であったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

ちなみに、東京都マニュアルの該当部分はこちら(P186)です。

東京都まちづくりマニュアル


本マニュアルは、床だけでなく、手すりや階段、出入り口など施設の安全性全般についての指針を定めていますので、店舗リニューアルの際には、是非建築士さんと一緒に確認して高齢者や障害者の方でも来店しやすい設備をめざしましょう。

結論

以上により、原告の請求は棄却されました。

なお、控訴後和解が成立しているようなので、おそらく見舞金程度を支払って和解しているのではないかと思います。


ジュエリーショップの転倒防止対策まとめ

① 床の素材やすべり留めを工夫する(ハード面)

・床材の素材を、美観だけでなく滑りにくさ(滑り抵抗係数)も重視する

店舗オープンやリニューアルの際は、どうしてもまずは美観やデザインに目がいきがちです。施設の安全性についてはもちろん建築士さんも考慮してくれてはいるでしょうけれど、床の素材サンプルを比較検討する際は、美観だけでなく転倒防止の観点も考慮要素にしてください。


・階段や段差などは、滑り止め材を貼る

階段の角などにギザギザのついたものを貼るなどは、ホームセンターなどでも売っていますし、すぐにできる対策ですね。

・1~2ヶ月に1度ワックスがけをする

本件では、店舗オープンから4~5年の間一度もワックスを塗布したことはなかったことが認定されています。結果として滑り抵抗係数は問題な買ったと認定はされていますが、これも事故後に対策としてワックスがけをした後の数値で、本当の事故時の数値ではないことを原告は主張していました。

② 床がなるべくぬれないように対策をする(ソフト面)

ショッピングセンターなどはテナントのルールに従うほかないですが、店舗でも対策を統一化しておくと良いですね。

・傘を預かるか、傘立てにいれてもらうか、傘袋を提供するか

・入り口に吸水マットを置く

などにより、床がぬれないようにするということが必要でしょう。

また、段差があるところなどは、「段差がございますので足元ご注意ください。」などと声かけをしながらご案内するのも大切ですね。

③ ぬれているのに気付いたらすぐに拭き取る

飲食店などとちがい、お冷やのピッチャーを置くことはないかと思いますが、雨が入り込んでいるのに気がついたら、放置せずにモップやぞうきんですぐに拭き取るようにしましょう。

新人もすぐに動けるように、バックヤードに傘立てや傘袋、モップなど「雨の日用セット」としてまとめておくとよいですね。

④ 万一のときのため、施設賠償責任保険に入る

先日の損害保険に関する記事でも書きましたが、店舗向けの総合保険ではおそらく施設賠償責任保険が入っていますので、万が一事故が起きたときに保険を使えるようにしておくのも重要です。

自社の保険で、施設内の事故にも対応できているかを今一度見直してみて下さい。

本件(名古屋地裁平成30年)は結論は請求棄却になりましたが、あくまで事例判断で、すべりやすくなっているのを認識しながら何ら対策せずに放置していて事故が起きた様な場合、本件にように後遺障害の残るような骨折だった場合には請求額は数千万円を超える可能性もあります。

これからの台風の季節、安心して来店していただけるよう、美観やデザイン性のみならず、施設の安全性も確認してみましょう。

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