セックス、トラック&ロックンロール・酔いのピンチヒッター…7
住宅街にある店へ到着したアタシが観たモノは、三分の一ほどに開いたシャッターだった。アタシは、その理由を考えながらウォークマンで〝無情の世界〟を聴いていた。昨日出がけにキチンと、シャッターは降ろしたはずだ。多分、酔っ払ったリョウ兄さんが、降ろしきったつもりで吉川ビルへと帰宅したのだろう。仮に強盗が入ったんだとしても、たいした被害になりようもないのだし、アタシを襲うつもりならこんな中途半端なマネはしないだろう……。
そう、結論付けたアタシは、シャッターを潜ると、それを降ろし、開きっぱなしのサッシから入店、いや帰宅を果たした。
〝無情の世界〟を奏でるウォークマンを停め、ポケットへ戻し、取り出したマグライトを点けると、カウンターへ向かった。
グシャッ……。
何かを踏んだ。足元をライトで照らした。ビールの空き缶だった。灯りを振ると、辺りにはまだ数缶が散乱していた。
アタシはそれらをそのままに捨て置き、先ずは昨日の梱包作業を済ませてから、少し仮眠をとろう、そう考えながらカウンターへマグライトの灯りを向けた。
誰かが居た。
カウンターに突っ伏して、寝息を立てているのは、他ならぬリョウ兄さんだった。と、気配がした。灯りをそちらへスライドさせた。
そこには突っ伏したリョウの背中へ頬を載せたルミ姉さんが居た。こちらもまた眠っていた……。
「いい気なもんよねぇ……」
小声でそう呟いたアタシは案外ニヤついていたに違いない。アタシは、二人の傍らにあるスタンドを点けて、マグライトを消した。
と、スタンドの柔らかな光がルミ姉さんの横顔を照らし出した。
「おやおや……」
アタシは、姉さんの顔からスタンドの灯りをずらそうとしたが、その時フッとそれに気付いた。姉さんがスッピンなことに。昨日、吉川と部屋へ運んだ時にはどうだったろう? やっぱりスッピンだった様な気がしてきた。ということは、ワインに溺れ、化粧まで辿り着けなかったのかもしれない。
しかし、そんなことよりも、姉さんのスッピンに浮かんでいたそれに、アタシは知り合って以来初めて気が付いてしまった。
疲労染みた齢の印に……。
アタシは、昨日の姉さんの呟きを改めて思い浮かべると、自分でも口にしてみた。
「いつまで、こんな……」
あのフレーズの真の意味を、この期に及んでアタシは知ったようだった。
きっと、こういうことだろう……、いつまでこんなことを続けなきゃいけないのか、という苛立ちなんかじゃなくて、いつまでこんなことを続けられるのだろう、という不安、それを百均のスタンド・ミラーに突き付けられた……、そういうことなんだろう。
アタシはしばらくその場に佇んで、二人を同時に眺めていた。と、吉川から預かった茶封筒をカウンターの空きスペースへ載せると、スタンドを消して、取り出したマグライトを点灯し、踵を返した。
今、アタシはそっと降ろしたシャッターを背にして佇み、ウォークマンを再び耳へと装填した。そのまま、さっきの続きをプレイする気にはさらさらなれなかった。
さーて、一体アタシは何を聴きたいのだろう……、どーしようか?
しばし、ウォークマンとにらめっこ。フォルダーを開いて、アルファベット順に上から下へとチェックしていく……。が、どれもこれもピンとこない。と、予感がして、さっとボタンから手を離した。
これだ……、多分。
アタシはそれに決めて再生を始めた。イントロから胸が高まる。ギターも、ベースも、ドラムも、キーボードも、それにまだ若々しいトム・ペティのヴォーカルも。
『トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ/グレイテスト・ヒッツ』
オープニングの〝アメリカン・ガール〟だ。いっつも、この1曲目からしばらく先へ進めなくなってしまう。リピートに次ぐリピートを繰り返してしまうからだ。
そう、アタシはこの曲にゾッコンなんだ。その全てがアタシをときめかせる。だから、アタシはときめいたまま一歩を踏み出した。この曲にアタシを委ねて、気の向くままに街を流してみよう。そんなやり方で、人生も行けるところまでやってやろうじゃない! そんなんじゃ、やり過ごせなくなる、その日が来るまでは……。
終わり
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