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海をあげる

沖縄の人たちにとって大切な日がある。
それは6月23日、慰霊の日だ。

そのことを教えてくれたのは、沖縄出身の私の友達だった。

生まれて初めて沖縄を訪れた時、飛行機から見えたのは沖縄の青い海と、アメリカ軍基地と思われる灰色の土地だった。宜野湾生まれのその友達は、空を飛ぶ米軍飛行機の騒音が日常だったと言っていた。

それから数年後、別の沖縄出身・在住の友人のアテンドで、那覇市から美ら海水族館まで連れて行ってもらったことがある。

その途中、地域住民が反対運動をしているとニュースで見た米軍基地前を通り過ぎた。

「ここが…」

私はそれ以上言葉が出なかった。

沖縄の人たちの現状を今まで知ることもなかったし、海が綺麗なリゾート地としか思っていなかったから、米軍基地が本当に存在し、毎日必死で闘っている人がいるのを目の当たりにすると、絶句するしかなかったのだ。

沖縄ここには確実に、私たちが知らなかった(又は知ろうとしなかった)戦争が今なお存在していた。


昨年カウンセリングの先生とお会いした時のこと。

zoéさんの文章は、上間さんが書いた海をあげるという本が訴えていることとすごく似ていると思う。機会があったら読んでみるといいかも。」

と薦めてくださった。

ここで作者の上間陽子さんについて少し紹介したい。

上間陽子[ウエマヨウコ] 
1972年、沖縄県生まれ。琉球大学教育学研究科教授。普天間基地の近くに住む。1990年代から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わる。2016年夏、うるま市の元海兵隊員・軍属による殺人事件をきっかけに沖縄の性暴力について書くことを決め、翌年『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版、2017)を刊行。ほかにも著書多数。現在は沖縄で、若年出産をした女性の調査を続けている。

作者のことを全く存じ上げず、この本を紹介されたときも、研究の報告書なんだろうと勝手に思っていた。

しかし私の予想とは裏腹に、非常に文体が柔らかなのである。

幼い娘さんとの語らいがなんとも心地よい。純粋無垢な娘の風花ちゃんが、沖縄で過酷な状況の中を生きる少女たちを研究・支援の対象としている作者の支えとなっていることが理解できる。

一方で沖縄の現状を突きつけられる文章がいくつもある。 

私たち本土の人にとって、沖縄は綺麗な海とウチナータイムに日頃の疲れを癒しにいく場所なのかもしれない。

ただそこに住む人たちにとっては、戦争と米軍基地、貧困問題は切っても切り離せない問題なのである。

米軍基地付近の浄水場や湧水から検出された有害物質。

基地建設のために美しい海に土砂を入れること。

アメリカ軍兵士からの性暴力、殺人。

私が全くの無知であるため、断片しか知らないことが多い。それは多分私が沖縄の問題を「他人事」として捉えていたからなのだろう。


海をあげる、というタイトルはどうしてつけられたのか?

一気に読み終えて最初に感じた疑問だった。
その答えは、作者のあとがきにあった。このタイトルは児童文学の「うみをあげる
よ」という本からいただいたらしい。


お気に入りの青いバスタオルがないと眠ることもできないワタルくんは、青いバスタオルが風で吹き飛ばされた日、タオルを探しに森へ行きます。ようやく見つけたバスタオルを覗き込むと中には小さな2匹の兄弟カエルがいました。2匹のカエルは、「うみだうみだ!ぼくたちのうみだぞお!」と叫びながら…(中略)二匹のカエルは「うみってすてきだねえ」と青いタオルの中でゆったりとくつろいでいました。傍で2人の様子を見守っていたワタルくんはもう迷いません。「そのうみきみたちにあげるよ」と告げると大事なタオルをそこに残し、ワタルくんは森から立ち去ります。
2020年「海をあげる」あとがきより

行ったことがある方ならお分かりだと思うが、沖縄の海は本当に美しい。その美しい海に住民の抵抗も虚しく、土砂が積まれていく現実。
私の想像の範囲を超えないが、絶望と、これまで沈黙せざるをえなかった沖縄の人の声なき声が聞こえてくるようだった。

海をあげる、というタイトルは「差し上げる」などという生優しいものではないと感じた。
基地の問題を含めて、沖縄以外に住む日本人も真剣にこの問題を考えてという作者からの強いメッセージだと私は受け取った。

そしてなぜカウンセリングの先生が私に読んでみたら?と薦めてくれたのがよくわかった。

問題は違えど根本は同じなのだ。
それは「他人事への無関心」である。

性暴力の被害者たちもこれまでずっと沈黙してきた。黙らされていたのはもちろん、北原みのりさんの言葉を借りるならば「社会に聴く力がなかった」のである。

沖縄の美しい海も、性暴力のない社会も、子供達に残したい大切な未来だ。そのために私ができることがあるならば、形は違えどできることをやっていきたい、と思う。


無関心はもうやめた。

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