見出し画像

人の根底をつくる、風景の話

こんにちは。Jessie -ジェシー- です。

人の育つ環境について考えることが好きです。

家庭環境はもちろんだけど、今日は少しスケールを広げて「自然環境」や「場所」の話。

以前どこかで
「北海道出身の漫画家さんは、広い空を描きこむことが多い」という話を見聞きしたことがあります。

ひらけた空という北海道の景色が心に刻まれていて、心の一部を形作っているから、作品として表現されるのではないでしょうか。


子育ての観点からも、環境の重要性を語っている子育てコーチもいます。

しかも一説によると、子どもは言葉や表情、音楽、ふるまいだけではなく、自分を取り巻く環境まで吸収するというのです。
(中略)
 これは、あながちバカにできない考え方だと思います。私たちが日常を過ごす場所は、私たちの感覚や生活の質に大きな影響を与えます。

エロイーズ・リックマン著『自己肯定感が育つ遊び方、学び方 おうち子育て』

北海道で育った人は、北海道の広い自然の影響を受けるのでしょう。


では、と視点を広げたくなりました。

他の景色の中で育った人は、どんな影響を受け、それが心の中にどんな哲学を織り上げるのだろう?


北海道で広い空に覆われて育った人と、都会でビルの隙間から見える空を見上げていた人は、それぞれどんな風に世界を捉えているの?

ずっとひとつの「地元」で育った人と、あちこち転居を続けた人は?

海の見える場所で育った人と、内陸で森に囲まれて育った人は?

小さい頃に外国に住んだことがある人と、ずっと日本で暮らしている人は?
幼稚園を海外で過ごした人と、大学生になってから海外を見た人は?

雪が世界を静かにする冬を知る人と、雪は降らない地域に住んでいる人は?


人の哲学なんて正確には知りようもないけれど、ゲーム感覚で「自分とは違う環境で育った人の視点」をあれこれ空想するのは、ちょっとおもしろかったりします。

他人の視点(立場)を想像する練習にもなるというか。


例えば、日本に住んでいると

  • 水は身の周りにたくさんある

  • 公共交通機関は時間通りに来るのが当たり前

  • フードコートで財布で席取りしても大丈夫

と思っていることが多いのではないでしょうか。

もしも砂漠に住んでいたら「水はいっぱいある」なんてとんでもない贅沢、あるいはとても想像できない概念かもしれない。

インドで電車やバスを待つ人たちは、必ず時間を守る日本の交通システムを見てびっくり仰天するかも。

アメリカで財布で席取りしたら盗まれるリスクが高いです。


「こうやっても大丈夫」「○○はたくさんある」「こうするのが当たり前」という行動やものごとの捉え方は、知らない間に私たちの価値観の土台を形作り、世界の見え方を規定しているのかもしれません。

そのことに気づくこと、あえて他の人の土台を想像して「自分」の枠組みから離れてみることって、ちょっとおもしろくないですか?



画像はPixabayからお借りしています。


読んでくださりありがとうございます。良い記事だな、役に立ったなと思ったら、ぜひサポートしていただけると喜びます。 いただいたサポートは書き続けていくための軍資金等として大切に使わせていただきます。