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語りだす勇気、向き合う勇気【石沢麻依先生著『貝に続く場所にて』読後感想】

第64回群像新人文学賞、第165回芥川賞を受賞した石沢麻依先生の著書『貝に続く場所にて』(講談社)を拝読しました。

ちょうど作中の時期が7~8月ごろに設定されていることもあり、強い日差しと暑さの気配を感じながら読むと、現実と作品がより繋がる感覚が味わえてさらに深く入り込むことができます。

ネタバレは避けて、私が感じたことを中心にまとめています。

本のデザインが好き

表紙のデザインはもちろんのこと、私はあえてカバーを外し、本体のデザインも見て楽しむことをやっています。

表紙との繋がりが感じられるものから、小説を最後まで読んだ時に「これは、こういう意味では!?」と考察がはかどるものまで、本文を読みはじめる前から楽しめるのが、本体デザインの良いところ。

特に第164回芥川賞の受賞作でもある『推し、燃ゆ』は、考察のはかどるデザインがお気に入りです。

『貝に続く場所にて』のデザインは、めちゃくちゃ大好き。

好みを掴まれている! と思いました。

あえてカバーを外して飾っておきたいくらい(笑)。こんなに見た目の美しい本に出会ったことがないです。

内容はもちろんのこと、外側からして素晴らしい。

ぜひお手に取った時に本体の綺麗さをご確認ください。

積み重なるものに言葉を与える

遠いようで近い、世界観の設定が巧みです。

ただ「遠い」だけじゃないところがミソ。

景色や日差しの質感が日本と違っても、共通項にコロナがあります。

言うなればコロナ禍の存在が、物語にリアルさを付与することに一役買っているのです。

不思議、幻想と現在進行形のリアルを行き来するような世界観。

そしてそれを「不思議」とか「幻想的」という言葉でくくって終わりにせず、どこまでも突き詰めて言葉を与えようとするところに、ただただ息を呑んで文章の流れに身を任せたくなるような引力めいたものがあります。

そこへコロナ禍を思い出させる描写が入ってきて、「これは現実に起こっていることなのかもしれない」と思わせる。

この記事を書いているのは『貝に続く場所にて』を読み終えた直後なのですが、フィクションを読んだのに、良い意味で余韻が薄い本は初めてです。

いつもは遠い世界に旅立って、戻って来た感じなので、しばらく精神的な時差ボケ状態なのですが……。

『貝に続く場所にて』は、ある種の記録映画を観ている感じだったというか、遠い場所と日本がほどよく繋がっているから他人事とは思えなくて、地に足着いた読書ができた感じ。

私が避けようとしてきたこと

『貝に続く場所にて』で私にとって最も印象的だったのは、コロナ禍の中に滑り込んできたもうひとつの話題。

正直、私は「それ」について語ることを避けてきたきらいがあります。

自分に語る資格がないと思っていたからです。

私は比較的「軽かった」方かもしれなくて、もっと大変な思いをした人はたくさんいたはずだから……。

その人たちと一緒にくくられてしまうことが、とにかく申し訳なかった。

そう思っているうちに、「それ」自体にどう向き合って良いか分からなくなっていて、ただただ「申し訳ない」という気持ちだけを抱えていました。

『貝に続く場所にて』の中に、もっと的確な言葉で、もっと掘り下げた形で同じような感覚が綴られていたことに驚き、また感動しました。

自分の感じ方を肯定してもらえたような。

私が勝手に「話してはいけない」と自分の口を塞いでいたことは、決して私だけの感覚ではなかったのだと気づかされました。

良い話であったことはもちろん、私の心の整理をしてくれたことも含めて、ものすごく感動したし、読み終えて気持ちのすくような物語でした。

一見、共通点のなさそうな話題が絡み合い、クライマックスに向かっていく展開が印象的で、何度もなんども思い返しています。


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